ep12. 島根県出雲市 浩✖大国

杵築の大社


大国の魂が蠢動を始めていた。


「長いことかかったが、ようやく5つの柱からの戒めを解けるわ。」


大国は今まで弱くなっていくふりをしながら様子をうかがっていた。


そうしながら地震災害を起こし、本殿を倒壊させた。


倒壊するたび、本殿の高さが低くなったのは、「大国の力が弱くなってきたから」という判断も大きかった。


しかし、そうやって大国は捲土重来を期していたのであった。


「いつか、保地石にお返しをしてやる。」その一念であった。


最初に気づいたのは事代であった。


「父上。なりませぬ!」


「何を言う事代。そもそもお前が儂の体と魂を分断せねばもっと早く勢力を盛り返せたものを。」


大国と事代では残念ながら力の差は歴然であった。


「これまでか・・・」


事代は事態が落ち着くまでシェルタ-を使わざるを得なかった。


逆柏手を打ち、船状のバリアを張り、その周りを最後の力でこさえた葦で 杵築の崎 全体をカバ-した。


次に気づいたのは、八岐であった。


「これはまずいことになった。」


魂だけとはいえ、強力な力を持つ大国。八岐だけで敵う相手ではない。


八岐は一族に触れを出し、人?-?やおろずの助けも借りることにした。


白竜は日本酒の樽を持って布陣をしている。後ろに神戸川勢がたくさん控えている。


斐伊川支流の八岐の八人の兄弟たちも揃って陣を張った。


佐毘売さひめとその一族も集まっている。


およそ斐伊川、神戸川流域の全ての国つ神と人?-?やおろずが集結しているであろう。


そしてその中にあずもいた。


あずはそもそも、人?-?やおろずではないが、上様という「渋が下」という泉の守りである。


その泉は、仙山川へ、そして田儀川へと続いていて、それは八岐の領域でもあった。


ひろももちろん、あずのたすくとして一緒にいた。


大国は西へと移動を始めようとしている。


その先に根の国があり、そこに大国の身体がある。


身体と融合されてしまえば、とても勝てる話ではなくなってしまう。


大国が言霊を投げてくる。《お前らでは儂に勝てない。》


まずは厄介な言霊をなんとかしないと、八岐勢が一斉に懸っても弾かれてしまう。


あずが浩に言う。「見て。大国が言霊を投げると黒い霧が出るわ。」


-本当だ。あれはバンダイとの戦いで見たことがある。


まずは黒い霧を払って厄介な言霊の効力を下げよう。


その後、八岐様に言霊を切っていただけば、大国は勢いを失うだろう。


「行くわよ!」あずと浩は大国の前に出た。


「なんだ?お前らは?」大国が二人を認識する。


大国の発した何かが空気を切り裂いてきた。


あずが操作をしてそれを弾こうとした時、浩は背中を向けあずを抱きしめていた。


-だめだ。これ一撃でまたあずが消えてしまう。


それまでに大国の飛ばした鎌鼬かまいたちは強力だった。


「ひろぉ!だめぇぇぇ!!」あずが叫ぶ。


二人はそのまま小田の砂浜まで吹き飛ばされ。


気付けば浩はもう動くことはなく、そのそばで座り込んで泣きじゃくるあずがいた。


それを見た八岐勢は少し距離を開けて呪で大国を囲んでいる。 


「ええい!いまいましい!」大国が叫ぶ。


八岐が檄を飛ばす。「人?-?やおろずは消えてはならない。入れ替わりながら呪を飛ばせ!」


後方では、稲田姫と佐毘売が、力を使い下がってきた人?-?やおろずに再度力を与えていた。


戦いは膠着状態となった。



根の国。


「浩殿?浩殿・・・」囁くように小声で男の声がする。


浩は声に目が覚めた。


目を開けると、真っ暗な闇の中、背の高い武将のような出で立ちの男がそばで覗き込んでいた。


『良かった。目を覚まされたか?』


-ここは?


『根の国です。私は波根の白兎の涼見と申します。』


良かった味方だ。浩は、ひと心地ついた。


-僕はどうしたんだ。


『大国との戦いの最中に、ここにおいでになったのです。』


がばっ!と飛び起きる浩。


-あずは?あずはどうなった?


『あずさんは大丈夫です。』


-急いで戻らなければ。


涼見は力なく首を振る。


『残念ながら、私を含め死者は戻ることが出来ません。』


-僕は死んだのか。


浩は絶望した。


『お手伝いしていただきたいことがございます。』


-死んだ僕に出来ることがあるのですか?


『ええ。私では出来ないことなんです。』


『ついてきて下さい。』


涼見は手のひらを上にして、明かりを灯す。


ここが洞窟であることがわかる。


後ろをついて歩くと、洞窟の外に一旦出た。


眼前に、田と街と、その向こうに日本海が広がっているのが見える。


-街だ。なんだ、僕は戻れたんだ。


『違うのです。ここは根の国。同じ様に見えても繋がっていない。』


『国境はあっても、死者は戻れないのです。』


-根の国の人は?


『行き来可能です。ただ、良からぬもの、人でないもの、そのようなものも波根を越えようとします。私はその警備をしておりました。』


『さ、行きましょう。』


さらに別の洞窟の入口へと入っていく涼見。


『この奥に大国の身体があります。』


『私の力では大国の体を滅することは出来ません。浩殿ならあるいは。』


-僕にどうしろと?


