小悪魔になりたい私と、サキュバスの幼馴染

犬甘あんず(ぽめぞーん)

プロローグ

プロローグ

 短くしたスカートに、いつもより一個多めに開けたブラウスのボタン。

 友達には背伸びした子供みたいなんて言われたけれど、伊達や酔狂でこんなことやっているわけじゃないのだ。


 そう。私は今、本気だ。

 本気で——


惠利沙えりさ!」

「あ、水葉みずはちゃん。どうしたのー? そんな怖い顔して」

「……今日の私を見て、何かご感想は?」

「んー……寒そう。大丈夫? まだ夏には早いよ?」

「……」


 本気で、望月もちづき惠利沙を誘惑しようとしていた。

 待ってほしい。いやそれ酔狂じゃない? と言われかねないことは百も承知。でもこれにはそりゃもう深いわけがあるわけでして!


 わけがあるわけでして?

 ……。


 いやいやそんな日本語についてはどうでもよくて! そう、これにはとても深いわけがあるのだ。


 私の幼馴染、望月惠利沙は人間じゃない。

 なんて言ったら、正気を疑われそうだけど。実際惠利沙は人ではなく、その……悪魔、なのだ。それも吸血鬼とか、契約相手の魂を食べてしまう恐ろしい悪魔とか、そっち方面ではなく。


「そうじゃないでしょ! もっとなんかこう、色っぽいとかえっちとか興奮するー、とかそういうのないの!?」

「水葉ちゃんの魅力はそういうところじゃないし……」

「じゃあ私の魅力って?」

「可愛いとこ。色っぽいとかそういうのはー……」


 ばさ、と音がする。

 彼女の背中には、蝙蝠みたいな羽が生えていた。ついでにお尻には、尻尾も。


 いつもながら、なんとも現実味のない光景だと思う。

 翼、尻尾。ふわふわした金色の髪が揺れて、海みたいな瞳が私を映す。惠利沙はブラウスのボタンを一個、二個と開けて、無駄に大きい胸を私に見せつけるみたいに迫ってくる。


 惠利沙は、悪魔だ。

 その中でも——サキュバス、なのである。


「私の得意分野だもん」

「……っ」


 わかっているとも。

 サキュバスに色気で張り合うのが馬鹿げているってことくらい。でもでもだってだって、ずるいって思うのだ。


 私は自分の胸に手を当てた。

 鼓動はひどく高鳴っていて、自分が色んな意味でドキドキしているんだってわかる。


 ……そう、いつもいつも私ばかりがドキドキさせられているのだ。幼い頃からずっと、ずーっと惠利沙は意識的にせよ無意識にせよ私をドキドキさせてきた。幼稚園の頃に彼女が飴を舐めているところを見て妙にドキドキしたのをよく覚えているし、小学校の頃だって——。


 挙げればほんとにキリがない。

 そんな日々の中で、いつしか私はこう思ったのだ。

 いつか絶対吠え面かかせてやるからな、と。


 ……。

 いや違う違う。こっちじゃなくて。

 惠利沙のこともドキドキさせたい、と。


 そりゃあサキュバスの惠利沙に比べたら、色気だのそういうのはないかもしれない。でも、私ばかりがドキドキさせられている今の状況は不服も不服。明らか不公平。彼女と友達になってからずっと感じてきた、十数年分のドキドキを一気に返してやろう。そう目論んでいるのだけど。


「みーずーはーちゃんっ」

「……うぇっ!?」


 彼女は私をぎゅっと抱きしめてくる。

 甘い匂いがふわりと香ってきて、柔らかさに包まれる。

 これが、幸せ……?


 待て待て、呑まれちゃダメだ。これはどう考えても罠! 私をドキドキさせて、ついでに堕落させるための罠なのだ!


「……ふふー。水葉ちゃんはちっちゃくて可愛いなぁ」


 耳元で囁くのはやめて!

 そういうのほんと、ドキドキするから!


 なんて、今までの私なら言っていたかもしれないけど。高二になって、私は覚悟を決めた。今までの弱い私とはおさらば。これからは日和ひより水葉バージョンツーになって、惠利沙を……!


「ちょぉっ……どこ触ってんの!?」

「え? 肩甲骨。私、肩甲骨フェチなんだよね」

「ニッチすぎない!?」

「えー。可愛いのにー。ちっちゃい山脈みたいで」

「えぇ……」


 どんなフェチだそれ。

 私はもっとふつーのフェチを持ってますけど。いやフェティシズムに普通もへったくれもないと思うけども!

 ああ、もう!


「惠利沙!」

「はいー?」

「これで勝ったと思うなよ小娘が! 覚えてろー!」


 私はするりと彼女の抱擁から抜け出して、部屋の扉に手をかけた。

 今日のところはここまでにしておいてやろう。そろそろ学校に行く時間だし。


「まだだめ」

「……へ」


 彼女は私を後ろから、ぎゅっと抱きしめてくる。

 柔らかいけれど、確かな力を感じた。身動きが取れなくなって、鼓動の速さが恐ろしいくらいになって。


「が、学校遅れちゃうんだけど」

「大丈夫。私が全力で、水葉ちゃんを抱っこして送ってってあげるから」

「やめてくれません!? 惠利沙のせいで私、小動物みたいな扱いされてるんだけど!?」


 友達に色々ふざけた態度を取られるのは、半分以上は惠利沙のせいだと思う。


 う、うぐぐ。

 ……。

 よかろう。


 こうなったら本気で、惠利沙のことをドキドキさせてやろう。もう彼女の魅力に振り回されるだけの私じゃないのだ。私だってこれでも高校二年生。そろそろ大人の魅力ってやつを身につけてきたんじゃないかな、と思う。


 それをフル活用して、惠利沙に「水葉ちゃんは色っぽいしドキドキします今までごめんなさい」と言わせてやろう。

 ……絶対に。

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