第三歩 詩希 vs

 "海に咲く青い薔薇"、懐女なつめ

 "空にく赤い薔薇"、詩希しの

 これは、二輪のつましい薔薇による、美とPRIDE、そして女と女を懸けた、壮絶なる愛の物語である・・・。


 迷子の少女「……お花さん。」

 懐女なつめ「ダメだよ。ハキダメギクなんか摘もうとしたら、摘むならこっちのヒメジオンにしなよ。」

 厭人あきと「秋なのになんでハルジオンみたいな花咲いてんの? あ、ノビルもあんじゃん。コレ味噌に漬けると美味いぞ。」

 懐女「私はヨモギのチヂミが好きだな。ちょっと行くとフキノトウとかも生えてて美味しいよ。採りに行く?」

 厭人「やめとく。ゼンマイとか、ワラビとか、タラの芽とか、ヤツガシラ、山菜の方を採取し始めると一日かかるからな。」


 つい、俺と懐女が食べられる野草に夢中になって話していると、気がつくと迷子の少女が、せせらぐ川の方へと入って行き、ザリガニのようなものの背中を撫でて遊んでいる。


 懐女「風が気持ちいいわね〜。水も冷んやりしていて、凄く懐かしい。」

 厭人「そうだなー。田舎はやっぱいいよなー。……ってここどこだ?」


 小さめの山が何峰も盛り上がり、小高い丘の上には小学校の旧校舎のようなものがある、そこで、小学生、中学生くらいの子どもが追いかけるように坂を昇り、昇りきったところでは羊を棒で追いかけて遊ぶ女の子、坂の中腹には田園も僅かに広がっている。


 懐女なつめ「ここ、"New干潟ひがた"よ。水祈みずき姉さんの魔法でテレポートさせられたのよ。記憶も消されてるから、あなたは覚えていないけど。」

 厭人あきと「……テ、テレポート?そんなことされてるのか。いつの間にだ。」

 懐女「水祈みずき姉さんの補助系魔法はこの国一だからね。私は、霧で目を眩ましたり、眼球を空中に放って打撃系のダメージや精神攻撃をしたり、あと魅了したり、眠らせたりする事が得意。霧魔法を使えるの。」

 迷子の少女「……眠りの花。」

 厭人「すげぇなぁ。昔、日本に住んでる奴で滑空魔法使える奴が居たよ。空を飛びながら火を放ったり、猛スピードで旋回したり、軍隊の戦闘機みたいな素早い動きで空を飛び回るパイロットみたいな奴知ってるぞ。」

 懐女「・・・滑空魔法?何ソレ、私知らないんだけど。」


 その時、長閑清のどかさやかに語らっていた筈の三人が見ていた小高い丘の山腹に、猛火もうかが燃え盛るのがえて、厭人あきとはすかさず、懐女と迷子の少女をかばって身を伏せさせた。


 厭人「・・・アイツっ!なんでこんなところにいやがる。」

 詩希しの「……へへへ。」


 黄色わうじきの火がけぶる中で戦闘機のパイロット風の格好に身を整え、こちらを向いて敬礼をしながら覗き込んでいるのは、厭人の元カノ、詩希しのだ。


 厭人「また着いて来やがった。追い払っても追い払っても・・・畜生が!」

 懐女「・・・な、なにあれ。あんな蝋炎ろうえん魔法、見たことないんだけど、戦えっての!? 私、どちらかというと近接肉弾系の魔法使いだから、ああいうのは誰かが近づけてくれないと倒せない!」

 厭人「・・・ああ、俺も、多分風魔法だったら昔からゲームの中で得意だったからアイツの火をかわすくらいの事は出来る。しかし、アイツは天然でああいう魔法使うんだよ。この世界で力が解放されたらそのおぞましさはどれ程か。」


 震えながら多くの眼球を宙へと放った懐女は、これで偵察して隙を伺う、といって辺り一体を霧で包んだが、こんなのではどうにもならない、というのは三人とも本能的に分かっていた。


