【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。
新発田 怜
1章 学園と日常
第1話:微弱な怪異
チーズパンが、また消えた。
東京・下町の佐藤家。朝の静寂を破ったのは、弟・
「ママ! またチーズパンがない!!」
高校一年生・
身長は一五七センチ。セミロングの栗色の髪は寝ぐせで跳ね、琥珀色の丸い瞳もまだ眠たげだ。背丈は平均的で、モデルのような美人というよりは、愛嬌のあるカワイイ印象の少女である。
その頭上では、すでに目覚めていた妖精・エレナが、宙にふわりと浮かんでいた。
二七センチの翅の生えた小さな体に、透き通るような薄青のロングヘア。青い瞳を丸くしながら、白いフリル付きワンピースをひらめかせる姿は、人形のように可憐だった。
「四日連続よ」
エレナがため息をついた。
「……また始まった」
陽菜が寝ぐせだらけの頭をかき上げる。五月の朝はすでに真夏日の暑さで、カーテン越しの光が容赦なく差し込んでいた。
──この家には、見えない何かがいる。
それは三日前から始まった。
毎朝、決まってチーズパンが一つだけ、跡形もなく消えるのだ。袋は残っているのに、中身だけがきれいになくなっている。
「おはよう、陽菜。今日も見事な寝ぐせね」
「うぅ……朝からテンション高いな……相変わらず」
ベッド脇に置かれたノートパソコンは、まだスリープ状態のまま。昨夜はエレナと動画の取り合いをして、結局そのまま寝落ちしてしまったのだった。
エレナは、陽菜がまだ五歳だったころにやってきた妖精。付き合いは長くて、今ではもう、ほとんど姉妹みたいなものだ。
エレナはくすくす笑いながら、舞い降りるように陽菜の髪の上に着地した。
「今日は体育あるでしょ? ダッシュで支度しないと、またギリギリ登校になるよ」
「わかってるってばー……あれ、スカート、ポケット逆だし、逆さまじゃん!」
「そうよ。今さら気づいたの?」
「マジ……ちょ、早く教えろって」
「三回くらい言ったけど、陽菜が聞いてなかったのよ」
陽菜は大きくため息を吐くと、階段を下りてキッチンへ向かう。
悠真が不貞腐れた顔でイスに座っていた。
「俺のチーズパン……四日連続で消えてる……」
その傍らでは、母・
「おはよー」
「おはよう」
陽菜とエレナが声をそろえて挨拶する。
「おはよう、陽菜、エレナ。今日も一つだけ、きれいになくなってるのよ。私は一個しか食べてないし、お父さんは今朝も早く出たし……」
最近、父・
「エレナ姉ちゃん、犯人見つけてよ……」
その言葉に、エレナはくすっと笑った。
悠真が生まれたころ、すでに彼女は家にいた。彼がまだ赤ちゃんだった頃は、康太や結衣に頼まれておむつ替えの補助や子守の真似ごとをしていたこともある。
だから、エレナにとって悠真は弟みたいな存在だし、悠真にとっては“ちょっと小さな、でも頼れる姉ちゃん”でもあった。
陽菜はキッチンの様子をぐるりと見渡しながら、ふと思い出したように言った。
「なんか最近、変な感じするんだよね。変わったことない?」
「変わったこと?」
と、結衣が小首を傾げる。
「……ああ、そういえば。最近、朝起きるとキッチンの棚の扉がちょっと開いてるの。最初は閉め忘れかと思ってたけど、続くとちょっと変よね」
陽菜とエレナが顔を見合わせた。
「エレナ、なにか感じる?」
「……微かにだけど、何かがある。普通の人間じゃない……」
「えー、またそっち系?」
陽菜が面倒くさそうにため息をついて言うと、エレナがうなずいた。
「たぶんね。でも、まだ正体はわからないかな」
その夜、陽菜とエレナは小さな“実験”を仕掛けた。
キッチンの棚にチーズパンをひとつだけ置き、エレナが微弱な結界を張る。誰が近づくのかを確かめるために……。
だが、翌朝、なにも起きなかった。
パンはそのまま残っていて、結界も乱れていない。
「いなくなったのかな……?」
と言いながら登校した陽菜だったが、胸のどこかにざわりとした感覚が残っていた。
昼休み、校舎の裏手。
購買で買ったメロンパンをかじりながら、陽菜はスマホ片手に芝生の上に座っていた。
隣にはエレナ。誰にも邪魔されないこの場所は、ふたりだけの秘密の休憩スポットだ。
ふたりは、昨日出現したチーズパン泥棒について、スマホであれこれと調べていた。
画面をスクロールしながら、陽菜が呟く。
「んー、なかなか出てこないなー」
「普通に人には見える存在じゃないからねぇ~」
陽菜は、エレナをジト目で見つめてみた。
「その目つき~、まさかとは思うけど……妖精のせいじゃないよ~」
エレナはきっぱりと言い切って続けた。
「妖精は人間の食べ物を摂らなくても平気だし、パン袋を開ける力もないもの」
「いや、パン袋は開けられるだろ。とはいえ誰なんだろ……?」
陽菜の言葉にエレナは微笑んだ。
そんな穏やかな時間の中、遠くから聞き慣れた声が飛んできた。
