隣の席の美人主任に資産形成を教えてもらう話
唯野岳
第1話
僕の名前は林マサト。
地元の国立大学を卒業し、今年の4月から地元市役所の産業推進課で働く、23歳の新入社員だ。彼女いない歴は年齢とイコール。仕事はまだ慣れないことばかりだけど、初めて配属された第一希望の部署での毎日は、充実感もあった。
隣の席には、クールで美しい梶原フミカ主任。頭脳明晰で仕事は完璧、正にキャリアウーマンという存在だ。言葉の圧が強く、周囲から少し怖がられているけど、僕にとっては憧れの存在。仕事以外の話なんて、まだ夢のまた夢だ。
何とか最初の約2ヶ月を無事にこなし、迎えた5月21日。
待ちに待った2回目の給料日だ。
初任給は育ててくれた両親のために奮発してプレゼントを購入し、ほとんどなくなってしまったので、今回の給料が事実上、自分のために全部使える初の給料となる。
ずっと欲しかったあのゲームの新作やあのアニメのBlu-rayBOXをようやくお迎えできる!
そうワクワクしながら給与明細を見た僕は、思わず声を上げた。
「……何じゃこりゃ!?」
静かな執務室に響く僕の声に、隣の梶原主任が怪訝そうに顔を向ける。
「一体どうしたの?」
「だって、先月より手取りが3万円も少ないんです! 20万くらいの給料だったはずなのに、今月は17万しか振り込まれてなくて……何か間違ってるんじゃないですか!?」
梶原主任は一瞥すると、ため息まじりに言った。
「新人は皆こんな感じね。控除のところをよく見なさい。短期掛金、長期掛金という欄があるでしょ。これは健康保険と年金。社会保険料のことね。四月は引かれてなかったから、今月から実感したってわけね。」
「ええっ!? 3万円も!? それって、僕が損してるってことですか!?」
「誰だって払ってるものよ。そういう制度なの。詳しく知りたいなら、昼休みに説明するけど」
え…昼休みに主任と話せる!?
もしかして、今日はちょっとラッキー……かも。
◆
待望の昼休み。
隣席でお弁当を広げる主任。お弁当には色とりどりの食材が並び、ちゃんと栄養バランスが考えられてるのが分かる。仕事ができる女性は料理まで完璧なのか、と内心で感心しつつ僕は、期待半分、不安半分で切り出した。
「あの……さっきの社会保険料の話、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」
「いいわよ。社会保険料にはいくつか種類があるけど、あなたの明細にあった“短期掛金”は医療保険、“長期掛金”は年金。で、問題はこの年金ね」
主任は箸を止め、真っ直ぐに僕を見た。
「年金って、自分のために積み立ててると思ってるでしょ?」
「え? 違うんですか?」
「違うの。実際は“賦課方式”っていって、あなたが払ったお金はそのまま今のお年寄りの年金に使われるの。つまり、私たちは将来のために貯めてるんじゃなくて、現役世代として高齢者を支えてるのよ」
「……マジですか。それ、僕らってめっちゃ損してません?」
「そこなのよ。世代によって大きな差があるの。たとえば今の八十代はね、現役時代に払った金額より、もらってる年金の方が二千万円以上プラスになってる」
「二千万円!? 得しすぎじゃないですか!」
「でも、私たち二十代は逆。払い損になる見込みで、現行制度のままだと一千万円以上マイナスって試算もあるの」
「……は? 僕ら、最初から損する前提じゃないですか!」
「そう。少子高齢化で、払う人は減って、もらう人は増えてるからね。仕組み自体が苦しいのよ」
僕は箸を持つ手を止め、頭を抱えた。
「そんな、国家による詐欺じゃないですか!?何とか払わないで済む方法は…」
主任は苦笑しながら言った。
「無理よ。残念ながら、私たち公務員や会社員は給料から天引きされるから、どうしようもないの。でも、この現実を見れば分かるでしょ? 年金だけを頼りにするのは危険。だから、私たち世代は“自分の資産を作る”ことを真剣に考える必要があるのよ。この話は長くなるからまた今度にしましょう」
「自分の資産……」
――資産形成。投資。
これまで縁遠いと思っていた言葉が、急に現実味を帯びて迫ってきた。
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