第9話 雨

※この話には濃密な描写が含まれます


 雨が強くなり、何とか町の装身具屋まで戻ってきた。着替えなら元の服がある。


 問題は、今すぐ城に向かってもずぶ濡れになる事だった。今でさえ身体がかなり冷えている。城までは一時間ほど。


 この時期の雨ならば、数時間待てばやむだろうし、夕方までには帰れるだろう。


 店員に元の服に着替えてしばらく雨宿りと、何か温かいものをもらえないか頼んだところ、別棟の宿の一室に通された。


 部屋は寝台が二つとテーブル、暖炉の前に長椅子があり、なかなか立派な部屋だった。


 温かいミルクも出してもらえた。


 ところが元着ていた服はというと、なんとお針子が型紙を取らせて欲しいと持ち出してしまったのだと、気まずそうに店主が説明した。


 ひとまずタオルと毛布を渡される。部屋は自由に使っててもらってかまわないとのことだった。


 ミルクを飲んで少しマシになったものの、早く濡れた衣服を脱いで冷えた身体を暖炉で暖めたい。だが、さすがに王子の目の前ではためらわれた。


 すると、王子は部屋から出ていこうとした。




「え?どこにいかれるんです!?」




 慌ててジェシカが声をかける。




「着替えにくいんだろ?しばらく出てるから早く着替えなよ」




「そんな…。王子が先に着替えてください。私が出てますから」




「さすがに女の子に寒い思いさせるなんてできないよ。いいから早く」




 そういいながら、王子はさっさと出ていってしまった。


 仕方なくジェシカは急いで濡れた衣服を脱ぎはじめた。が、濡れているのと着なれない服ということもあり、なかなか脱げない。


 特に後ろで結わえた紐がなかなか解けない。




「もう!早くしないと王子が風邪引いちゃうじゃないか!」




 いらいらと口に出すと、外で待っていた王子から声がかかった。




「どうしたの?」




「すみません、慣れない服でうまく脱げなくて…。やっぱり王子が先に着替えてください」




 申し訳なく、ジェシカが返答する。このままじゃいつまでかかるかわからない。




「手伝おうか?入っていい?」




「え、や、でもっ」




「そのままじゃジェシカが風邪引くよ?入るよ」




 そういうと王子は部屋に入ってきた。


 まさか着替えを手伝ってもらうことになるとは。




「すみません…。背中の紐が解けなくて…。」




「うん、ちょっとまって…。」




 王子はジェシカの後ろにまわり、服の紐に手をかけた。ジェシカが無理に引っ張って固結びになってしまったようだ。


 やはり濡れて解けにくいらしく苦労していた。


 この間の沈黙がなんとも居心地が悪く、ジェシカは下を向いてうつ向いていた。


 王子の息づかいが耳元にかかったり、紐を解こうとする手が何度も身体に当たり、その度にぴくんとかすかに身じろぎをしてしまう。それが王子に伝わらないか気が気でなかった。


