第1話の乗船シーンで、月面生まれのソルが「月の重力じゃ私のこの気持ちは抑えられないよ〜!」と笑い飛ばす一文だけで、キャラクターの魅力が全部伝わってくる。重力という物理現象が、そのままソルという人間の弾けるような生命力の比喩になっている。対して地球育ちのルナが月面の低重力に「体がふわっとして落ち着かない」と戸惑う描写も、出身の差がそのまま身体感覚の差として現れていて、設計の巧みさに唸った。
第2話では、船内AI「オリオン」が誕生する。太陽フレアの影響でシステムが「ヒクッ……」と乱れる場面のユーモアが絶妙だ。AIがしゃっくりをして照明もピクッと点滅する——工学的なリアリティを保ちながら、読者をくすっと笑わせるこの匙加減が、この作品全体のトーンを体現している。
月面都市、核融合トーチ推進、人工重力リング0.6G、防御シールド……細部の設定に手を抜かない誠実さがある。それでいて押しつけがましくなく、すべてが二人の会話と体験の中でさらりと溶け込んでいる。宇宙SFとしての硬度と、旅行記としての柔らかさが同時に成立しているのが稀有だ。
土星の衛星を舞台にした作品を書く者として、「水星から始まり土星まで巡る太陽系クルーズ」という発想に、惑星系の豊かさをあらためて実感した。宇宙には、描いても描いても描き切れないほどの舞台がある。本作は、その広大な太陽系を二人の少女の視点でやさしく案内してくれる、読んでいて純粋に幸せになれる一作だ。
私たちの現状では、一生の富と能力を費やしても、地球と月の軌道の範囲を越えられない人も多いでしょう。
見上げればそこにある宇宙は、地球に生きる者にとって、手の届かない遠い世界かもしれません。
しかしここでは、あなたは無料で太陽系一周を体験できます。それは身分や地位のためではなく、あなたがすでにテクノロジーの恩恵に乗っているから。
生まれた時から宇宙の一員として、地球さえも星間旅行の選択肢のひとつになりました。
人類文明の誕生の頃、神の力と見なされた太陽を、今や水星の陰から間近に眺める。
そんな光景そのものが、人類文明が夢見てきた神話となりました。
その神話を実現するのに、わずか十数日しかかからないかもしれない。
さらに遥か昔の天文学者たちが目にした星系、かつては電波望遠鏡の中にしか存在しなかったガス惑星が、
今や海に漂うクラゲのように、肉眼で視認できるその輝く美しい色彩に、目を奪われます。
しかし、これらの手の届くようになったものの向こうに、かつて想像の範囲にしかなかった、より遠い星系が、
技術文明の継承と発展により、再び人々の新たな目標となるかもしれません。
神話は人が紡ぐもの。それは単なる願望ではなく、遥かな過去と未来の青図なのかもしれません。