中嶋外伝② 厄介事

 2016年 5月 東京 幡ヶ谷駐屯地 

 昼食の後...



(まだ午後の仕事が残っているんだ。金井のために食堂でのんびりしているわけにもいかない。)


 食堂から出た僕は、仕事に戻るためにいつもの仕事部屋へ向かって歩きだした。しかし、暫くすると金井に追いつかれてしまった。どうやら金井は僕の仕事部屋まで付いてくるつもりらしい。


 仕方がなく僕は彼と二人で歩みを進めていた訳だが、

 ....どうやら今日の僕は余程ツイていないらしい。


 僕と金井は、仕事部屋の近くで隊員同士が揉めている所に出くわしてしまった。


(今日はやけに疲れる日だな...)


 いくら面倒くさくても、目の前でトラブルが起きているのなら止めなくてはいけない。それくらいの事ができずして、この国を守る責務が務まるわけがない。


 目の前のをよく見ると、20代後半くらいの隊員2人が、2人のとても若い隊員相手に口論していた。

 年長者が後輩に向かって説教するのならよくあることだが、どうも様子が違うらしい。


 話を聞いていると、「いいから謝れ!」だの、「そっちが先に突っかかってきた!」だの、押し問答が延々と続いていた。しかし、その口論も年上の隊員二人相手に若い男性隊員が一人でぶつかっているだけで、もう一人居た若い女性隊員は、委縮したように黙って俯いているだけであった。


 みっともない。国を守ろうという人間が仲間内で言い争いとは、とても見せられたものでは無い。

 見兼ねた僕は、大きなため息とともに仲裁に入った。


「おい、やめないか。なにがあったのか知らないが、そんな怒号を浴びせる程相手は大人ではないし、お前らは幼くないだろう。」


 僕は二組の間に割って入るように歩み入り、先に20代後半の隊員達の方を静止させようとした。

 ...しかし、年上の方から説得すればスムーズに事が運ぶと思っていた僕の考えは、どうやら不正解だったらしい。僕に注意された男性隊員の片方が、苛立ったようにこちらに近づいてきた。


「...あ?誰だてめぇ、急に出てきて説教かよ。」


 逆上してしまったその隊員は、興奮した状態のまま怒りの矛先をこちらに向けてきた。

 ...しかし、その場にいた他の隊員達は、一斉に動きを止めた。三人とも顔を見て、僕が何者か分かったらしい。


「ば、馬鹿!この男、『中嶋勇』だ!一旦ずらかるぞ...!」


「は?え、中嶋勇ってあの!?ま、まじかよ...!」


 喧嘩腰だった二人の隊員は、そのまま足早に廊下の奥へと消えていってしまった。


(ふぅ。最近入隊した人間は本当にクオリティが低いな。まったく、それほど深刻な人材不足なのか?)


 ひとまず、事情でも聴いておこうと思い、僕は残された若い隊員2人に声をかける。


「災難だったな。あの2人の名前は制服の刺繍から確認した。...何があったのか聞かせてくれないか?」


 男性の隊員がこちらを見て、なにやら言いにくそうに口ごもる。それにしても、この2人は本当に若いな。

 しばらくして、意を決したような表情をした男性隊員が、口を開いてくれた。


「えっと、まずありがとう....ございます。....けど、本当にオレ達はただ歩いていただけなんだ!アイツらが黒江くろえを見るなり近づいてきて、強引にナンパみたいなことし始めて!だからアイツらを突き飛ばしたのも、ぜんぶ正当防衛なんだ!」


『黒江』。話の流れから推測するに、彼の隣にいる気弱そうな女性隊員のことだろう。今、状況を説明してくれた少年の胸ポケットには『本多』と刺繍がされていた。


 .....本多君は、その小柄な体には見合わないほどの闘志で、先程も大の大人2人相手に怯まず応戦していたし、彼女のことを守ろうとするその気概は賞賛に値するものだった。

 しかし、状況が状況とは言え、手を出してしまったというのなら大人として注意をしておく義務がある。


「本多君、状況は理解した。しかし、いかなる状況でも、これから先背中を預ける仲間に手を挙げてはいけない。今のようなときは近くの上官や隊員に声をかけ__」


「あ、えっと突き飛ばしたのはオレじゃなくて、黒江なんだけど...」


 僕の話を、本多君が遮った。彼が視線を向けたのは、帽子を深々と被ったまま、先程から一言も発しない彼女だった。


(この子が、突き飛ばした...?)


