エピローグ






「母様!母様!」




 銀髪と黒髪の少年達が、小高い丘の上にいる母親のもとへ駆け寄る。グレンとジェシカの双子の子どもたちだ。


 長い冬と短い春が過ぎ、爽やかな風が吹く初夏の丘陵地に楽しげな声が響く。




「ロビン、アレン、どうしたの?」




 ジェシカは木陰で優しく応じる。もうすっかり母親の顔だ。


 その横の籠には1年前に産まれた娘のエルンが眠っていた。


 双子も5歳になり、腕白盛りで毎日争い合っては生傷が絶えない。


 喧嘩も絶えないが、すぐにまた仲良くじゃれ合っている。


 双子は、競うようにジェシカに抱きついてきた。




「母様、見て!カブトムシ捕まえた!」




 黒髪のロビンが得意気に報告する。




「母様!僕が最初に見つけたんだよ!」


 


 銀髪のアレンが興奮気味に言った。


 二人とも無邪気で可愛い盛りだ。


 ロビンの合わせた手から黒光りした立派なカブトムシが顔を出した。




「かっこいいカブトムシだね。ふたりとも、凄いね」




 ジェシカは二人の頭をグリグリ撫でた。


 双子はそのままジェシカの両膝に、それぞれ頭を預ける。二人で交互に小さな腕にカブトムシをつかまらせて、キラキラした目で見上げている。


 カブトムシはアレンの指先までよじ登ると、羽根を広げ、ブブブッと飛び去ってしまった。




「わぁ!」




 飛ぶなんて思わなかったのだろう。ロビンは歓声をあげ、アレンは悲しげに呟いた。




「カブトムシ……」




 ジェシカは半べそをかいているアレンの頭を優しく撫ぜる。




「生き物は自然のなかで生きるのが一番だよ。遊んでもらって、良かったね」




「うん……」




 ジェシカの言葉に、アレンは半べそでうなづく。




「そだな!飛ぶなんて思わなかった!カッケーな!また探そうぜ!」




 ロビンはカラカラと笑った。


 二人は、性格も見た目も全然違う、二卵性の双子だった。




 アレンはグレンにそっくりで、ロビンは不思議とどちらにもあまり似ていない。二人とも、目の色だけがジェシカと同じペリドットのようなオリーブがかったグリーンだった。


 ロビンは……ブレイグの王弟の面影がある気がして、ジェシカは困惑した。


 そのことを一度グレンの前でうっかりと呟いたとき、グレンは少し考えこんだあと、




「僕の母はブレイグ出身だったから、そのせいかもね。母も黒髪だったよ」




と、言った。そのあとに




「それともあいつが、生まれ変わったのかな……」




と、ぽつりと呟いた。


 それは、ブレイグの王弟をその手で葬ったグレンにとっての救いのような気がした。


 双子を見るグレンの目は限りなく優しく、遠い昔に思いを馳せているようだった。






 双子を身籠ったのはおそらくブレイグだ。


 あの王城か、狩人の小屋か。


 けれど、ジェシカはふと、思うことがある。


 グレンは何故、敵地である王城でジェシカを抱いたのか。その必要があったとしたら……。


 あのまどろみの中、自分は何故目隠しをされていたのか。


 王の私室の寝台でグレンと熱情を交わした気がしたのは何故か。


 どこまでも優しく自分を抱いた、あれは、本当にグレンだったのか……。


 遠い記憶は朧気で、時間が過ぎるほど曖昧になっていく。


 いつもそこまで考えて、ジェシカは思い直す。


 目隠しをされていたのは、王弟が秘密通路を通る際、機密を守るためだったのだろう。


 仮にあの狂気の王に凌辱されたとしたら、あれほど、優しく抱くことなどないだろう。


 王弟はグレンの親友だ。なおさら、考えられない。


 何より、グレンにそっくりなアレンと一緒に産まれて来たのだから、間違い無くグレンの子だ。父親違いの双子など、あり得ない。




「ひっ、ひっく、ふぇーん」




 兄たちの騒ぎに目を覚ましたのか、籠の中でエルンが泣き出した。


 双子が慌てて身を起こし、籠に駆け寄る。



「エル!泣くなよ。ロブ兄ちゃんが遊んでやるぞ!」



 ロビンはエルンのほっぺをツンツンつつく。



「エルン、どうしたの?何か怖かった?」



 アレンが小さな手に自分の手を添えると、エルンはアレンの指をぎゅうっと握った。




「あぶぅ…にぃにぃ……」




 それで安心したのか、エルンは泣き止み兄たちを見て、きゃっきゃと笑い出した。


 ジェシカは子どもたちを見て、胸がいっぱいになる。


 なんて幸せな光景だろう…。




「あ、父様だ!」




 双子たちは父親を見つけると、少し先の木に馬を繋いだグレンのもとに駆け出した。




「あのね、カブトムシ見つけてね!」




「遊んでたら、ブンって飛んでったんだぜ!カッケェかった!」




 グレンの元までたどり着くと、二人は両手に絡みついてさっきの出来事を報告する。  


 そんな様子にグレンは目を細め微笑を浮かべた。


 ジェシカはエルンを抱き上げ、グレンと子どもたちを見つめた。




 3人は手をつなぎ、ジェシカのところまでたどりつく。




 ジェシカとグレンはお互いに微笑み合う。




「重いだろう?僕に抱かせてくれないか?」




「どうぞ。エルン、父様ですよ」




 エルンはジェシカにそっくりで瞳の色はグレンと同じアメジストのような紫だった。




「とーしゃぁ!」




 エルンは父親を見つけ、満面の笑みで手を広げる。




「おー、とーさまが好きでしゅかー」




 グレンはデレデレと娘を抱き上げた。


 何年かして父様キライなんて言われた日には、きっとしょげくりかえるだろう。


 嫁に行った日には、この世の終わりのように嘆くかも知れない。


 