 厭人「・・・くっ。アイツは猫が好きだから、猫が居れば注意を引くことが出来るんだが。」

 迷子の少女「・・・ニアァ。」


 迷子の少女は小猫が餌をほしがる時のような声でひと鳴きすると、両手をハート型にして詩希しのの方へ向け、言い放った。


 迷子「・・・しょうかん。」


 すると目の前に大量のドス黒い牙を剥き出した狼のような犬のようなコヨーテのようなジャッカルのようななんか汚らしい狐みたいな動物がわらわらと湧いてくる・・・あ、ハイエナだ。


 詩希「・・・ひっ。」


 一瞬、詩希しのが怯む。そう、あいつは猫が好きだが犬は苦手。しかし、これはどっちだ? ハイエナは、猫のようでもあり、犬のようでもあり、性格が俺のようでもあり・・・。


 詩希「・・・閣下。今こそ力を。」


 詩希がそうして片手に下げていた銃剣を地に翳すと、地の狭間はざまから獰猛な黒竜のようなものが現れる・・・これ、ゴ◯ラじゃねーの? ティアマットか。


 けぶる炎が燃え盛る中、争うハイエナとティアマット。決着がつかない。

 このまま世界は灼熱の炎に包まれて核戦争後の世界のようになってしまうのではないかと思ったその時、丘の上にあった小学校の館内放送のアナウンスを通じて、水祈みずきの静かな囁き声がさやさやと聴こえてきた。


 セーラー服に身を包んだ水色髪の校長先生の声「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの行く所どこででも、あなたの神、主があなたとともにおられるのだから。」


 そう声が木霊すると、空から冷たい雨がさらさらと、降ってきて、次第に雨は勢いを増して、水は足まで浸かり、腰まで浸かり、やがて背中を包み、首のあたりまでたぷたぷになるまで降り続くのだった。


 水祈みずき「恵みの雨、なのよさ。言っておくけど、私は自分では髪の毛一本も動かす事は出来ないわ。」


 懐女「・・・姉さん!」

 厭人「・・・火が、詩希の繰り出してる地獄の獄炎が消えていくぞ!」


 そこに悪魔の不敵な笑み。


 詩希「・・・滑空。」

 そう言うと詩希は背を向けて敬礼し、煙霧えんむを背後に放ちながら遠くの空へと飛び立つ。

 懐女「待ちなさいっ!あなたタダじゃおかない!」

 懐女はアジア象程はある大きな眼球を空中に浮かべると、そこにまたがって座った。その眼球は血を流しながら空を野球のシュートの球のようにして飛び、詩希の後を追いかけていく。


 詩希「・・・!!」

 懐女「待ちやがれっ・・・!!」


 厭人あきと「・・・追いかけっこが始まっちまった。問題はこのハイエナとティアマット。このままじゃ溺れ死んでしまうぞ。」


 水祈みずきはアメンボのようにつま先でぴょんぴょんと水上を跳ねるようにして、詩希しの懐女なつめの後を追いかけながら、拡声器を使って波を響かせるような声で話す。


 水祈「更に七日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。 鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った。」


 少しゼェゼェ言っている。飛べないのは大変なんだろうな。・・・そしてニッコリと微笑み、


 「一度起こるとそう簡単には洪水はおさまらないわよ。」

 そう水祈みずきは言い放つと、詩希しの懐女なつめと共に遠く彼方へと消えて行ってしまった。


 たぷたぷにひろがった水面の上で犬掻きをするハイエナと、ティアマット、それをよしよしとしている迷子の少女の余らせたもう片方の手にはすみれ色のかわいい花が握られていて、彼女一人だけがただその惨憺さんたんとした光景にそよぐ花のように、やさしい笑みを讃え、動物達を愛でる顔で順番によしよしと撫でてあげていた。


 俺は10気圧防水の時計をしてて良かった思いながら、16:00前の少し薄暗い空を視詰め、光が消えたらどれ程暗いだろう。と昔聞いたことのある言葉を反芻はんすうしていた。


 4話へ続く。

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