第15話
急いでイライラしていることを隠そうともしていない蓮水が、信号待ちで携帯電話を取り出した。しばらく耳に当てたあと『くっそ! 定休日かよ!』と小さく呟く。
おそらく、バイクの修理を頼もうとしていたのだろう。修理が思いの外早く済んでしまう可能性や、代車を使う可能性が潰れてホッとする。明日からは街をあげての七夕祭りだ。修理店の人たちも続けて休んで、祭りを満喫して欲しい。
それにしても、尾行の難易度が高い。蓮水が信号待ちで停まる度に冷や冷やする。
自転車というのは徒歩と違い、何もないところで止まると不自然になってしまうのだ。かといって、あまりゆっくり走るのも変だ。路地や電柱に身を隠すわけにもいかないし、ずっと後ろを走っていても気づかれてしまう。
ほとほと困り果てて、一旦路地を曲がって停車した。見失わない程度に距離を開ける。ジリジリと尾行に戻るタイミングを見計らっていたら、とあるコンビニの前で蓮水が進路変更をした。
コンビニの裏手に自転車を停め、慌てた様子で従業員入り口から店へと入って行く。蓮水はこのコンビニでバイトしてると見て間違いないだろう。
これは……偶然なんだろうか?
車道を挟んだコンビニの向かい側には、イートインも出来る焼きたてパンのチェーン店。制服の可愛さで選んだらしい、美咲のバイト先だ。
ふと感じた違和感とは別に、懐かしさが湧いてくる。美咲のバイトの日は、よくここに来た。ひとつだけパンを買って、それを齧りながら美咲のバイトが終わるのを待った。
感傷に任せて、あの頃のようにパンをひとつだけ買う。俺の定番メニューだったコロッケパンだ。コンビニに移動して缶コーヒーも買う。蓮水は弁当類の品出しをしていた。
コンビニのイートインスペースで、コロッケパンを齧る。こっそり蓮水を観察してみるが、特に不審な様子はない。当たり前だ。今の蓮水は酔っ払っていない。
徹夜明けの鈍った口で懐かしい味を噛みしめながら、蓮水に明日酒を飲ませない方法を考える。睡眠薬でも一服盛って、拉致監禁するしかないだろうか?
「一服、盛る……」
確かアルコール依存症の薬で、酒が飲めなくなる薬があったはずだ。うちの爺さんの弟が深刻な依存症で入院していたのは、確か俺が高校に入った年だ。その時の薬を捨てていないと、ずいぶん後になって母親が話していたのを覚えている。
それを探して、なんとか蓮水に飲ませることが出来ないだろうか?
医師の処方以外の人が薬を服用してはいけない。うん、わかってる。消費期限が過ぎているかも知れない。うん、そうだな。一服盛るなんて犯罪行為だ。うん、その通りだ。
その通りなんだけど……『拉致監禁より平和的だよな!』なんて思ってる俺は、ちょっと反省した方がいいかも知れない。
しばらくして、克哉から電話があった。部活が終わったらしい。早速、自宅へ戻って薬を探してもらうことにした。
「そう。『ジスルフィラム・シアナミド』って薬だ。たぶん母さんのドレッサーの引き出しの中にある。ちゃんと調べたから大丈夫。ヤバイ薬じゃない。ほんの少量の酒を飲んだだけで、悪酔しちまうだけだ。えっ? 気の毒だって? まぁ、そうだけど、酔っ払い運転して、女子高生巻き添えに死ぬよりはマシだろ?」
薬の効果は約12~24時間。明日の夕方までには蓮水に飲んでもらいたい。俺は『酒が不味くて飲めなくなる薬』と認識していたが、調べてみたらアルコールを体内で分解出来なくなる薬だった。ほんの少量飲んだだけで、気持ち悪くなるらしい。副作用はほとんどない。
蓮水のことは引き続き警戒したいが、バイト中はその必要もないだろう。俺は蓮水のバイトが終わる時間まで、ビジネスホテルへ戻って夕方まで仮眠を取ることにした。
念のため、克哉には美咲から離れないように伝える。出来れば早川亜紀の安全も確保したいんだよな。部室のボヤ騒ぎがサッカー部からテニス部に変わったように、交通事故の被害者が変わる可能性がある。
姉貴との酒盛りからの、徹夜で蓮水の監視。おまけに考えることが山ほどあってくたくただ。ビジネスホテルの部屋に戻ると、俺はベッドに転がり込むようにして眠りに落ちた。
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