1-4.またいつか……

エルラド星系:正規航路外──



「あの船ね。損傷は無さそうだけど……」


 レムリアスより、一回り小型の貨物船ヴァルキリアは、船外のビーコンライトも消えており、完全に停止した状態で漂っていた。


『やはり、応答がありません。……、……、簡易スキャンの結果、生体反応、なし』


「搭乗者に何かあったみたいね。病気とか? とりあえずドッキング準備。直接様子を見てくるわ。リリス、周辺の警戒を続けて」


『はい、マスター。十分ご注意を』


「俺も一緒に行くぜ。念のため、武器になるようなモノは無いのか?」


『非殺傷のレイガンならあります。マスターも念のため携帯を推奨します』


 リリスがそう言うのと同時に、壁の一部が開いた。中にはいくつかの武器が保管されている。


「え……そこ、開くんだ。初めて知ったわ」


 ラックの中には、レイガンが数丁と、スティック型の何かが固定されていた。


「これは?」


 スティックを持ち出してみた。


『レイソードです。そちらは殺傷兵器となるので、使用するには保安局への申請が──』


「あー、いいわ。レイガンだけ持っていくわね」


「おいおい、この船のオーナーなのに、搭載された備品を把握してないのか?」


「……色々あるのよ、複雑な事情ってのが」


 ギルとあたしはエアロスーツ(薄手の宇宙服)に着替えて、レイガンを持ってハッチへ向かった。







貨物船ヴァルキリア船内──



 船内は灯りも消えて、真っ暗闇だった。

 スーツのライトを点灯して、エアロックを出る。電力は活きているようだ。


「右手側が貨物室、左手側がコクピットね。コクピットへ行ってみましょう」


「まて、セレス。これ……血痕じゃないか?」


 通路をよく見ると、床には転々と血の痕が続いていた。


「この滴り方からすると、貨物室からコクピットに向かったようだな。どっちを先に見に行こうか?」


「え……、せ、生体反応が無いってことは、もう……」


 貨物室で“何か”が起こって負傷した乗組員が、血を流してコクピットに向かい、救難信号を発したところで力尽きた。そんな状況が想像できた。


「さささ先に貨物室を見てて、“何が起こったのか”、かかか確認しま、しましょう」


 まだ驚異が残っているなら、先に処理しておきたい。


「オーケイ。俺が先行する」


 そう言ってギルは前を歩きだした。正直、凄く助かる。

 さっきから、あたしの足はガクブル状態。呂律も回っていない。

 あたしひとりだったら、すぐに逃げ出しているところだ。


 貨物室の扉は僅かに開いていた。


 そっと中の様子を窺うと、小型のコンテナがひとつ──。

 しかし、コンテナの扉は開け放たれており、その周辺には激しく飛び散った血の痕が残っている。


「コンテナの中……か」


 ギルバートは慎重にコンテナに近づき、中を覗き込む。


「カプセルがひとつだ……他には何も無い、な」


「カプセル? 何の──」


 ギルバートの後ろから覗き込んだあたしは、ゾッとして言葉を失った。


 つい数日前、レムリアス内で異音を発していたアレが脳裏をよぎる。


 今、目の前にあるのは、フタが明けられた遺体収納カプセル──“棺桶”だった。

 そして中身は空っぽ────。



「……レス? おい、セレス!? どうした、大丈夫か?」


「あ、あー、ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと考え事……」


「それじゃ、コクピットへ行ってみよう。なんとなく想像はつくがな……」


 貨物室を出て、コクピットへ続く通路を慎重に進む。


「生体反応が無いってことはだ、あのカプセルの中には何が入ってたんだろうな……っつーか、あれ、“棺桶”、だよな。ってぇことはだ……まさか、遺体が動き出したのか? 映画じゃあるまいし……」


