第16話 自警団
王子が捕らえられた。
ジェシカはその報を聞き、目の前が真っ暗になった。
いや、倒れている場合ではない。
王子は単身で人里に出たのだ。
しかも自分が気がつかないうちに…。自覚がまるでない。
この事が随行の軍務監察官に知れれば、今回の出兵も差し止めになりかねない…。もっとも、ジェシカの気持ちとしてはそのほうがいい気もするが…。
ともかく身元が知れていない事を祈るばかりだ。
「それで、王子が捕らえられた場所は?」
「町外れにある自警団の集会所です。正規の軍人はいないようですが…」
見回り中、喧騒が聞こえてきたため木々の間から様子を伺うと、なんと王子が複数の男と殴り合いをして、気絶した。その一部始終をみていた兵士はジェシカに報告を続けた。
とにかく時間がない。
朝までに王子が戻らなければ軍務監察官に知れてしまう。
ジェシカは兵士に固く口止めをしたうえで下がらせ、王子付きの側近のセインと幹部将校のデイビッドを呼び出した。
彼らは若いが腕がたち、機転が効くものばかりだ。口が硬く信頼がおける。
現状を告げると、二人とも似たり寄ったりの反応を示した。
「あの王子、こんな無茶するヤツだったか?信じらんねぇ…」
デイビッドが唸った。
「しかも自警団の兵と言い争って殴りあいをしていたようなんだ」
「はぁ!?」
ジェシカが補足すると一同唖然として、しばらく沈黙がつづいた。
「おいジェス」
「…アンソニーだ」
「この面子なら良いだろ?だいたいアニーはそんなしゃべりかたしねぇ。ややこしいんだよおまえら。ついて来るならジェスとして来いよ」
デイビッドはイライラと声を荒らげてジェシカを睨んだ。
「それができれば苦労しないよ」
ジェシカはため息をつき、受け流す。
「まぁいい。それで?捕まったのは殴りあいをしたからか?王子だから捕まった訳じゃないんだな?」
「理由まではわからないけど、身元は知られてないと思うよ。でなきゃ集会所なんかじゃなく、隣町にあるブレイグ兵の駐屯地へ連れて行くだろうから」
「そうだろうな」
「王子はどうしてお一人で出かけたんでしょうね。慎重な方だと思ってたんですが」
一番年若いセインがジェシカに聞いた。
「いや、今回の出兵にしてもそうだけど、意外と大胆な事する人だよ。ただ、殴りあいっていうのがピンとこなくてね」
ジェシカはセインに諭すように説明した。
「明日の朝までに連れ戻さないと大事だな…。だが、どうする?」
「兵士を使ってここで騒ぎを起こすわけにも行きませんしね…」
デイビッドもセインも万事休すと、腕を組み唸る。
「僕が、身内として引き取りに行くよ…」
ジェシカがボソッと呟いた、
「ええ!?」
「おいおい、おまえまで捕まったらどうするんだよ!」
セインとデイビッドは目を剥いてジェシカを見た。
「その時は撤退しかないだろう。どのみち、要の王子がいない状況で進軍は無理だ。僕は王子を守るのが最大の目的でついてきたのだから…」
「でもなぁ、身内って…」
「嘘じゃない」
「まあ…お妃さまですもんね…」
「自警団の集会所に、ねぇ。別の意味で危ないだろ?何をされるかわからないぞ」
「大丈夫さ。自分の身ぐらい守れるから」
「そんなだから王子に落とされたんだろ?懲りてないな…」
デイビッドは小声で呟くと深くため息をついた。
「あの…夫がここに連れて行かれたと聞いたのですが…」
渋るデイビッドやセインを説き伏せ、ジェシカは単身で自警団に訪れた。
女性物の服を着てマントを羽織り、スカーフをかぶってごく薄い化粧もした。
自警団の入口にたむろしていた団員らしき男たちは昼間から酔っているようだ。ジェシカを見ると、男たちはニヤニヤと近づいて来て囲まれる。何人かは頬が腫れている。
「あんたが、あの銀髪の野郎のかみさんか?」
「はい。あの…夫はどこですか?」
ジェシカは不快な気持ちを抑え、しおらしく尋ねる。
「あいつは俺たちにケンカを吹っかけてきて、けが人も出てる。しばらくお縄だな」
「そんな…申し訳ありません。よく言い聞かせますから、どうか許していただけませんか?これは少ないですが…」
ジェシカは銅貨が入った小袋を差し出した。それを見て男たちは顔を見合わせ、袋を受け取る。
「しょうがねぇなぁ。今回だけだぞ?」
男は顎をしゃくると、自警団の建物の横にある小屋に入るよう促した。
「ここに、夫が?」
薄暗い小屋の中をのぞくと、人の気配はどこにもなく、ただの物置小屋のようだった。
「どこに夫が…、っ!」
振り返った瞬間、男の一人に口を塞がれ、羽交い締めにされる。
とっさにジェシカは足を後ろに蹴り上げた。
「いてえええ!」
男は急所をけられ、もんどりうった。
