雑草令嬢は溺愛されたくない!

ゆいレギナ

1章 雑草令嬢、花の学園に入学する

第1話 雑草令嬢と借金取り


 世は、まさに恋愛戦争時代――

 

 政略結婚なんてもう古い!

 恋愛結婚こそが至上!

 貴族たるもの、結婚相手は自分で見つけるべし!


 かつて国王が大恋愛のすえ平民の娘を王妃に据えたことから広まった風潮だ。

 ま、家の前で箒を振り回している私には関係ないことだけどね。


 誰も伯爵の屋敷だとは思わないオンボロな家の前で、私は今日も竹箒をブンブン振り回す。低い位置で二つにくくった亜麻色の髪が、同じように揺れ動いていた。


「借金取りはとっとと帰れ~!」


 私、ナズナ・フェルミエは、今日も借金取りを追い払うことに全力だった。


 返済分が追い付いていないならともかく、今月は先週に払い終えているんだもの。

 だったら、来月まで借金取りと顔を合わせるなんてお門違いでしょ?


 それなのに、取り巻きを引き連れた借金取りバルクロウが、今日も棒付きキャンディーを舐めながらニヤニヤ近づいてくる。


「でも、ナズナちゃん? 最近お金に余裕あるらしいじゃん?」


 黒髪、黒い眼帯が特徴的な男だ。年は十五歳の私より少し年上の十八歳。ひょろっとした印象ながらも、意外と肩幅があり、ブラックスーツがとてもよく似合っている色男。私が平均より小柄なこともあるけど、昔っから私を見下しては、嬉しそうに金色の瞳を細めている。


 そんなグローヴ家の嫡男が、このバルクロウだ。クローヴ家は表向きは商家だが、裏稼業を勤しんでいるのは一部で有名な話。


 なんでこんなに詳しいのかって?

 そりゃあ、クローヴ家とは、パパが事業に失敗して、没落してからの付き合いだもの。ちょうどその頃からバルクロウも家業の勉強で回収業務を始めたから……もう十年の付き合いになる。残念ながら、幼馴染みたいなものだ。


 ポケットから取り出した新しいキャンディーを私の口に突っ込みながら、バルクロウがニコーッと笑う。


「お金があるなら、利子が増えないうちに、早めに返したほうがいいよ~って、俺なりの親切で会いに来てあげるんだけど?」

「そ、それは……」


 くそ、どこでバレたんだか……。

 甘いものなんてめったに食べられない貧乏な私にとって、お菓子のおすそ分けはいつも嬉しい……のは、ともかく。 


 手厳しい指摘に、私は「うぐっ」と言葉を詰まらせる。

 そんな私の顎を、バルクロウはすくいあげるように持ち上げた。


「それとも、やっぱり俺の嫁にくる? 借金全部チャラにしてやるぜ?」

「それだけは絶対いや!」


 金の瞳を嬉しそうに細めたバルクロウを、私は思いっきり突き飛ばす。


「あんたみたいな軽薄な男と結婚するくらいなら、娼館で働くほうがマシよ!」

「変わらずつれないねぇ。俺、めっちゃ大事にしてあげるのに~」


 一瞬バルクロウの瞳が揺れる。

 もう……いつもそう。私がバルクロウからの申し出を断ると、悲しそうな顔をされてしまう。でも、私がちょっとでも罪悪感を覚えると、すぐにニヤッと軽口叩いてくるんだけどね。からかってくるところが、ほんといや!


 今日もそうして、バルクロウがすぐに楽しそうに口を開こうとしたときだった。


「ナズナ~! 届いてたわよ~!」


 ママが走ってくる。待っていられないと近くの通信出張所まで取りに行っていたんだよね。目的のものが入っているだろう大きな封筒を掲げ、目じりの涙を拭いながら満面の笑みを浮かべていた。


「ルミエール女学園の入学許可証!」

「や……」


 思わず、私も涙ぐむ。


 事業で失敗し、ほとんどの資産を失った我がフェルミエ家。

 そのときに押収を免れた祖母からの形見のネックレスやパパと祖父の思い出が詰まったコインも全部売って、それでも足りない分はパパが出稼ぎに行き、私とママも内職をがんばって、親戚筋にも頭を下げて、ようやく手に入れたルミエール女学園の入学許可証。


 ルミエール女学園を無事に卒業ができれば、王城で働く資格試験を受ける権利を得ることができる。私の夢は書記官だ。王城の書記官なら、女でも男と同等の給金を得ることができるのだ。


 これで……私も内職以上に稼ぐことができる!

 借金も返せる! なんなら親に仕送りだってできるようになるはず!


「やったぁ~!」


 思わず、私は人目をはばからずママに抱き着いていた。

 そんな私たちを見ながら、バルクロウが口からぼろっとキャンディーを落とす。


「あの有数貴族のご令嬢が集まる、ルミエール女学園に入学……?」


 バルクロウが奪いとるのは、ママが持っていた封筒。

 私たちの許可なく、彼は器用にナイフで封を切る。


「あ、ちょっと!?」


 バンバン叩きながら見せてくるのは、学園のパンフレットだった。


「わかってるのか、ルミエール女学園だぞ? あの真のご令嬢だけが入学できる、名門ルミエール女学園だぞ!?」


 パンフレットに描かれているのは、白亜の城を思わせる立派な校舎。通う令嬢たちも白を基調とした制服に身を包み、気品ある笑みを浮かべている。


 顔の近くに押し付けられると……思わず私も見ちゃうよね。


「へぇ、『花の御三家』って、各学年の代表生徒がいるんだ……?」

「おまっ……そんなことも知らないで……本当に入学して大丈夫なのかよ……」


 彼らが驚くのも無理はない。

 ルミエール女学園は、貴族のご令嬢が集まる屈指の女子学園だもの。


 その男性バージョンにソルディス男子院というのがあるけど、そこも貴族の将来有望な嫡男たちの学校であるらしい。それこそ、王太子殿下も通っており、ルミエール女学園と定期的な交流があるんだって。ま、私は完全に卒業後の進路が目的だから、いい同僚候補に出会えたらいいなってくらいだけどさ。


 それでも、緊張しないわけじゃないよ。

 ずっと貧乏庶民していた私が、本当の貴族に混じって生活できるのかなって。


 それでも、この貧乏生活で年頃の友達を作る余裕がなかったから……憧れているんだよね、友達ってやつに。男女問わず、仲良くしてくれる人と出会えたらいいな。


 こんな軽薄そうな裏稼業男じゃなくてさ。


「この雑草女!」


 雑草――そう呼ばれていたのは、私がちゃんと『令嬢』していたときからだ。

 私をそう『褒めて』くれた大好きなアネモネちゃんも、ルミエール女学園に入学するのかな? 貧乏になってから会えてないけど、もしかしたら再会できるかも? 


 そんなことを考えていると、自然と笑顔になってしまう。

 私はあんぐりを口を開いたバルクロウにピースをしてみせた。


「王城書記官になれたら、借金なんて利子マシで返済してやるんだから!」




 このときのわたしは、すっかり忘れていたのだ。


 世がまさに、熾烈を極めた恋愛戦争時代だということを――


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