 震えが止まらない足を、どうにか動かしてギルバートに続く。

 今、口を開いても、まともに喋れそうにないので、黙って追いかける。


「ここだな。扉、開くぞ」


 あたしは黙って頷いた。というか、首振り人形のように小刻みにガクガクしていたかもしれない。



 プシ──ッ



 コクピットの扉が開くと、それに反応したのか船内の照明が一斉に点灯した。


 明るく照らされたコクピット内は、まさに血の海状態だった。


 メイン操縦席には、この船のオーナーと思しき男性が座り、首の辺りから大量に出血している。手にはレイガンを握りしめたまま、息絶えていた。


 そしてコクピット内の片隅に、もうひとり、誰かが倒れている。


「セレス、見ない方がいい……」


「ありがとう……でも、ちょっと遅かった」


 白い葬装を纏った遺体だった。しかも、首から上が無くなっている。


「すまん。キツイようなら、通路に出てて良いぞ」


 あたしは震えが止まらない足に鞭打って、かろうじて通路へ出た。


 きっと、この船も棺桶の運搬を請け負ったんだ。


 そして棺桶からの異音に気付いたオーナーは、中を確認するためにフタを開けてしまった──。


 その結果が、この惨状だ。


 だとしたなら、あの時、あたしが棺桶を確認しに行っていたら……レムリアスの機内もこんな状況になっていたかもしれない。


『マスター、バイタルが不安定になっています。大丈夫ですか? マスター?』


 リリスが心配している声が、遠くから聞こえた気がした────────。







レムリアス艦内:医務室──



「…………ん……ここ、は?」


「お、気が付いたか。レムリアスに戻って、エルラドⅣに向かっているところだ。あの船のことなら、保安局に連絡済だぜ」


『お目覚めですか? マスター。バイタルは正常値範囲内で安定しています』


「(あー……そうだ。難破船の中を調べに行って……)ギル、あなたが運んでくれたの?」


「ああ、コクピットを出たところで倒れてたんだ。いや~、焦ったぜぇ」


「ごめん、ありがとう。あたし苦手なのよ。スプラッターとかホラーとか……」


「なぁに、誰にだって苦手なものはあるさ。さしずめ、俺は若い美女が苦手でね」


「……ふふ、なぁに? “饅頭こわい”ってヤツ?」


「あはは! 随分と物知りじゃないか」


 気遣ってくれているのが伝わってくる。だから今は無理してでも笑ってみせよう。


『マスター、もうじきエルラドⅣの重力圏に到達します。突入に備えてください』


「コクピットに移動しましょう」


 そう言ってシーツを剥いだあたしは、固まってしまった。


 下着姿──!?

 エアロスーツは!?


 自分で脱いで寝たわけじゃ……ないわよね。

 リリスはAIだし、エアロスーツを脱がしてベッドに寝かせてくれるほど器用なアームは装備していないはず。


 だとすると、答えは言うまでもなく────


「あ、あの……ギル? ここまで運んでくれたあと……その……」


「あ? あー、エアロスーツね。脱がせてやってくれって、リリスが言うもんだから……あれだ、なるべく見ないように脱がせたから、あんま気にすんなよ?」


「そ、そうなのね。……なんて言うかその、手間を取らせてしまって、本当に……」


「なんてことないさ。こんなことくらい、いつだって手を貸すぜ」


 多分、今のあたし、耳まで真っ赤になってると思う。


 チラっと上目遣いで見上げると、ギルバートはこっちを見ないようにしている。

 でも、あたしの視線に気づいたのか、チラリの視線を寄こして、バッチリと目が合ってしまう。


「……………………」

「……………………」



『マスター、お急ぎを──バイタルの異常を検知。脈拍が急上昇してますが、大丈夫ですか? マスター?』


 リリスが気まずい間を切り裂いてくれた。


「だ、大丈夫よ? リリス。おほほほほっ」

「あははははっ」



 何はともあれ、無事にエルラドⅣに到着して、宇宙港へ向けて降下を始めた。







エルラド星系:第四惑星・エルラドⅣ・宇宙港──



「いやー、本っ当に助かったぜ。世話になったな、セレス。リリスも」


「世話になったのはあたしの方よ。ギルが居なかった、大変なことになっていたわ」


『私も助かりました。ギルバートがいなければ、マスターを回収する術がありませんでした──。マスター? バイタルが不安定になっています。やはり精密検査を受けたほうが……』


「ふふっ、大丈夫って言ったでしょ?」


「良いAIだな。リリスってヤツぁ」


「うん。ずっと二人きりでやってきたから──」


 なんだろう、この気持ち。


 もうお別れかと思ったら、胸の奥がキシキシと痛くなる。


 ギルバートは何も言わず、優しく微笑んで見つめてくれている。


 何か、言って欲しい。


 …………でもダメだよ。ギルバートには奥さんがいるんだもの。


 そうだとしても、もっと一緒に居たい。


 ずっと一緒に旅することが出来たら……


 そんな風に思ってしまうのは、吊り橋効果ってやつなのかしら──。


「それじゃあ、な。セレス。またどこかで……」


「……うん。また、いつか会えたら……嬉しい、かな」


「ふふ、リリスも、またな!」


 レムリアスの天井に向かって、そう声を掛けて、彼は船をあとにした。


 ……彼の背中が、人混みに紛れて見えなくなっていく。



『……マスター?』


「さあ! 資源採掘惑星βまで、もうひと踏ん張りよ! 出発しましょう!」


 ・

 ・

 ・


 リリスと二人だけの船内。


 元に戻っただけなのに、レムリアスのコクピットが随分と広く感じた。

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