独裁者の絵描き

@jhony1rikusa

プロローグ

 私、アレクシア・シャルドーは絵描きである。読んで字の如く、絵を描くことが生業。

 絵を描く、という行為はどういうものだろうか。

 その答えが一つではない、ということは確かだ。

 どんなものをどのように、どんな想いや目的のもとで描くか。ある人は現実にあるものを、ある人は空想のものを、写実的に或いは抽象的に描く。心の赴くままに、時には何かを訴えたくて。『描く』という一つの言葉の実態は実に千差万別だ。

 つまるところ自由なのである。何をどのように、どう描こうが。

 一見すると当たり前のことだ。いわゆる表現の自由というもの。

 けれども、それが当たり前ではないところもある。

 私の住んでいる国がそうだ。私の住んでいる国は表現の自由や思想の自由というものは制限されている。

 私の国は独裁国家というやつで、『偉大な指導者』やその現政府を批判することはまず許されない。すればあっという間にしょっ引かれて、過酷な運命が待ち受けている。古今東西で程度の差こそあれよく見られてきた光景だ。

 ここで一つ問題がある。

 自由に絵を描くことが出来ない⋯ということではない。寧ろ、私は(恐らくこの国で唯一)自由に絵を描くことができる立場だ。この表現の自由からは程遠い独裁国家で。

 矛盾している?全くその通り、矛盾している。その矛盾が問題なのだ。

 この自由が封じられた国で、私は文字通り自由に絵を描くことが出来る。自由に絵を描くことが、その権利が認められている。その権利はある一人の人物によって保障されている。

 ブルーノ・グラツィアーニ。この国の独裁者。自由を封じ込めている側の男によって、私の自由は保障されている。

 私、アレクシア・シャルドーは、一人の人物のおかげで自由に絵を描くことができる。

 私は、一人の人物によって自由を保障されている。

 私は、今。ある一人の人物のために描いている。

 一人の独裁者のために。

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