1-4.またいつか……
エルラド星系:正規航路外──
「あの船ね。損傷は無さそうだけど……」
レムリアスより、一回り小型の貨物船ヴァルキリアは、船外のビーコンライトも消えており、完全に停止した状態で漂っていた。
『やはり、応答がありません。……、……、簡易スキャンの結果、生体反応、なし』
「搭乗者に何かあったみたいね。病気とか? とりあえずドッキング準備。直接様子を見てくるわ。リリス、周辺の警戒を続けて」
『はい、マスター。十分ご注意を』
「俺も一緒に行くぜ。念のため、武器になるようなモノは無いのか?」
『非殺傷のレイガンならあります。マスターも念のため携帯を推奨します』
リリスがそう言うのと同時に、壁の一部が開いた。中にはいくつかの武器が保管されている。
「え……そこ、開くんだ。初めて知ったわ」
ラックの中には、レイガンが数丁と、スティック型の何かが固定されていた。
「これは?」
スティックを持ち出してみた。
『レイソードです。そちらは殺傷兵器となるので、使用するには保安局への申請が──』
「あー、いいわ。レイガンだけ持っていくわね」
「おいおい、この船のオーナーなのに、搭載された備品を把握してないのか?」
「……色々あるのよ、複雑な事情ってのが」
ギルとあたしはエアロスーツ(薄手の宇宙服)に着替えて、レイガンを持ってハッチへ向かった。
☆
貨物船ヴァルキリア船内──
船内は灯りも消えて、真っ暗闇だった。
スーツのライトを点灯して、エアロックを出る。電力は活きているようだ。
「右手側が貨物室、左手側がコクピットね。コクピットへ行ってみましょう」
「まて、セレス。これ……血痕じゃないか?」
通路をよく見ると、床には転々と血の痕が続いていた。
「この滴り方からすると、貨物室からコクピットに向かったようだな。どっちを先に見に行こうか?」
「え……、せ、生体反応が無いってことは、もう……」
貨物室で“何か”が起こって負傷した乗組員が、血を流してコクピットに向かい、救難信号を発したところで力尽きた。そんな状況が想像できた。
「さささ先に貨物室を見てて、“何が起こったのか”、かかか確認しま、しましょう」
まだ驚異が残っているなら、先に処理しておきたい。
「オーケイ。俺が先行する」
そう言ってギルは前を歩きだした。正直、凄く助かる。
さっきから、あたしの足はガクブル状態。呂律も回っていない。
あたしひとりだったら、すぐに逃げ出しているところだ。
貨物室の扉は僅かに開いていた。
そっと中の様子を窺うと、小型のコンテナがひとつ──。
しかし、コンテナの扉は開け放たれており、その周辺には激しく飛び散った血の痕が残っている。
「コンテナの中……か」
ギルバートは慎重にコンテナに近づき、中を覗き込む。
「カプセルがひとつだ……他には何も無い、な」
「カプセル? 何の──」
ギルバートの後ろから覗き込んだあたしは、ゾッとして言葉を失った。
つい数日前、レムリアス内で異音を発していたアレが脳裏をよぎる。
今、目の前にあるのは、フタが明けられた遺体収納カプセル──“棺桶”だった。
そして中身は空っぽ────。
「……レス? おい、セレス!? どうした、大丈夫か?」
「あ、あー、ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと考え事……」
「それじゃ、コクピットへ行ってみよう。なんとなく想像はつくがな……」
貨物室を出て、コクピットへ続く通路を慎重に進む。
「生体反応が無いってことはだ、あのカプセルの中には何が入ってたんだろうな……っつーか、あれ、“棺桶”、だよな。ってぇことはだ……まさか、遺体が動き出したのか? 映画じゃあるまいし……」
震えが止まらない足を、どうにか動かしてギルバートに続く。
今、口を開いても、まともに喋れそうにないので、黙って追いかける。
「ここだな。扉、開くぞ」
あたしは黙って頷いた。というか、首振り人形のように小刻みにガクガクしていたかもしれない。
プシ──ッ
コクピットの扉が開くと、それに反応したのか船内の照明が一斉に点灯した。
明るく照らされたコクピット内は、まさに血の海状態だった。
メイン操縦席には、この船のオーナーと思しき男性が座り、首の辺りから大量に出血している。手にはレイガンを握りしめたまま、息絶えていた。
そしてコクピット内の片隅に、もうひとり、誰かが倒れている。
「セレス、見ない方がいい……」
「ありがとう……でも、ちょっと遅かった」
白い葬装を纏った遺体だった。しかも、首から上が無くなっている。
「すまん。キツイようなら、通路に出てて良いぞ」
