太陽系トラベラーズ ~ソルとルナの素敵な90日~

小惑星もお菓子

01..ついに!憧れの太陽系クルーズにっ!《1日目:月面〜乗船》

 「惑星を見に行ける時代」になったのは、たぶん私たちの世代からだ。


 太陽系を巡る旅――そんな夢みたいな話が、今では一般人でも参加できるクルーズツアーになっている。

 まぁ、抽選倍率がめちゃすごいんだけどね。



 あたしは、月面都市セレーネシティの自室のベッドに座って、天窓モニターを見つめていた。

 大きな宇宙船が太陽の光を反射しながら、ゆっくりと月の軌道上を周回している。


 あれが去年就航した、クジラ型巨大宇宙船 《セレスティアル・ホエール》号。


 その奇抜なデザインもあって、地球でも月でも「一度は乗ってみたい宇宙船ランキング」の一位に輝いている最新型の惑星観光船だ。



「うっそー! ほんとに行けちゃうんだ、太陽系クルーズっ!

 しかも、あのクジラでっ!」


 両足をバタバタさせながら、軌道を泳ぐ宇宙船を見上げる。


「水星の〈温度差600度の影またぎ〉、絶対オプションで申し込む!

 金星の〈硫酸雲スライダー〉もやる! 〈土星リングのイルカジャンプ〉も!

 あと、あの船限定の惑星スイーツも全部制覇するっ!」


 言いながら、もう口元がにやけっぱなしだ。


「ヤバい! 明日から私、太陽系トラベラーだよっ!?」


 枕を抱きしめて転がりながら、ソルは月の低重力でふわっと浮き上がった。


 明日、あのクジラに乗るんだ。ルナと一緒に、宇宙を航海するんだ。


 そういや、ルナはもう、地球からの送迎シャトルでこっちに向かってるはず…。


 その時、チャット呼び出し音が鳴った。


「あ、ソルいた。こっちはオオイタ宇宙港で天候待ちがあって、出発が3時間遅れてね、さっき大気圏抜けたところ。

 でも、明日の出発にはちゃんと間に合うって。

 あとね、シャトルからも《セレスティアル・ホエール》が見え……ってソルっ! まさか、まだ荷造りしてるんじゃないよね?」


「えへへ……あとちょっと。残り半分くらい?」


「半分っ!? 明日の朝早くに出発だよ?」


「だって、選べないんだもん! お気に入りのシャツも全部持っていきたいし!