 しばらくすると衣服が緩んだ。




「あ、ありがとうございま、す…!?」




 ぽたっ。


 ほっとしたのもつかの間、そのまま床に濡れて重くなった服が落ちる…。濡れて透けたシャツに両足がそのまま出ている状態になった。




「わわわっ」




 ジェシカは慌ててしゃがみこもうとするが、王子が後ろから抱きすくめてきた。




「え、お、王子?」




「今日はさすがに我慢しようと思ってたんだけどなぁ…ごめん、やっぱり無理。これは刺激が強すぎ」




 そういうと、耳の後ろに唇を押し当てた。




「…っ!あ…っ、だめです、風邪引いちゃいます!」




 慌てたジェシカは、若干ずれた返答をした。




「くっついて暖まろう?」




 王子はいたずらっぽく笑いながらジェシカのシャツのボタンもすべて外し、シャツや下着を床に落とす。


 そしてジェシカをタオルでくるみ、暖炉の前の長椅子に座らせた。


 王子は入口に鍵をかけ、ジェシカの目を気にするそぶりもなくさっさと服を脱ぎだした。銀色の髪からぽたぽたと水滴が滴り落ちる。


 妙な色気に直視できず、真っ赤になってジェシカは視線を反らした。


 王子はタオルで髪を拭きながらジェシカの横に腰かけると、毛布を広げジェシカを横抱きに抱き抱えるように膝の上にのせ、一緒にくるまった。


 ジェシカがくるまっていたタオルははぎとられ、素肌同士が直に触れる。


 ジェシカは両手で顔を覆い悲鳴をあげた。




「うわぁあ!こんなの無理です!恥ずかしい!!」




 王子はジェシカの手首を掴み、顔からひき離す。そして指先に唇を寄せ、にっこりと笑って言った。




「慣れて。僕はもっと、もっとこうしていたい。」




 絶対無理…。


 ジェシカは瞬時にそう思ったが、有無を言わせない破壊力抜群の王子の笑みに、絶句するしかなかった。




 お互いの身体はかなり冷えていたが、ジェシカは触れあった肌に熱を帯びるのを感じ、鼓動が速まった。


 王子はジェシカの額の雫を払うと、ゆっくりと口づけをした。


 柔らかい感触にジェシカは身を固くした。


 あの日以来だ。あれから何度も何度も思い出した唇が今また触れている。


 再び現実として。


 軽率だったと思っていたはずなのに、何故だか拒むことができない。


 長く甘い口づけが続く。


 王子の身体もだんだんと熱を帯びて来て温かくなってきた。


 王子は唇を離すと、今度は首筋に吸い付いてきた。




「ん…。」




 ジェシカはぞくりと感じてしまい、甘い吐息をもらす。そして絞り出すように王子に訴えた。




「王子…。もし誰かがきたら…。」




「大丈夫。少し休むから呼ぶまで来ないようにさっき伝えたから。安心していいよ。でも…。」




 王子はジェシカの唇に人差し指を当て微笑む。




「あまり、大きな声は出さないようにしないとね?」




「!!!」




 声をあげさせているのは王子なのに、悪びれもしない様子にあきれてしまった。




「だったら…!」




「だめ、我慢できない」




 そう言うと、王子はまたジェシカを抱きすくめる。


 背中に回った手はまだひんやりしていたが、ぴったりとくっついた胸は温かかった。


 人肌の感触が温かく心地よい。




「僕が、今までどれだけ我慢してたか、知ってる?」




 ジェシカの首筋に、軽く甘噛みしながら王子はつぶやく。




「本当はいつだってこうして僕のものにしてしまいたかった。」




 耳元で囁かれる甘い言葉。




「一度抱いてしまってからは、尚更抑えがきかなかったよ。何度もあの夜を思い返した。君は…」




 つーっと指が背中を上から下になぞり、ジェシカはびくりとのけぞった。




「君は、どうだったの?」




 さらに首筋や耳たぶを、唇がなぞる。




「っ…!」




 ジェシカは声を出さないように必死で耐えた。




「私も、思い返して、いました…。」




 何をしてても頭に浮かんでしまい、振り払うように仕事に打ちこんだ。


 でも、もう一度肌を重ねるのは怖かった。自分の知らない感覚が次々と押し寄せて来て、どうしていいからわからなかったから。


 毛布の下でモゾモゾと王子の手が動く。


 その度にジェシカは、王子の膝の上で身を縮めた。




「や…!お願いです。やめてください。これ以上は…!」 




 堪えきれなくなりジェシカが訴えた。


 夢中で手をはわせていた王子はジェシカを見つめた。




「そんなに、嫌?」




 前に嫌なときはやめる言っていたからか、王子は上目遣いに聞いてくる。少し悲しげだ。


 この聞き方はずるい。これでは嫌だなんて言えるわけがない。 




「だって…。これ以上は声が、押さえられません…。」




 嫌とは言えず、言い訳のようにジェシカは言う。




「そんなに一言も漏らさないようにしなくても」




 くっくっと笑いながら王子は唇を重ねてきた。










 ジェシカは疲労困憊で、今はぐったりと寝台に横たわり眠っていた。


 王子は寝台にジェシカを残して呼び鈴を鳴らした。ほどなくして店員が扉をたたいたため、扉越しに服が戻ってきたかを確認する。


 服はあれからすぐ戻ってきたとの事で、すでに持参していたため、扉を開け受け取った。


 王子が腰にタオルを巻いたままの姿だったため、店員の娘は顔を真っ赤にしていた。




「チェストに部屋着があると説明したじゃないですか!」




「ははは、二人とも使わなかったんだ。」




 悪びれもせず王子は答えた。


 色々想像したのか、店員の娘は更に顔を真っ赤にして足早に去っていった。




「さてと、楽しい休暇は終わりだな」




 王子は残念そうにつぶやくと、体を拭き、服を着た。


 窓の外を見ると、雨は小ぶりになり空も明るくなっていた。もうすぐやむだろう。 


 日が暮れるまでに城へ戻るにはあと1時間ぐらいで出発しなくてはならない。




 城に戻ればジェシカはまた自分を避けるようになると思うと帰るのが非常に億劫になる。自分をただ慕っていてくれたときより遠く感じてもどかしかった。




 ジェシカの警戒を解くためにしばらくは触れる控えようと思っていたが、濡れた髪が貼りついた首筋や濡れて透けた肌を見ていたらとても我慢できなくなった。


 柔らかくあたたかい心地よさは蕩けるようで、いつまでもそこにいたくなった。


 思い出しただけでまたこみ上げる衝動を、何とか堪える。




「重症だなぁ」




 こんな事で城に戻って耐えられるだろうか?


 毎日のように通ってしまうかもしれない。


 流石にそれはまずいだろうが。


 やはり、順序は踏みたい。すでに色々飛ばしていて今更だが。


 もちろん、すでに身籠っていたら話は別だ。


 だが、子どもはいつか欲しいとは思っているが、もう少し二人きりを楽しみたい。


 対策を講じなければ…。


 悶々と考えていると、ジェシカが目を覚ましたらしく、寝台でゴソゴソ動く気配を感じた。


 グレンは、先ほど戻ってきたジェシカの服をベッドの枕元に置く。




「起きた?僕は外に出てるから着替えたら呼んで」






 グレンとジェシカは馬にまたがり街を後にした。ルーフェとシルビィもしっかり休めたようで、軽やかに手綱に応えてくれる。


 雨上がりの雲に夕日が差してきている。少し重たげなグレーに鮮やかなオレンジが不思議な彩りを添え美しい。




「今日は、楽しかったね」




 嬉しそうに笑うグレンにジェシカは、もうこの笑顔を手放したくないと思った。




「はい…」




 ジェシカは色々な意味を込めて、返事をした。




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