勇者になりたかったのに、何度転生しても村の案内人です

@komoreclair

第1話 始まりの村

プロローグ


「あ、ああ、あああ……」


俺は天井を見つめながら、意味のない声を出していた。


日曜日の午後3時。


特にやることもなく、ベッドに横たわり、思考停止状態。脳みそが完全にオフになっている。


スマートフォンを持ち上げる気力もない。


テレビをつける気力もない。


存在すること自体が面倒くさい。


そんな人生だった。


仕事?退勤後は家に帰ってこのていたらく。


友人?そもそも友人がいない。


趣味?ぼーっとすることが趣味である。


親は何度も「お前、大丈夫か」と聞いてきたが、「大丈夫です」と答えておいた。大丈夫じゃなかったが、そう言うしか選択肢がなかった。


何か面白いことが起きないかな。


何か人生が変わることが起きないかな。


そう思ったことは何度もある。


でも起きない。


毎日が同じで、退屈で、つまらなくて——


「あ、本棚が倒れる」


え。


本棚が、倒れてくる。


速度は遅い。非常にゆっくり。


「あ、ああ、あああ……」


ベッドの上にいる俺に向かって、本棚はゆっくり、ゆっくり倒れてきた。


避ける気力がなかった。


むしろ、何か面白いことが起きるなあ、と思いながら、そのまま本棚に潰された。


「ああ、あああ……」


これが、最後の声だった。


-----



目を開けた。


空が青い。雲が浮かんでいる。自分のベッドではなく、硬い地面の上にいた。


「あ?」


俺は起き上がった。


周りは……村?


木造の家が建ち並んでいる。石造りの道。遠くには門。さらに遠くには、魔法の雰囲気を放つ城。


ファンタジー世界だ。


「これ、夢?」


でも、風が頬に当たる感覚はリアルだ。


「あ、お目覚めですね」


誰かが話しかけてきた。白い服を着た女性だ。


「あ、はい」


「あなたが『案内役』ですね。村長が言ってました。今日から案内役として働く新入りが、朝方、村の広場で倒れているだろう、と」


「え?」


「では、仕事の説明をします。あなたの役割は、村にやってくる冒険者たちに、村の施設を案内すること。これです」


白い服の女性は俺に地図を渡した。村の全体図が書かれていた。


「『武器屋』『宿屋』『道具屋』『食堂』『教会』『図書館』。この6つの施設を案内します。最後に『門』で『魔王討伐へ向かう』という励ましの言葉をかけます。以上です」


「あ、ああ。了解です」


「では、本日の冒険者をお連れします」


白い服の女性が去った。


俺は呆然と立っていた。


本棚に潰されたはずなのに、ファンタジー世界にいる。


これ、転生ってやつか。


「なんか……いいな」


なぜか、嬉しかった。


面白くない人生から、全く別の世界へ。


勇者になって、魔王を倒すみたいなことができるかもしれない。


そう思ったとき——


「あ、あ、あああああ!!」


赤髪の冒険者が走ってきた。


「あ、あ、あ、あ、あ……」


もう、喋るのが面倒な状態の赤髪冒険者。


「ようこそ、始まりの村へ!」


俺は笑顔で手を振った。


不思議と、この台詞が口から自動的に出てきた。


「では、村をご案内いたします」


「え、あ、はい」赤髪の冒険者は息を整えている。「す、すみません。長旅で……」


「まず、こちらは『武器屋』です。村一番の職人・ゴンザエモンが営んでます。鉄製から魔法武器まで、なんでも揃いますよ」


俺は村の東側にある木造の店を指差した。


「あ、ちょっと待ってください」赤髪の冒険者が手を上げた。「ゴンザエモンって、伝説の武器職人ですか?」


「え、ええ。そう言う人もいますね」


「いや、だから『そう言う人もいます』じゃなくて、本当ですか?本当なんですか!?」


赤髪の冒険者が目を輝かせている。


「伝説の武器職人から武器をもらえれば、魔王だって——」


「あ、ちょっと待ってください。ゴンザエモンさんは今日、朝から村の南側で大根を育ててます」


「……え?」


「大根です。野菜。赤い大根を育成中らしいです。朝4時から」


赤髪の冒険者の顔から光が消えた。


「では次に、『宿屋』をご案内します。『ふかふかベッドの宿屋』という名前で——」


「その名前は……?」


「はい。オーナーが『ふかふかというのは至高の価値』という哲学を持ってまして。実際にベッドは本当にふかふかです」


「いや、名前が安っぽい。もう少し、こう、冒険心をそそる名前にできないんですか」


「そうですね。『冒険者の眠りの館』とかはいかがでしょうか」


「いいじゃないですか。なんでそれにしないんです?」


「多分、ふかふかにこだわりがあるんだと思います」


俺たちは歩きながら会話を続けた。赤髪の冒険者は『勇者だ』と周囲の村人に言われているらしい。何もしてないのに。


「で、その『勇者』というのは?」俺は聞いた。


「あ、これですか」赤髪の冒険者は胸を張った。「村の巫女さんが『この者が勇者である』と宣言してくれたんです。何の根拠もなく。理由を聞いても『感じる』とだけ言われました」


「……」


何か、心がざわざわした。


でも、思い出せない。何かが。


案内を続けた。『宿屋』『武器屋』『道具屋』『食堂』『教会』『図書館』。村には必要な施設が全部揃っていた。


「で、重要なのがこれです」俺は村の中央にある大きな門を指差した。「この門の先が、魔王の城への道です。この村から出発した冒険者たちは、この門をくぐり、魔王討伐へと向かいます」


「ついに……」赤髪の冒険者は門を見つめた。「俺の冒険が、ここから始まるんだ」


その瞬間、何か心の奥底でざわざわする感覚がした。


嫌だ。すごく嫌だ。


「でも、ちょっと不安なんですよね」赤髪の冒険者が言った。「何の根拠もなく勇者だと言われて。本当に魔王を倒せるのか。本当に勇者なのか」


「……」


その言葉を聞いて、俺の中で何かが引き出されようとしている感覚があった。何か、大切な言葉が。


でも、思い出せない。


「大丈夫です」俺は笑顔を作った。「あなたは、ここから、魔王を倒しに行く。それで充分です。勇者というのは、そういうもんです」


「本当ですか?」


「はい。間違いなく」


赤髪の冒険者は深呼吸をして、門へ向かった。


「では、魔王を倒してきます。村のみんなを幸せにするために」


「頑張ってください」


冒険者が門をくぐった。


その瞬間。


ふわり、と体が軽くなった。


視界が白くなる。


何か、呼んでる声がある。


遠い、遠い、懐かしい声。


「え、また……?」


-----


目を開けると、また村にいた。


でも、違う。さっきとは違う村だ。


俺は立っていた。相変わらず『案内役』として。


「ようこそ、始まりの村へ!」


また、同じ台詞を言っていた。


今度は、青い髪をした女性の冒険者に。


「ん?」女性冒険者が俺を見つめた。「何か、あなた。しょっぱい顔してますね」


「え。そ、そうですか」


「大丈夫ですか?」


「ええ。大丈夫です」


でも、大丈夫じゃなかった。


何度も、何度も、同じことを繰り返している。


そんな感覚に、ようやく気づいた。


勇者になりたかったのに。


なぜ、こんなことを——


「早く案内してください」女性冒険者が急かしてきた。


「あ、はい。わかりました」


俺は地図を手に、また案内を始めた。

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