 なんかテンション上がっちゃって、月の重力じゃ私のこの気持ちは抑えられないよ〜!」


「……う、まぁ、ソルだしね…。

 こっちは遅れてるけど、とにかく明日、ポートで待ち合わせでね。

 荷造りちゃんと……間に合うよね……」


「大丈夫、大丈夫。まかせて~。じゃ、明日ね。おやすみ~」


 ソルとの通信が切れる直前、シャトルの座席モニタに月のハロー軌道を回る《セレスティアル・ホエール》が再び映り始めた。


「ほんと夢みたい。明日あの船に乗って、ソルと宇宙の旅に出るなんて」


 ------------


 翌朝。

 月面港〈ホエールベイ〉に到着したシャトルの気圧扉が開くと、地球よりもずっと軽い重力が、ルナの身体をふわっと包む。


 気密デッキ内を歩くたびに、体が浮く感じがする。

 地球の重力とは異なる、その感覚に少し戸惑いながら、到着ロビーで周囲を見渡す。


「ルナっ! こっち、こっち!」


 聞き慣れた声が、少し高めのトーンで響いた。


 振り返ると、赤みのある茶色の髪を束ねた少女が手を振っていた。

 月の軽い重力もあって、跳ねるように近づいてくる。


「やっとリアルで会えたね! ほんとにルナの実体だー!」

「ソル…! …って、うわ!」


 ソルが軽く浮き上がったまま駆け寄り、その勢いで、ルナにぶつかる。


 二人は体勢を崩しかけ、笑いながら、ゆっくりと着地した。

 浮き上がったルナの長い黒髪が、ふわりと下がってくる。


「ソル、…いま重力、忘れてたでしょ」


「だってさ、リアルのルナに会えたんだもん。これで浮かないほうが無理!」


「……まったく、もう」


 ルナの口調は呆れ気味だが、顔には笑みが浮かんでいる。

 落ち着いた感じに見えながらも、その表情には、親友と一緒に冒険の旅に出る喜びと興奮が混じっていた。


 ------------


 シャトル到着から二時間ほどして……。


 ソルとルナは、《セレスティアル・ホエール》に向かうORCAオルカ級搭載艇の中で、離床の軽い振動を感じていた。


 宇宙港の磁気ロックが解放されるとともに、彼女たちの乗る八十人乗りの船がゆっくりと浮き上がる。


 周囲のポートからも、同型艇が順番に離床し始めている。


「わあっ、動いた動いた! ルナ、見て! セレーネシティが小さくなってく!」

「落ち着いて、ソル。動くと危ないってば……」


 窓の形を模した3D船外モニターにへばりついて、下が見えないかとのぞきこむソルを、座席の安全ベルトが軽く押し戻す。


 ルナはため息をつきながらも、その横顔に微笑を浮かべる。


 本当に、夢のようだ。

 地球から空を見上げて憧れていた宇宙に、いま、自分がいる。



 船外モニターを見ると、月面の白く輝く輪郭が下方に遠ざかっていく。


 やがて、船内にある全てのモニターに、乗客たちの到着を待っている白銀色に輝く母船 《セレスティアル・ホエール》が映り出す。



 そのとき、柔らかな印象を受ける声が船内に流れた。



「ようこそ、太陽系クルーズツアーにご参加の皆さま。

 本船は《セレスティアル・ホエール》の搭載艇|オルカ7号機です。


 本日より始まる、この『太陽系周遊九十日クルーズツアー』には、七百八十名の乗客の皆さまが参加され、運航およびサービスクルーとして二百四十名が帯同いたします。


 あと十五分ほどで、皆さまを《セレスティアル・ホエール》に、ご案内いたします。

 これより、旅の始まりにあたりまして、簡単なガイダンスをさせていただきます」



 各席のモニターに、《セレスティアル・ホエール》の映像立体ホロが浮かび上がる。

 