あたしは震えが止まらない足に鞭打って、かろうじて通路へ出た。
きっと、この船も棺桶の運搬を請け負ったんだ。
そして棺桶からの異音に気付いたオーナーは、中を確認するためにフタを開けてしまった──。
その結果が、この惨状だ。
だとしたなら、あの時、あたしが棺桶を確認しに行っていたら……レムリアスの機内もこんな状況になっていたかもしれない。
『マスター、バイタルが不安定になっています。大丈夫ですか? マスター?』
リリスが心配している声が、遠くから聞こえた気がした────────。
☆
レムリアス艦内:医務室──
「…………ん……ここ、は?」
「お、気が付いたか。レムリアスに戻って、エルラドⅣに向かっているところだ。あの船のことなら、保安局に連絡済だぜ」
『お目覚めですか? マスター。バイタルは正常値範囲内で安定しています』
「(あー……そうだ。難破船の中を調べに行って……)ギル、あなたが運んでくれたの?」
「ああ、コクピットを出たところで倒れてたんだ。いや~、焦ったぜぇ」
「ごめん、ありがとう。あたし苦手なのよ。スプラッターとかホラーとか……」
「なぁに、誰にだって苦手なものはあるさ。さしずめ、俺は若い美女が苦手でね」
「……ふふ、なぁに? “饅頭こわい”ってヤツ?」
「あはは! 随分と物知りじゃないか」
気遣ってくれているのが伝わってくる。だから今は無理してでも笑ってみせよう。
『マスター、もうじきエルラドⅣの重力圏に到達します。突入に備えてください』
「コクピットに移動しましょう」
そう言ってシーツを剥いだあたしは、固まってしまった。
下着姿──!?
エアロスーツは!?
自分で脱いで寝たわけじゃ……ないわよね。
リリスはAIだし、エアロスーツを脱がしてベッドに寝かせてくれるほど器用なアームは装備していないはず。
だとすると、答えは言うまでもなく────
「あ、あの……ギル? ここまで運んでくれたあと……その……」
「あ? あー、エアロスーツね。脱がせてやってくれって、リリスが言うもんだから……あれだ、なるべく見ないように脱がせたから、あんま気にすんなよ?」
「そ、そうなのね。……なんて言うかその、手間を取らせてしまって、本当に……」
「なんてことないさ。こんなことくらい、いつだって手を貸すぜ」
多分、今のあたし、耳まで真っ赤になってると思う。
チラっと上目遣いで見上げると、ギルバートはこっちを見ないようにしている。
でも、あたしの視線に気づいたのか、チラリの視線を寄こして、バッチリと目が合ってしまう。
「……………………」
「……………………」
『マスター、お急ぎを──バイタルの異常を検知。脈拍が急上昇してますが、大丈夫ですか? マスター?』
リリスが気まずい間を切り裂いてくれた。
「だ、大丈夫よ? リリス。おほほほほっ」
「あははははっ」
何はともあれ、無事にエルラドⅣに到着して、宇宙港へ向けて降下を始めた。
♡
エルラド星系:第四惑星・エルラドⅣ・宇宙港──
「いやー、本っ当に助かったぜ。世話になったな、セレス。リリスも」
「世話になったのはあたしの方よ。ギルが居なかった、大変なことになっていたわ」
『私も助かりました。ギルバートがいなければ、マスターを回収する術がありませんでした──。マスター? バイタルが不安定になっています。やはり精密検査を受けたほうが……』
「ふふっ、大丈夫って言ったでしょ?」
「良いAIだな。リリスってヤツぁ」
「うん。ずっと二人きりでやってきたから──」
なんだろう、この気持ち。
もうお別れかと思ったら、胸の奥がキシキシと痛くなる。
ギルバートは何も言わず、優しく微笑んで見つめてくれている。
何か、言って欲しい。
…………でもダメだよ。ギルバートには奥さんがいるんだもの。
そうだとしても、もっと一緒に居たい。
ずっと一緒に旅することが出来たら……
そんな風に思ってしまうのは、吊り橋効果ってやつなのかしら──。
「それじゃあ、な。セレス。またどこかで……」
「……うん。また、いつか会えたら……嬉しい、かな」
「ふふ、リリスも、またな!」
レムリアスの天井に向かって、そう声を掛けて、彼は船をあとにした。
……彼の背中が、人混みに紛れて見えなくなっていく。
『……マスター?』
「さあ! 資源採掘惑星βまで、もうひと踏ん張りよ! 出発しましょう!」
・
・
・
リリスと二人だけの船内。
元に戻っただけなのに、レムリアスのコクピットが随分と広く感じた。
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