第9話 それは男の夢
2017年 7月
源の家にて...
「なぁ、掌光病罹患者って、16歳で強制従軍じゃん?お前も入るつもりなの?」
「つもりも何も、強制なんだから入隊するしかないだろ。...まぁ、それまで戦争が続いていたらの話だけどな。」
そう、数年前の法改正で16歳以上の掌光病患者は、原則強制入隊という事になった。
このふざけた決定には当初多くの反対意見が飛び交っていたが、この日本という国の腐った統治により、いつの間にかこの法に対する反対の声は聞かれなくなった。
所詮、どこまで行っても掌光病罹患者は圧倒的なマイノリティだ。
掌光病罹患者を庇うメリットよりも、今は大人しく国に従っている方が得策だと皆気づいたのだろう。
「戦争が続いてたらねぇ。けど確かに、今んとこ日本が一方的に海外で戦ってるだけだもんな。テレビもずっと日本が優勢って言ってるし、もうそろそろ勝っちまうんじゃねぇの?」
優人はお気楽そうにテレビを眺めながら口を開く。
「今のこの国のマスコミはあんまり鵜呑みにしない方がいいぞ。実際が劣勢だろうが、国民の士気を下げない為なら平気で噓をつくだろうしな。」
実際、程度は分からないが確実に偏向報道はされている。
俺の警告を聞いた優人は気持ち悪くにやけ、俺の顔を振り返って質問をする。
「じゃあ源は、こっから日本が攻められてボコボコにされるとお思いで?」
「そーゆーことを言ってる訳じゃねぇけど。」
俺は無責任に話を終わらせると、麦茶を飲み干す。
俺が16になる頃には戦争は終わっていてほしい。それが勝利なら更に良いが、終結するのなら負けてもいいとすら思っている。
これは自分が戦争に行きたくないから、なんて理由ではない。
絶対に、戦場なんて場所に行ってほしくない人がいるからだ。
(...あれ?そういえば確か優人のお姉さんって...)
「っていうか、優人のお姉さん、今16歳じゃなかったっけ?掌光病罹患者なんだろ?まさかもう軍に行ったのか?」
俺は思い出したように優人に質問する。
優人はテレビを眺めたままゆっくりと答えた。
「あぁ、こないだ行ったよ。家に招集の通知が来た。」
正直、この質問は失敗だったかもしれない。
優人は俺の前で落ち込んだ訳では無いが、やはり身内が戦争に行くとなると気が気ではないだろう。珍しく優人から元気がなくなって見えた。
一旦話を変えよう。
「...よし!世間話はこんなもんでいいな。次はお前の番だ。さっさとモノを出せ!」
「しゃあねぇなァ。」
優人はさっきまでの低いテンションから、いつの間にかいつも通りのテンションに戻っていた。
めんどくさそうに優人は自分の鞄を漁りだす。
(ふぅ...)
ついに本日の目標とご対面だ。張り詰める緊張感に思わず息をのむ。
「ほれ、これだ。」
「す、すげぇ....!これこそがモノホンの...!」
優人が手に持つ物は、俺の夢であり、全男子の希望。
それは、神々しくも安っぽくも感じるピンク色の光を反射させた雑誌。
俺は、表紙に映った肌色が多い女性と目が合う。
「こ、これが!!本物の!!エロ本!!!」
ゴクリっ...
「まぁこの間遅刻しそうになった時、お前の掌光病に助けられたしな。これで貸し借りなしだ。....けど、こんなの自分で買えるだろ。」
「......俺はお前みたいな悪知恵を持ち合わせてねぇから店で買うのは無理。ってか自分の生活に手一杯でそんな所まで手を出してる余裕がねぇよ。」
俺はとりあえず表紙をめくろうと指をかける。
優人は自分で持って来たくせに、まるで知識欲に負けた研究者のように、超真剣に覗き込んできた。
「よし...!行くぞ...!!」
自分の心臓がドクンドクンと高鳴っているのを感じる。ここから先は18歳未満立ち入り禁止の、めくるめく大人の世界が広がっているのだ...!!
「コンコンッ!!」
その時、玄関のドアからけたたましい音が鳴り響いた。
「!?...こんな時に誰だよ」
俺はまだ2ページ目の、女優のつま先しか見えていないというのに、なんてタイミングの悪い来客なのだろうか。
俺は仕方なく、溜息をついて立ち上がる。
「おいおーい。いい所じゃねぇか。あんなの無視して早く続きを見ようぜ。」
優人は待てを食らった飼い犬のように、本能を必死に理性でセーブしているみっともない顔を俺に見せた。
「そんな訳にもいかねぇだろ。どうせノック2回がトイレってことも知らないようなヤツだよ。適当にあしらうから。」
ノック二回はトイレの確認。そんな常識、今時小学生でも知っているというのに、この来客は相当学がないようだな。
俺はただでさえ小さいこのアパートのリビングから、人ひとりが限界の我が玄関口に進んだ。
ドアノブに手をかけて、薄いドアをゆっくりと開ける。
「はーい。新聞ならウチは___」
「来たわよ!!源!!」
「っ!?」
俺の声に被った快活な声に、思わず顔を上げる。その女性の声は、聞き覚えのありすぎる声だ。
そこに躍然と立っていた人物は......
「あ、愛日!?」
続く!
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