「おーい、陽菜ー!」
同じクラスの
梨紗は薄桃色の瞳と、肩から腰まで流れる柔らかな亜麻色のロングヘアで、清楚な印象を与え、香澄は鮮やかな赤紫のショートヘアと、落ち着いた茶色の瞳を持つ、活発な女子だ。
陽菜も思わず反射的に手を振り返す。
(来なくていいのに。今はエレナとまったりしてたいんだけどなぁ……。)
けれど、そんな本音はもちろん口にできない。クラスで変に浮くのは避けたいし、梨紗たちとは別に仲が悪いわけでもない。
ほんの少しだけ、スマホの画面を名残惜しそうに見つめながら、陽菜は小さくため息をついた。
二人が来ると、香澄がいきなり話しかけてきた。
「ねえ、聞いた? Aコースの西田さん、大塚くんと付き合ってるんだって~」
すかさず梨紗が乗っかる。
「え、もうさ、しちゃった感じじゃない?」
陽菜はスマホをスクロールしながら、適当に相槌を打った。
「んー、どーなんだろねー。……聞いてみたら?」
「てかさ、あれって最初めっちゃ痛いらしいよ」
梨紗が妙に真剣な顔で言うと、香澄が勢いよくうなずいた。
「それ聞いた! 血出るとか、入らないとか、やばすぎでしょ!」
いわゆる女子トーク。恋バナにファッション、芸能人の話にちょっときわどい性の話題まで──このあたりは、だいたい女子トークの定番だ。
けれど、陽菜はどれも、あまり乗り気じゃない。
正直なところ、さっきまで検索していた内容がすっかり頭から抜け落ちて、ちょっとイラっとしていた。
「明日、帰りに服見に行かない? カーゴ欲しくってさ」
梨紗の言葉に、香澄がすかさず食いつく。
「パラシュートっぽいやつ?」
どうやら、話題はいつの間にかファッションに変わっていたらしい。
「陽菜も明日行こうよ」
梨紗から不意に誘われた陽菜は、スマホから目を離さず、さらっと答える。
「明日はごめん。パスで」
ぶっきらぼうにそう言った陽菜に、エレナが小さく囁いた。
「……ちゃんと、“女子トークごっこ”しないとダメだよ?」
「いいの。問題ナッシング」
陽菜が平然と答えたその瞬間、梨紗と香澄が同時にこちらを見た。
「……陽菜? どうしたの?」
香澄が不思議そうに首をかしげる。妖精であるエレナの姿は、もちろん二人には見えないし、声も届かない。
エレナが見えるのは、陽菜と彼女の家族だけ。
それは、他の誰にも知られない、ちょっと特別な秘密だった。
異変に気づいた陽菜はあわててスマホを閉じ、二人の方を向いた。
「あ、いや。なんでもないってば。あはは……」
陽菜の笑いはちょっと空回り気味で、梨紗と香澄は顔を見合わせると、無言のまま目を細めた。
そして放課後。学校から帰ってくると、家の中はしんと静まり返っていた。陽菜は靴を脱ぐとすぐにリビングを抜け、キッチンへと足を向ける。
足音をできるだけ立てずに、そろりと扉を開けた。
「……いた」
チーズパンを両手のようなもので抱えていたのは、小さな毛玉のような影。
丸い体に、つぶらな瞳がちょこんとついている。
ふわふわと空中を漂っていた。
「“ケサランパサラン”ね」
エレナが小さく呟いた。
「え、なにそれ? なんか“まっくろくろすけ”みたいで、かわいい……」
「台所のまわりを好んでうろつく、生活系の”思念帯”。簡単にいうと”想い”よ。チーズとかバターの匂いに引き寄せられて、集めちゃうの」
「じゃあ……食べられたんじゃなくて、持っていかれてたの?」
「そう。“巣”をつくるときに、記憶した模様をそっくり再現するの。だから袋だけが残ってたのね」
陽菜は目を丸くしながら、パンの袋を思い出した。
結局、ケサランパサランはエレナの力でそっと自然界に還され、残されたのは、ちょこんと置かれたチーズパンだけだった。
陽菜はそれを手に取って、ぽつりと呟く。
「……パン泥棒の正体が毛玉だったなんて、想定外ね」
「世の中には、見えないことの方が多いのよ。妖精のわたしが言うんだから、間違いないでしょ」
「……たしかに、エレナが言うと、妙に納得しちゃうんだよね」
ふたりは顔を見合わせて、くすっと笑い合った。
「で、ケサランパサランの巣は?」
「ケサランパサランがいなくなったら、消えてしまうの。存在と一緒にね」
エレナがやさしい声で言うと、陽菜は少しだけ眉をひそめた。
「……なんか、それもそれで寂しいね」
「うん。でも、ケサランパサランは悪さをするわけじゃないし。またどこかで、巣をつくるわよ」
そのとき、玄関から「ただいまー」という結衣の声が聞こえてきた。
「……やば、宿題」
陽菜が慌てて立ち上がると、エレナがふわりと肩に舞い降りて、ひと言。
「がんばって」
「はいはい、どうせやるしかないしね」
どこか醒めたようでいて、でも少しだけ照れくさそうな笑顔が、陽菜の口もとに浮かんでいた──。
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