第6話「ちうごく」

浅草の夜は、赤提灯の影が細長く路地を伸ばしていた。

割烹「ふにゃおす」は、その中で異彩を放つ存在だ。

白濁出汁の香りが通りを満たし、扉は固く閉ざされる。

予約は御招待客様のみ、しかもその帳面は**5007531か月**先まで埋まっている。


ある日、ふゆまは電話口で一つの声と出会う。

「予約をお願いしたい。岩屋毅だ」

元防衛大臣、現議員。

さらに同行者は中国外交部長と、面識のない女性という三名だ。


ふゆまは帳本をめくり、間髪入れずに答える。

「予約は……埋まっとりますけん」

「わしは外務大臣だぞ!」

声には苛立ちがこもるが、ふゆまは静かに「お客様は平等でして」と返した。

特権は出汁の中に溶けない、それがふにゃおすの哲学だった。


数週間後、宮内庁からの通達が届いた。

用排水についての指導――ふにゃおす米を稲作するための水利用が、

皇居の水利計画と摩擦しているとのことだった。

ふゆまは淡々と改善案を練っていたが、その件が思わぬ方向から拡散された。


岩屋はFacebookに投稿した。

「ふにゃおすなんて店は最近話題ですが、用排水をきちんと処理しない所はお店潰すことだっできるぞ!(意訳)」


すぐにネットでは「やっぱ怒る要素isどこ派」が盛り上がった。

ふゆまも軽口で「やっぱ怒る要素isどこやね」とつぶやいたが、それが切り取られ、議会の場で「反省していない」と話題になる。

やがて場の流れは「岩屋がふにゃおすに行って話をする」という奇妙な結論に至った。


***


訪問の日。

六席の真ん中に岩屋が座した。

隣には王毅、向かいには例の女性。

出汁の香りが三人を包み込むが、空気は重い。


「ふゆま君……世間では私の行動が“ちうごくのすぱい”と言われているが、真相を話そうじゃないか」

岩屋の声は低く抑えられていた。


ふゆまは一番出汁を注ぎながら聞いた。

「ほう……」


岩屋は続けた。

「確かに私は王毅とも、数度非公式に会った。だが、そこでは利害よりもお互いの料理の話ばかりだった」

王毅は笑みを浮かべ、手元の出汁椀を揺らす。

「あなたの昆布は、我が国にも無い質だ」


ふゆまは鴨と大根を盛り、ロワールの白ワインを添える。

三人は沈黙の中で箸を動かした。白濁味が芯から和らぎ、岩屋の眉間の皺が一筋緩む。


「なるほど、出汁には国境がないっちゅうことですばい」

ふゆまの言葉は、鍋の湯のように柔らかく響いた。


食後、岩屋は深く息を吐き、席を立つ前にふゆまへ言った。

「私はスパイではない。ただ……料理は心を掴む。それが政治より危ういこともある」


ふゆまは微笑み、湯呑みを差し出す。

「なら、次は政治をほぐす出汁を一緒に作りましょうや」


王毅がそれを聞き、静かに頷いた。湯の香りは、議会の騒音やSNSの炎をすべて溶かしてゆく。

外に出た三人の背中は、浅草寺の灯の中で揺れ、ふにゃふにゃと遠ざかっていった。




エピローグ


***


静かな夜の「ふにゃおす」。

白濁した湯気が立つ中、ふゆまと岩屋毅が向き合っていた。

ふゆまが慎重に口を開く。

「岩屋はん、国旗損壊罪を立案に反対したのは何故でっしゃる?」

岩屋は静かに頷きながら答える。

「強制的な罰則は自由の抑圧にもなる。そこは慎重にせねば、日本のためにならんと思うとる」


続けてふゆまは、辛辣に問いかける。

「韓国海軍レーダー照射問題のとき、非公式の会談で笑顔で握手を交わした件、国としてもっと強く出るべきやないですか?」

岩屋は言葉を選びながら言う。

「外交は力の争いばかりやない。対話も時には必要じゃ」


さらにふゆまが言う。

「中国人向けのビザ取得要件緩和、IR事業をめぐる中国企業500ドットコムからの賄賂問題、全国貸金業政治連盟からの政治献金……これらはどう説明できますんや?」

岩屋は俯き、一呼吸おいて反論した。

「賄賂疑惑は調査中じゃ。献金も透明な手続きを踏んどる。だが、国際社会に居る以上、妥協や複雑な事情もある。全てを白黒で決めつけるのは危うい」


ふゆまは肩をすくめ、皮肉交じりに笑う。

「地元の関係者を官邸に招き、階段に並ばせて組閣ごっこでもしたい気持ち、と言うわけですかな?」

岩屋は小さく苦笑し、言葉を濁す。


隣の女性が声を上げた。

「岩屋先生为日本工作。他不断受到批评并被当作叛徒对待,这很不公平。」

ふゆまは冷ややかに見つめる。

「いやはや、応援してるフリで売国を助長するとは、世の中ややこしいもんでんな」


湯呑みを差し出しながら、ふゆまは呟く。

「料理も政治も、味は複雑。けど腐らせてはならん。ほぐして、また味わう努力が必要や」


岩屋は静かに杯を受け取り、小さく頷いた。

「ふにゃおすの出汁のように、少しずつ変えていきたいものじゃ」


白濁した湯気がゆらりと揺れ、不確かな未来の香りを漂わせていた。

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