第九話 守るための強さ

 怪人が爆発して消えた後も、空気には焦げ臭さが残っていた。


 さっきまで賑わっていた祭り会場は、まるで時が止まったみたいに静まり返っている。提灯の明かりだけがやけに明るく感じられた。


 そんな中で俺の頭から離れないのは、あの人の背中だった。


 怪人による衝撃波がみんなを襲った時、背後から女の子の鳴き声が聞こえた。慌てて後ろを振り返るとあの人がいた。視線は屋台の方に向いていてそこには女の子がいた。

 「助けなきゃ」と思ったのもつかの間、

 

 「......ゾクっ......」背筋が凍り付いて動けなかった。怪人がどうこうなんてもんじゃない。あの人が怪物に思えて足がすくんだんだ。


 

 その後は一瞬だった。迷いなんて一切なく、あの人は飛び込んできた。


 

 振るわれた一撃は重く、勢い任せじゃなく計算された動きで、怪人をよろめかせた。


 何より、その拳に込められていたのは確かな「守る」という意思だった。


 だけど勝負がつくやいなや、顔を真っ赤にして必死に言い訳し、逃げようとしていた。


 でも逃げることはできなかった。あの人が救った少女が止めてくれた。

 少女には、変身していなくてもあの人が唯一無二のヒーローだったんだ。



「悠斗、無事で何よりだ」


 声をかけてきたのは赤レンジャー、神崎陽翔君。息を切らしながらも笑顔を見せる。


「いやー、しかし……やっぱり大地はすげぇな」


「全く同感ね」


 黄レンジャーの東雲美咲さんが腕を組み、口元を緩める。

「あれだけの動きができて、しかも助けた女の子に褒めてもらって。…ある意味、あたしたちよりヒーローっぽいわね」



「不思議な存在です。確実に戦況を変えることができる人」

 青レンジャーの姫野澪ちゃんは、冷静な声で分析端末を片付けながら微笑んだ。


「データには残らないのに、記憶には残る」




 その場から逃げようとして少女につかまったヒーローに陽翔君が声をかける。


「逃げなくてもいいんじゃないか!?大地!!」


「応えてあげたら?」

 美咲さんも笑顔で促す。


 俺の横に立つ3人が笑顔で見守る人が悪人なわけがない。何よりあの人は子供を笑顔にした。それだけで十分。間違いなくヒーローだ。そう思えたとたん、俺も自然とその光景に笑顔になる。


 幸せそうな光景を4人で眺める。



***




 処置班が駆け寄り、俺の腕や肩を消毒する。


「やっぱり、あの人は皆さんの間でも特別なんですね」


 俺がそう言うと、陽翔君は少し肩をすくめて笑った。


「特別っていうか、説明不能だな。でも、大地が現れたら大体いい方向に転ぶ。不思議と」


 その言い方が妙にしっくりきた。

 計算じゃない。戦いのルールに縛られてもいない。ただ必要な時、必要な場所に現れて、流れを変える。それがあの人なんだ。


「お腹減ったな~」


 美咲さんがぽつりと言い、周囲の緊張が少し緩む。


「屋台、まだやってますよ」

俺が言うと、陽翔君と澪ちゃんも自然とそちらを見た。


「行くか」陽翔君が先に歩き出す。



 屋台の明かりの下、人々は少しずつ祭りの空気を取り戻していた。

 陽翔君が「悠斗、これ食え」と紙舟のたこ焼きを差し出してくる。


「いや、俺が払いますって」


「いいから食えって。熱いうちにな」


 口に放り込むと、熱々の生地とトロトロのタコ、ソースの香りが一気に広がる。


「……うまい」思わず笑みがこぼれた。


 澪ちゃんはラムネを手にしていて、瓶の中のビー玉がカランと鳴るたびに、屋台の灯りが反射して小さく光った。


 美咲さんは串焼きを片手に、まだ周囲の様子を観察している。

 戦いの後でも、この人たちは自然に役割分担をしている――そんな感じがした。



「しかし悠斗、お前……芸人って言ってたよな?」


 陽翔君が不意に笑いながら聞く。



「ええ、一応……笑いを届けるのが仕事です」


「笑いで人を守るのも、殴って守るのも、根っこは同じかもしれないな」


「……そうかもしれないっすね」

 自分でも意外なくらい、すんなりとそう思えた。


 ヒーローじゃないのに、あれだけ迷いなく動ける人間なんてそうはいない。

 しかも戦い方に一切の虚勢やためらいがない。あれはきっと、何度も修羅場をくぐった動きだ。

 

 もしかすると俺よりも、舞台での「度胸」はずっと上なのかもしれない。



 陽翔君たちと別れ、夜道を歩く。


 祭りの喧騒は遠ざかり、虫の声が耳に届く。提灯の明かりが道沿いに続き、ゆらゆらと揺れていた。



 芸人として、人を笑わせることが俺の生き方だ。でも今日、俺は「守る」というもう一つの強さを見た。


 あの背中には理由があるはずだ。その理由を知りたい――いや、次は並んで戦いたい。


 笑いも涙もひっくるめて、俺は舞台に立つ。

 あの人は別の舞台で生きている。

 次に会う時は、俺もその舞台に立てるようになっていたい。

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