伝説の木の下で

見鳥望/greed green

【あの木の下で告白すると二人は結ばれて幸せになれる】


 そんなゲームやアニメで出てきそうな設定がこの高校には実在していた。

 大きなポプラの木の下。だが実際この伝説はあまり利用されていない。

 今時そんな迷信を利用する奴なんて誰もいない。それでも、俺はここを使おうと決めていた。


 ーーあ。


 緊張するつもりなんて全くなかった。だが実際そこに彼女がいるという現実を目にした瞬間、情けない事に俺の身体は少し震えていた。

 ポプラの木の横に設置されたベンチ。彼女はそこに俺に背を向ける形で座っていた。


「来てくれたんだ」


 そう声をかけると、彼女がこちらを振り向いた。


「当たり前じゃない。来いって言われたんだから」


 そうは言うが、俺は当たり前だとは全く思わなかった。


「ありがとう。来てくれて」


 俺は彼女の横に座った。


「びっくりした」

「ん?」

「私なんかに興味なんてないと思ってた」


 俺は少し驚いた。彼女の言葉は半分当たっていた。


「こんな大胆な事する男の子だったんだね」


 皆が彼女に惚れる理由が分かった。いくら興味がなくても、こんな魅力的な笑顔を見せられたら嫌でも引き込まれてしまう。


「卒業したし、思い切ってね」


 卒業式の翌日。俺が伝説の場所に呼び出したのは、クラス一の美少女、霧島あすかだった。対して俺はクラスに全く馴染まず孤独を貫いたいわばモブ中のモブ。

 だから、彼女がここに来るのは決して自分にとって当たり前ではなかった。





「三年ってあっという間だね」

「そうだね」

「室谷君は高校生活どうだった?」

「え?」

「ん? どうしたの?」

「名前覚えてるんだなって」

「何それ。クラス一緒なんだから覚えてるよ、さすがに」

「いやでも俺全くクラスに馴染んでもないし存在感もなかったはずなのに」

「全くクラスに馴染まず存在感を出さないって意味ではめちゃくちゃ印象的だったよ」


 なるほどと妙に納得させられる答えだった。


「で、どうだったの?」

「何が?」

「だから。この青春ど真ん中の三年間どうだった? 楽しかった?」

「いや、そんなの」

「まあ、楽しくはなさそうだったね」


 彼女はケラケラと楽しそうに笑った。


「俺もしかして馬鹿にされてる?」

「してないよ。気分悪くさせたならごめん」

「いや、全然大丈夫だけど」

「さすがは孤独を貫きし男だね」

「やっぱ馬鹿にしてない?」


 そんな事ないよと彼女はまた笑った。


「霧島さんはどうだったの?」

「私?」

「楽しかったの?」

「そんなの」


 彼女は見れば分かるでしょと言わんばかりに、高校生活を振り返るように空を見上げた。


「ぜっんぜん、楽しくなかった」


 言葉とは真逆に彼女の笑顔は最高に清々しかった。

 彼女がそう思っている事はなんとなく分かっていた。一見煌びやかな最上級の女子の毎日は、その笑顔とは裏腹に全く楽しそうには見えなかったからだ。


「変に見た目がいいって困ったもんだよね」

「言うね」

「いいじゃない。クラス一の美少女なんだから」

「まあね」

「クラス一の美少女でしかないんだから」


 彼女はとてつもなく寂しく聞こえる言葉を、全く寂しさを感じさせない調子で口にした。


「顔が良いだけで偉そうだとか勝手に妬まれたり。でも気付いたらそんな奴らも勝手に潰しあって。本心で私に向き合おうとする子なんてまるでいなかった。そりゃさ、楽しいわけないじゃん?」