『その二本の刀です。』涼見が指差す。


-分かった。


洞窟の最奥部。広い場所に出た。キラキラと輝く壁面と床のその中央に、小太りの男が腕を胸の上で組んで寝ている。


『大国です。』


-僕はどうすればいい?


『刀で切って下さい。』


・・・人を切っているような気分である。余り気持ちの良いものではない。


浩は、少しためらいながらも、心に強く言い聞かせた。


-これであずを守れる。これでいいんだ。


一閃。


しかし何も起こらない。失敗である。


涼見も驚いている。


-何が足らない?


浩はバンダイとの戦いを思い出していた。


二本を併せ持つ。柄が融合した姿になる。


-こういうことか。


再度、思い切り大黒の身体を振り抜く。


・・・何も起こらない。


浩は絶望し、涼見は顎に手を置き考える体で身じろぎもしない。


-何かが違うのか?それとも、どだい無理な話だったのか?


『刀の組み合わせ方は、浩殿が?』


-ええ。戦いの最中に咄嗟に。


『組み合わせ方は、これだけでしょうか?』


-あ。いや。一度使ったきりでしたので・・・


と言い終わるか終わらないか。


何かを閃いた浩は融合した刀を分離し、次に柄尻同士を合わせた。


その途端、刀は共鳴音を発し、青白く光り始めた。


-いけるかもしれない。


頭上で大きく振り回す。


「びゅおおおおおぉぉぉぉぉ・・・」大きな風切り音とともに大黒の身体を切り裂いた。


大黒の身体はちりとなり四散した。






差海


戦況は膠着状態。


加勢する筈の広島はまだ到着しない。


「持ちこたえろ!広島が来れば戦況が変わる。ここが頑張り時だ!」八岐が檄を飛ばす。


ふと見ると。


膠着状態とはいえ優勢だった大黒が突然苦しみ始めた。


八岐は怪訝そうな表情で戦況を見つめた。「何だ?何が起こっている?」




少し離れた小田の砂浜であずは浩の身体に取り付いて泣いている。


ゆっくりとあずは体を起こし、大黒を睨みつける。


「大黒!許さない。」


飛び立とうとするあずの手を何かが引っ張った。


振り返るあず。


-どこに行くの?




根の国の洞窟。


『良かった。これで私もあおに顔が立つ。』涼見がにっこり微笑んだ。


そう言いながら。


右手を光らせ、こう問うてくる。


『浩殿。帰りたくはないか?』


-もちろん帰りたいです。しかしもう僕は死んでいる。


『ひとつだけ手があります。これは浩殿しか出来ない、白兎では無理な話ですが・・・。』


一呼吸置いて、浩を見つめて涼見は言葉を発した。


『神になりませんか?』


-ええ?神ですか?


『はい。』


-帰れるんですか?


『はい。』


-・・・でも人ではない。


『浩殿は国つ神と人の違いをご存知ですか?』


浩は首を振る。


『例えば、八岐様は国つ神、神でございます。』

涼見は続ける。


人は寿命があり、神は人と同じく寿命を迎え一旦死ぬが未来永劫その地域を守る存在となる。


人と違い、桁違いの力を持っている。


-そんなに差はないのですか?


『いえいえ。人は神には成れません。』


-僕、人ですよ?


涼見は微笑んだ。


『浩殿は人ではなく、いやまぁ人ではありますが、かみたすく存在でした。』


おそらく、と、涼見は続ける。


かみと交ることのある家系の子孫だからではないでしょうか。』


浩は、あずの降嫁の話を思い出していた。


『私は自分が波根に帰還するために、様-な方法を試しております。


そのなかで、かみの帰れる方法を見つけたのです。』


涼見はにっこり笑った。


『本当は聞くまでもないですよね?』


涼見は近づき、光る右手を浩の喉元にそっと当てた。


『あおに、よろしくお伝え下さい。必ず帰ると。』




差海


「押し戻せ〜!」八岐が叫ぶ。


広島が到着した。全員一丸となって、大国を押し戻す。


だんだん、戦いは東へ杵築へと下がっていった。


最後には大国は、小さく縮んでしまった。そして。


「おっ!覚えていなちゃいよぉ!」


捨てぜりふを残して、大国は消えてしまった。





小田


「浩〜!」


泣きじゃくりながら、しがみついてくる、あず。


浩はゆっくりあずの頭を撫で続けている。




花雪神社


浩は、境内をゆっくり掃いている。


佐毘売のもとで国つ神としての修業に入った浩は


広島から帰ってきてここで修業をする日-である。


-もうすぐ銀杏の実が落ちてくるなぁ。


独り言のように言いながら、拝殿の戸締まりを始める。


八岐様は『本当に世話になった。これで保知石も落ち着く。』


そういって差海から保地石にお帰りになった。


白竜は赤名に戻っていった。


好きな酒が呑める。嬉しそうにそう言いながら。


大黒は、しばらく復活は難しいだろう。


また復活しても、もう、身体は無い。


-さて、灯りをつけるか。


「あなた。夕飯の支度が整いました。」


ふっと声の方向に顔を上げると


あずが、膳所からにこ-と笑んだ。








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