 クジラのような白く長い船体、その胴体部分に巻き付くような筒状の居住リング、そして尾部から流れる青白い推進光のイメージホロ画像だ。


 ソルが目を輝かせる。



「《セレスティアル・ホエール》は、CWA社が誇る、最新型の惑星観光船です。

 その全長は、千五百メートル、胴体部の最大幅は五百メートルです。


 航行には、核融合トーチ推進+磁場偏向推力制御システムを採用、尾部の二枚のフィンが、光を泳がせるように姿勢を調整します」



「ねぇルナ。光を泳がせるって、なんか詩的じゃない?」

「うん……工学的な説明のはずなのに、なかなかロマンチックな表現ね」



「船内の人工重力は、皆さまが滞在される、居住リングの中部〜外縁部では主に0.6G、リングの中心軸付近では、0Gから0.3Gを標準状態としています。


 本船には、最新の重力制御機構を搭載しておりますので、船内では局所的な重力変動体験もお楽しみいただけます。


 船体は、最新の設計技術により、三重の強力な宇宙線遮蔽や生命維持フィールドで常時保護しております。


 皆さまの航行中の安全を、しておりますので、どうぞご安心してクルーズをお楽しみください」



「完全に保証って聞くと、逆にちょっとドキドキしない?」

「ソル、それ不吉なフラグだからやめて」


 二人が笑い合うと、近くの座席からも、くすくすと笑いが漏れた。

 観光客たちの緊張が少しほぐれる。



「皆さまの情報端末では、航行データや予定表、船内マップをご覧いただけます。

 ご同行者との複数端末間での同期利用も可能です」



 ソルは腕のリストバンドをタップして、投影された小さな立体ホログラムを見つめた。

 そこには「DAY-01 出発」の表示が点滅している。


「わぁ、予定表が可愛い。ルナのも見せて! 同期しとこ!」


「えへへ、今日はこれにしたの。

 地球で出発待ってる時、宇宙港のショップで眼鏡グラス型の買っちゃった。

 投影モードにすると……ほら、目の前に出るでしょ」


「なにそれ、すごい。未来感、強すぎ!」

「え、何その未来感って、ふふ。……お揃いでソルの分もあるからあとで渡すね」


 二人は笑いながら、表示された船内マップを見る。


 リングデッキ、オーロラホール、星空観測ドーム――その文字ひとつひとつが、未知の冒険への入口に見えた。



「この太陽系クルーズの主な行程は……、

 地球圏を離れたのち、最初に水星、金星といった地球圏よりも内側の、太陽に近い惑星を訪れます。

 そして、その後に外惑星を目指し、火星、木星、土星を順に巡ります。


 火星では、人類入植から七十年を経ている火星都市、マーズ・アルシア・シティでの二泊三日のご滞在をお楽しみください。


 また土星では、CWAタイタン・リゾートでの衛星地表面での宿泊体験もオプションにてご用意しておりますので、ぜひご利用をご検討ください。


 土星滞在後、宇宙船は折り返して、この地球圏に帰還いたします。

 全行程は、九十日間を予定しております。


 また、惑星間を移動する航行中には、低重力競技会、星間音楽会、太陽風体験ウォークなど、宇宙空間ならではの体験プログラムをたくさんご用意しております。

 こちらにつきましても、ぜひお楽しみください」



「船内の体験プログラムも面白そう!」

「ソル、全部狙ってるって顔してるよ」


「もちろん! でも、ルナも行くでしょ?」

「……まぁ、行くけどね」


 ルナがそっと目線を逸らすと、ソルはにやりと笑った。



「本日、第一日目のご予定は――

 到着後すぐに、航行規則に基づきます船内行動のAI講習、

 その後〈オーロラホール〉にて、ウェルカムセレモニーを開催いたします。


 この旅が皆さまにとりまして、素敵な九十日間となりますよう、乗員および搭載AI一同、全力でサポートいたします」



「講習って、脱出ポッドの避難訓練かな?」とソル。


「そうね。あとは重力制御チェアの講習とか?

 シャトル内でも一応教えてもらったけど、船によって割と違うみたいだし…」


 案内の放送が終わると、モニターには、もう画面いっぱいに白銀の巨体が広がっている。


 《セレスティアル・ホエール》——それはまさに、宇宙の海を泳ぐクジラに見えた。



「……実物でっか! もう、本当にクジラじゃん……!」

 ソルが目を丸くする。


「地球の海にいるクジラとは、大きさが桁違いね」

 ルナも実物のその大きさに驚いている。


「……ねぇ、ルナ」

「うん?」


「この船、ほんとに泳いでるみたいだね」

「……そうね。なんだか私たち、海の中に来たみたいな……なんだろう、不思議な安心感があるわ……」



 《セレスティアル・ホエール》は、静かに受け入れ態勢を整えている。


 乗客を乗せた十機の搭載艇が、《セレスティアル・ホエール》の船体下部、ちょうどクジラのお腹にあたる外部デッキ――<ピノッキオ・デッキ>と言うらしい――に順番に入っていく。


 デッキの中に入ると、それまで無重力から、ゆっくりと重さを感じられるようになっていく。


 二人が乗る艇内に一瞬だけ静寂が流れ……、次いで軽い振動と共に搭載艇がドッキングアームに完全に固定される。



 機内の照明が明るくなり、航行支援AIの声が船内に流れた。


「ただいま、母船に到着いたしました。

 これより皆さまを《セレスティアル・ホエール》 の居住エリアへとご案内いたします。


 皆さま、ようこそCWA社の太陽系クルーズへ! 共に宇宙の海を冒険して参りましょう!」



 搭載艇の扉が滑らかに開いていく。

 ソルはルナの方を向き、にっこり笑った。


「いよいよクジラちゃんに乗船だよ! ルナ」


「ええ。……慣れない重力だから、お互い気をつけましょう。

 ソルも浮かれないで歩いてね」


「分かってる、分かってる! まかせて! ふふーん♪」



 こうして、二人の冒険への第一歩が、いま、始まった———。






(第1話 おしまい)

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 別作「太陽系トレジャーハンターズ:愛すべき航路掘りの阿呆あほうども」では、この太陽系クルーズの宇宙航路を開拓するなど、危険を承知で日々飛び回る、愛すべき阿呆(あほう)どもの活躍をお届けしています。

 口の悪いクルーに感化されたAI、華やかな太陽系クルーズを支える泥くさい裏話なども見どころです。

 本話と併せて、お楽しみいただければ幸いです。

(作者:小惑星もお菓子)

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