 双子を産んだあと、ジェシカは身体を壊してしまい、3年ほど療養の日々を送っていた。


 そんな中で、乳母はつけたものの双子はジェシカからしか乳を飲まず、乳離するまでほぼ眠れないまま過ごしたものだ。


 両方の胸で一度に授乳していたおかげで腰も痛めてしまった。


 今思い返すと大変だったなぁと懐かしく思うが、当時は、腰痛と寝不足でこのまま死んでしまうのではと思ったものだった。




 ブレイグまで双子を見に来たオニクセル侯爵は 



「お前達双子も似たようなもので、今は亡き母様も酷い有り様だった。まさかお前も双子を産むとはなぁ」 



と頷いた。


 この父親の事だ。自分は別室で高いびきだったろう。


 グレンはよほど子どもが可愛かったようで、執務の合間をぬっては、双子に会いに来ていた。


 体調がほぼ戻ってからは、また夜伽がつづき、ほどなくエルンを懐妊する。


 グレンが、よくも3年我慢したものだったが、双子が夜にぐっすり眠れるようになると、今度はグレンが眠らせてくれず、寝不足と腰痛は更に続いた。


 子どもが生まれたら、また眠れぬ日々を覚悟したが、双子に比べれば性別の違いもあるのか、エルンは穏やかで、まったく手がかからない。


 双子もあれやこれや構ってくれるので、助かっていた。


 どうやらエルンの性格は、グレンに似たようだ。


 おかげで、ようやく平穏な時間を手にできた。




 そんなこんなで、結局ワーズウェントの王都には一度も帰れていない。


 クラウディア姫は4年前に結婚し、年子の王子が二人産まれている。


 姫自身も、王子不在のなか政治能力をバリバリ発揮しているため、グレンは王位継承権を返上し、このままブレイグに落ち着こうかと考えているようだ。


 ちなみに、クラウディア姫の結婚相手はアンソニーだ。


 なんと、あの入れ替わりのときに仲を深めていたらしい。


 アンソニーは持ち前の女子力で、社交も難なくこなしているようだ。いずれクラウディアが女王として即位するときは、王配になる事だろう。


 オニクセル侯爵は、世継ぎがふたりとも王室に取られてしまっているので、アンソニーかジェシカの子どもにあとを継がせようと、画策しているらしい。




 ワーズウェントに併合されたブレイグ直轄領の建て直しは、この5年でだいぶ進んだ。


 まずは卓越した民間医療と薬草の知識が個々の村の秘伝とされていたものを、ワーズウェントの王都から医学博士を呼び寄せブレイグ旧王都に専門の研究所を作り知識を共有させた。


 これはワーズウェントの医術発展にも、大きく寄与した。いずれ、育成期間として学院を設立する動きもある。




 雪の下でないと育たない貴重な薬草も多くあり、ブレイグ直轄領の特産となった。


 薬草畑も整備し、収穫量は順調に伸びている。


 また、山間には温泉地もあったので、整備し、療養地化した。


 施設は石造りとし、床下や壁に温泉水を通した部屋は温かく、湯治には数ヶ月かかるので、雪の間療養施設で過ごすにはもってこいだった。


 ブレイグへの旅程は、戦の際に王子が使った最短ルートを街道として整備したため、他国から難病の治療のため訪れる人々も増えた。


 その収益は領民の生活を飛躍的に向上させ、越冬で死亡するものはほぼなくなった。




 実は、数々の施策は、元々ブレイグの王が提唱していたものだった。


 王子時代から細かく村々を渡り歩いていた王は、薬草や医療や温泉の価値に、早くから目をつけていたのだ。


 だが、閉鎖的な領民や、費用の捻出を渋る家臣の反対にあい、どれも頓挫したものだった。


 その資料を見るたび、親友がべた褒めしていた彼の兄は確かに叡明で、これほど貧しい国でなければ、屈指の賢君であったであろうと思った。


 グレンは功績を称えられるたび、その事を領民に説明し、彼らは自分たちの過ちを悔いたという。


 ブレイグ王を変えた暴動についても、詳細を知るにつれ、その悲惨さに心が痛んだ。


 だからといって、その後の戦火拡大については、決して許されるものではないが。




 ブレイグの王は王都にある第1王妃の墓所に、第2王妃とならんで葬られた。


 王弟の墓所は、この丘の先にある。


 グレンは今日も一人でそこへ行き、ジェシカと子どもたちはここで待っていた。


 この丘で、グレンはかつての友と剣を交え、友を葬った。グレンの頬には、その時の傷が今も残る。




「おかえりなさい」




 そう言って、ジェシカはいつものようにその傷に、そっと唇を押し付ける。


 するとグレンは泣きそうに微笑み、ジェシカの頬に口づけを返した。




「ただいま」




 仲のいい両親に、子ども達が自分にもと騒ぎ出し、ジェシカとグレンは双子の頬にそれぞれ口づけをし、最後に、娘の頬に両側から口づけした。






 さらに5年の後、ブレイグは大公領として自治権を獲得した。


 臣籍に退いたグレンは大公位を賜り初代の大公となった。




 その後、長男であるロビンが後を継ぎ、次男アレンが宰相として共に大公領の繁栄を導いた。


 エルンは医療の発展に尽力し、近代医学の祖と言われるまでになる。




 戦乱の世を平和に導いたワーズウェントの王子の偉業は、後の世まで長く語り継がれた。





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