転生魔女はマリーゴールドがお好き

陶花ゆうの

01 箱入りお嬢さま、運命に当たる

 昔々あるところに、イオという名前の魔女がおりました。


 彼女はその頃、国で最も優れていると謳われていた二つの魔法の家系のうち一つに生まれ、それはそれは見事な魔法の才能を顕していました。

 どんな魔法も、彼女に扱えないものはありませんでした。


 さて、イオの一家は、当時、比肩すると謳われていたもう一つの魔法の名家と、非常に仲が悪いことでも知られていました。

 双方の家は、土地の境界線を争い、葡萄畑を荒らしたキツネが互いの差し金だと罵り、誰かが亡くなればやれ呪いだなんだと騒ぎ、代を重ねるごとに険悪になっていったのです。


 イオももちろん、その例に漏れず、相対するその家系を憎むよう育てられました。


 そしてある日、とうとう、些細なことが業火に注がれる油となり、めらめらと燃える不和の炎が過去最大の火勢となったとき、イオは相対する家柄のご令息、アルウィリスという青年に呪いをかけました。


 ――〝こののち、その魂に安息なかれ〟。


 呪いは、、成功しました。

 そう、、不幸にも。


 ――その呪いには落とし穴があったのです。


 それは、なんということでしょう――イオもまた、〈呪いをかけた者〉として呪いに巻き込まれ、アルウィリスの魂と、延々と同じ時代に生まれ変わり続けるというもの。


 この落とし穴にイオが気づいたときは遅きに失し、もはや呪いはどうにもならなくなっていました。


 イオとアルウィリスは、ときによって姿も変わり名前も変わり、しかし魂と記憶だけは永久不変のものとして、延々と生まれ変わり続け――




「――もう、やだーっ!」


 に至るのである。



 はいどうも、私はかつてのイオ、今はフィオレアナという名前のお嬢さまです。

 生まれ直してもう何回目だ、もう何百年だ、もうそろそろ生まれ直すのにも飽きてきました誰か助けて。


 全ての人生で解呪の方法を探してはいるものの、見つからないものだなあ、さすが私。あっはっは。って笑えない。

 産声と同時にガチ泣きを披露する人生なんてもう嫌だ。


 はあ、と溜息を吐き、鏡台に肘を突いて額を押さえる。


 今生の私は金色の長い髪に金にも見える明るい鳶色の瞳、これまで何度も人生を繰り返してきたけれど、今回の顔立ちはなかなか気に入っている。

 可愛い顔を曇らせて額を押さえる私、物思う深窓の令嬢といえば聞こえはいいけれど、実際は自分がやっちゃった過去の所業を悔いているだけです。


 本当になー、なんで呪いなんて掛けちゃったんだろうなー。

 当時は家系に連綿と受け継がれてきた恨みつらみが至上命題のように感じていたけれど、何度も生まれ直して視野が広がってみると、本当にくだらなかった。

 なんであんなことをしちゃったんだろう。


 見よ、今のこの国。

 生まれ直しているのは大抵ご近所だけれど、今この国には魔法のマの字もありはしないぞ。


 ものすごく暗澹たる気分になりつつ、鏡台からつと目を逸らして、そばの窓から空を見上げる。

 りんと澄んだ春空、小鳥が飛ぶ影が見え大変牧歌的だが、私はこんなに憂鬱だ。


 ――私が十五歳になってから初めての春。


 つまり、社交界デビューの季節。

 デビューは実に今日この夜。


 これまで、蝶よ花よと箱入りで育てられてきた私ことフィオレアナ、ドーンベル伯爵家の令嬢が外に出る。


 ……つまり、なんだ、また出会う可能性が高いのだ。


 例の、私が呪っちゃった男と。







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