ジェシカは拘束が解かれた瞬間、小屋の隅のほうきをもち、他の男たちと対峙する。
残り5人…。スカートの中にはナイフも隠しているので全員倒すことは恐らく可能だが、そうするともう穏便に王子を助け出すことはできないだろう。
出口は男たちに塞がれている。
「おいおい、夫婦そろってやってくれるなぁ」
「いきなり羽交い締めするほうがおかしいでしょう!」
「なぁに。旦那のやらかした事は、ちゃんと責任持ってくれないとなぁ。ちょっと俺たちと仲良くしてくれれば、旦那を解放してやるよ」
ジリジリと男たちが寄ってくる。
こんな奴らの言う事など、到底信じられない。
どうしたものかと悩んでいたが……。
「てめぇ!よくもやってくれたな!」
先ほど蹴り上げた男が横からジェシカに体当たりしてきた。
ジェシカはその場に倒れてしまう。
他の男たちも一斉に襲いかかってきた。
両手両足を押さえつけられ、さすがに反撃できない。
「しっかりお仕置きしてやらねぇとなぁ?」
男の一人が馬乗りになり、ジェシカのマントをはぎ取り、シャツの首元を左右に引っ張る。あらわになった胸元に舌を這わせ吸い付いてきた。
その感触に不快感と恐怖が襲いかかる。
「や……!!離して!!誰か!!」
ジェシカが叫んだ所に……。
「お前らぁ!!何やってる!!」
入口の方から怒声が響きわたる。
「だ、団長!!」
男たちは一斉にジェシカから離れる。
入口には黒髪の男が立っていた。
「いや、これはその…昼間の野郎の嫁さんが旦那を返せって暴れるもんで…」
「で、男が5人がかりで押さえ込んでると?」
団長と呼ばれた男はあきれたように呟き、目を半眼にして男たちを見やる。
低く冷たい声に、男たちの顔色が一気に青ざめる。
「嘘です!ここに夫がいるって言うからついてきたんです!!」
ジェシカは胸元を押さえ、訴える。
「まぁ、ここは牢じゃねえな。それになんだお前ら、もうすぐ交代の時間なのに呑んでやがるな。酒クセェ。お仕置きがいるのはお前らだよなぁ」
団長が指をポキポキ鳴らしながらニヤリと笑う。
「だ、団長ぉ…勘弁してくれよぉ…」
男たちは怯えている。団長がよほど怖いのか、先ほどの威勢が嘘のようだ。
「仕事前は支障が出るからな。お仕置きはあとからみっちりしてやる。覚悟しとけよ。ほら、持ち場へ行け!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように、小屋の外へ出ていった。
「大丈夫か?あいつらはうちの団員の中でも特にタチが悪くてな。俺が責任持って、きっちり締めておくから」
団長はジェシカを立ち上がらせると、マントのホコリを払い、ジェシカにかぶせてくれた。
「ありがとう、ございます…」
ホッとしてボロリと涙がこぼれる。
「あぁ、怖かったな。ほんとにごめんな。ケガは無いか?」
団長は安心させるように、ジェシカの頭をポンポンとたたいた。
「かすり傷と軽い打ち身くらいです。助けていただいて、ありがとうございました…。あの…あなたは…」
「俺は…ロブだ。まぁ見てのとおり、ここで自警団の団長やってる」
「私は、ジェシカです」
ロブが助けてくれなかったらどうなっていたか…。先程のことを思い出し、身ぶるいした。本当に危なかった。
「ここに、夫が捕まっていると聞いてきたんです。ケンカが原因と聞きましたが、二度とこんなことさせませんので、許していただけませんか?」
ジェシカはロブに改めて願い出た。団長なら、釈放の権限もあるだろう。
「あー、そうだな。なんせ、事情をきいてもダンマリなんで、ほんとは一晩反省してもらおうと思ったんだ。けど、嫁さんに酷いことしたし、帰してもいいよ」
ロブは快く応じてくれた。強硬手段を取らずにすみ、心底ホッとした。
「ありがとうございます!それでその…先程の事は、夫には黙ってて欲しいんですが…」
「いいのか?」
「迎えに来たこと事体怒りそうなのに、そんな目にあったとわかったら…考えただけでも怖いです…」
強制送還されかねない。
「そりゃ怒るだろうなぁ。嫁さんがそんな目にあったら。まぁ、また騒動おこされても困るし、嫁さんがいいなら黙っとくよ」
「ありがとうございます!!」
「愛されてるな。いい嫁さんがいて、幸せもんだよ」
ジェシカは赤くなりうつむいた。
「そんなに、いい妻じゃ無いんですが…」
「心配してくれる家族がいるってだけで、恵まれてるよ」
ロブは優しい顔でジェシカを眺めた。
いい人だ……。
ジェシカは自警団の一室に通され待つように指示された。
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