 魅力ある人間を恨み妬み引きずり下ろす。少しでも加護を求めて近くに居座る。自分に自信がないのは分かるが、あまりにもやり方がダサい連中ばかりだ。

 そんな人間達と関わる必要なんてない。それなら孤独の方が遥かにましだ。勝手に潰しあう奴らなんてほっておけばいい。


「室谷君のやり方はある意味私からしたら理想だったかもね」

「楽しくはないけどね」

「お互いなんだか棒に振った青春だったね」 

「僕に比べたら全然マシだと思うけどね。大学ではどうするの?」

「そうだなぁ。私も室谷スタイルを試してみようかな」

「また人生を棒に振る事になるよ」

「ミステリアス美少女ってのも悪くないと思うんだけどな」

「それこそ誰も真っすぐに向き合ってくれなくなるよ」

「それでも向き合おうとしてくれる猛者を見つける為の選別にはなるかも」

「何の意味があるんだよそれ」

「まだ見ぬ強者に出会う為?」

「ただのストリートファイターだよそれじゃ」

「なんだ結構喋れるんだね、室谷君って」

「やっぱりずっと馬鹿にされてる?」

「違うよ。今初めて室谷君の魅力が爆発しているのを感じてるの」

「なんだよそれ芸術家みたいに」

「格闘家と芸術家の運命の出会いだね」

「異種格闘技が過ぎるだろ」

「闘うつもりなんて全くないよ。やだなー暴力的な男は嫌いですよ」

「今の話だと圧倒的に暴力を振るいそうなのはのは霧島さんだけどね」

「あ、ほんとだ。ところで室谷君」

「ん?」

「何で私を呼び出したの?」


 あ、それ今聞くんだ。でも全くもって馬鹿げた事に気付けば俺は当初の目的を忘れていた。


「ちなみに私今彼氏いないけど」


 すっと彼女はベンチから立ち上がった。俺も釣られて立ち上がり、真っすぐに彼女と向き合った。

 途端に緊張した。目の前にいるのは、さっきまで素で馬鹿みたいな会話をしていた霧島あすかではなく、クラス一の美少女霧島あすかだった。


「やめろよ」

「え?」

「がっかりするからやめてくれよ」


 彼女は美貌が台無しのアホみたいに口をぽかんと開く。そう、そっちの方が断然いい。


「いくら興味がなくたって、クラス一の美少女と一対一で目の前にすりゃ緊張しないなんてのは無理な話だ」

「緊張してたの?」

「おかげ様ですぐにほぐれたけどね」


 確かに全く興味はなかった。クラス一の美少女である霧島あすかになんて全く。だからずっと交わる事のない人間だと決めつけていた。でも最後の一年、初めて一緒のクラスになって彼女を見た時、俺は少し間違っていたのかもしれないと思った。

 住む世界が違うから。顔がただ良いから。そこしか見ていない人間達と、俺は全く同類だった。それが何だか、無性に嫌だった。


「誰にも興味なんて湧かなかった。三年間、どいつもこいつもしょうもない奴らだって見下してた」

「性格鬼悪いね」


 いや、わりと人の事言えないだろ。


「でもそうやって三年間過ごして色々気付いた。いや、気付いてたけど素直になれなかっただけかもしれない」



 今から彼女に言う事はとんでもなくダサい。でもこんな自分だからこそようやく気付けた。彼女から感じた同類の匂い。卒業式という終わりを迎え、ようやく俺は自分の背中を押すことに決めた。

 俺は、今まで馬鹿にしてきた奴らの同類以下だった。


「霧島さん」


 死ぬ程ダサいけど、このままじゃダサいだけじゃ済まない悲惨な人生を送ることになる。 一度ぐらい当たって砕けろ。


「俺と友達になってくれないか」

「はぁん?」


 何だその反応。見たこともない間抜けな霧島あすかがそこにいた。

 最高だ。もう正直これだけでも砕けた甲斐はあったかもしれない。


「今日霧島さんと話して思った。俺、友達欲しいわ」


 羨ましいだけだった。魅力のある人間達を恨み妬み蔑んでいたのは何より俺自身だった。

 何も楽しくない三年間は誰でもない自分のせいだった。


「それを言う為に呼んだの?」

「そうだよ」

「じゃあ、ここじゃなくてもよくない?」


 そう言って彼女は伝説の木を指差す。


【あの木の下で告白すると二人は結ばれて幸せになれる】


 恋人達の為に用意された伝説だろうが、臆病でダサい俺は俺なりにその伝説に縋る事にした。

 彼女と友達になりたい。違う世界の人間だと彼女に向き合おうとしなかった自分が、ちゃんと彼女と向き合ってみたいと思った時、俺は伝説を利用する事にした。


「伝説のサポートがないと孤独を貫きし者には厳しい闘いだったんだよ」

「ずっと君は何と闘ってるのさ」


 何度見ても彼女の笑顔は良かった。意味のないように思えた高校生活が、この時初めて意味を持ったように思えた。


「間違ってないよね? 付き合ってじゃなくて、友達でいいんだよね?」

「間違ってないよ」

「はは、間違ってるよ」

「え?」

「高校生にもなって友達になろうって言って友達になる奴なんていないよ」


 それは確かに言えてる。


「馬鹿だね、室谷君って」

「なんだよ」

「だってもう、どう考えても私達友達じゃん」


 あ、そうなんだ。


「でも、ありがとう。ついでに幸せも手に入ったら最高だけどね」

「さすがにそこは何とも言えないな」

「伝説のポプラもこんなパターンはきっとなかっただろうしね」


 ”伝説なんて知るか”


 勝手に伝説の十字架を背負わされたポプラはひょっとしたらそんな事を思ってるのかもしれない。でも人は迷信に弱いものだ。目に見えないものは縋りやすいし頼りやすい。伝説の本当の気持ちは知らないが、伝説でいてくれるだけで意味がある。それでいいのだ。


「じゃ、連絡先でも交換しよっか」

「あ、うん」


 お互いスマホを取り出す。画面上の友達に”アスカ”が追加される。

 霧島あすかと友達になった。最初考えもしなかった現実が今目の前にある。


「これでミステリアス美少女キャラで大学で友達が出来なかったとしても、室谷君は友達として担保に出来るね」

「担保にされる友達なんて友達じゃないよ」


 彼女といつまで友達でいられるかは分からない。

 それでも今、彼女と友達になれた事が素直にとても嬉しかった。

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