 ...しかし、正直な所、彼女に成人男性を突き飛ばせるような力があるとは思えない。


「おや、そうだったのか?えー、...クロエ君?」


 僕が名前を呼ぶと、彼女はビクリと体を震わせ、縮こまってしまった。

 しかし、意を決したように口をへの字に曲げると、長い前髪の隙間から目を覗かせて、口を開いた。


「....ご!! .......ごめんなさいぃ~、急に男の人に近づかれてぇ、焦っちゃってぇ~、うえぇぇ」


(な、泣いた!?)


 彼女は口を開くなり突然泣きじゃくり、その大きい瞳に涙の輝きを反射させながら謝罪を繰り返した。


「あ、あぁ、大丈夫だから。一旦落ち着こう、な?」


(なんだこの子、急に泣き出して、まるで僕が詰め寄っているようじゃないか...)


 僕はこの状況を何とか打破するために、頭を回転させた。解決策を講じる僕の脳内に、食堂からずっと一緒に行動をしていた男の存在がよぎる。


 僕は横で退屈そうに欠伸をしていた金井を呼び、彼の耳元で訴えた。


「おい金井...!さっきから見物していないで....この子を励ますのを手伝ってくれ!」


「しょーがないなぁ。まぁ、女の子を静かにさせる方法なら知っているケド。」


 金井は調子に乗った口調で囁き、未だ嗚咽を漏らして泣きじゃくる黒江君の方に向かった。


「ひっく、ひっく、うぅ....ごべんなさいぃ...」


 金井が黒江君の目の前まで歩み寄る。黒江君も近くに誰か来たことに気づき、上目で金井の顔を見た。


 すると金井は俯いていた彼女の顎をクイっと持ち上げ、その瞳を見ながら耳元で囁いた。


「.......Hey,girl.君の美しい涙を鏡替わりに、前髪を"set"するのもいいんだけど、そろそろ"dry"をしないと髪が傷んじゃうんだ。だから笑ってくれないか?君のそのSunのような笑顔でね!」


 キラーンッ


 金井は言い終わると同時に、決めポーズのようにウィンクをして見せた。


「・・・・・・・・・・・」


 片眼を閉じて彼女の顎を持ち上げている金井。

 その突発的かつ愕然とした行為に絶句する僕と本多君。

 その空間に、数秒とも、数時間ともとれる沈黙が走った。


(あぁそうだった。金井は、女性を泣かせる方の男だった。)


「ひぃっ!!」


 黒江君は驚きと恐怖に歪んだ表情を見せ、何やら右手を前に突き出した。

 その右手に気づいた金井は不思議そうに首を傾げたが、笑顔は崩さない。


 流石クズ男代表だ。


「....この手をミーが取って_ブフォアッッ!!!!」


 突き出された彼女の右手を金井が握ろうとした、まさにその時...!

 突然!!金井の体が勢いよく後ろに倒れた!


 金井は軽トラに撥ねられたサルのように両手を上にあげてK.O.されてしまったのだ。彼は鼻血が噴き出ている顔面を押さえ、声も発せないのか地面をのたうち回っている。


(...なるほど。今の出来事、そしてずっと疑問に感じていた、彼らのまだ中学生にも高校生にも見えるような年齢。ここから推測するに、彼らの正体は...)


 僕は二人の顔を交互に見て、尋ねる。


「...君たちは、掌光病枠か。」


 僕の問いかけにハッとしたように黒江君が反応する。

 しかし、この問いに先に答えてくれたのは、本多君だった。


「あぁ...俺たちは中嶋さんと同じ、『掌光病罹患者』だ。」




続く

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