第11話 会議と決心
軍隊というものは厳しい序列が存在する。
それは指示系統を明確化し組織を統制するためである。
貴族が所有する軍隊では戦争の際、総司令官をその貴族とし、その下に師団長、大隊長、中隊長、小隊長と続く。
戦争時でなければ中隊長の階級を持っていても小隊規模で動く。
軍の規模によってそれぞれの構成数は変動するが、主な役職としてこれらが用いられている。
マイヤー辺境伯軍は総数で約3万人にも及ぶ。
メルザース駐屯兵団にはそのうちの約1割、3000人が所属している。
そしてそのメルザース駐屯兵を束ねる男が辺境伯軍大隊長にして、メルザース駐屯兵団団長、クリストフであった。
彼は齢50近いがそれを思わせないほどの肉体を持ち、実力でのし上がったのだと思わせる威容をしていた。
そこは駐屯地大会議室。
集まったのはメルザース駐屯兵の各隊を任された者たち。
それらを前にしてクリストフが口を開く。
「捜査会議を始める。まずは今回の事件を追っていたバルト隊から話せ」
バルトが答える。
「事の発端は6日前に起きた事件、農夫が殺され金庫の中身を奪われた事件です。被害者であるヴルストは首と手を切断された状態で発見されています。なんらかの大振りの刃物、ないしは魔法によるもの見られ、捜査を進めました。被害者周辺への聞き込みを行いましたが、これといったトラブルもなく、外部の犯行であると思われます」
「そのような芸当が出来る人間は限られる。ただの強盗ではなく、裏が絡んでいると思ったわけだな?」
クリストフの鋭い指摘にバルトが頷く。
「はい。当初はそのように考えていました。しかし、被害者が3年前移住してきたという情報と何一つ問題を起こしていないという2つの点から被害者が他国の間者である可能性がある、と推測をたて、情報を集めました」
会議室がにわかにざわつく。
クリストフが問う。
「それで、何がわかった?」
「ここメルザースに至るまでを可能な限り辿りましたが、10年前までしか遡れませんでした」
「戦争のゴタゴタで紛れ込んだか…」
「おそらくは。しかしまだ確実にそうと言える証拠が掴めていません。そしてもう1つ、ヴルストの外見的特徴と一致するベインと名乗る男が5年程前から1年程裏に居た、との証言が複数あります」
「何だと?つまりヴルストは、他国の諜報員でありながら数年前までミルトシアの裏にも何らかの目的で潜っていたということか?」
「はい。ですが5年前からの1年のみで、組同士の抗争に巻き込まれ死んだと言われていました」
「なるほど。死んだと偽装し逃げたか。つまりその1年間で何かを盗み出し、それを奪い返されたというわけか」
「そのように見るのが自然かと思われます。そして、殺しを行った者についてですが、こちらはプロの殺し屋です」
「だろうな。名前と特徴は?」
「ゼーレ。魔法によって作り出された糸を使って対象を切断して殺すことから、《糸切り》の通り名で呼ばれています。性別、年齢共に不明ですが、仕事をする際には黒いローブと仮面を着用しているそうです」
「糸、それに正体不明とは、厄介だな。民衆に紛れられたらそれだけで分からなくなる。伊達に裏で生き残っていないというわけか。そしてそれを探っていたシモンがゼーレの正体を知り逃走、その後南の森で殺された。そういうわけか」
「そう見ています。実際シモンの遺体もヴルスト同様、首を切断されており、解析班によれば同一犯であると見解が出ています」
「そうか、ご苦労だった。…メルザース壁内の捜査は引き続きバルト隊主導のもとリーズ隊、ボルニカ隊、リベルト隊の4隊で行え。指揮権は中隊長であるバルトに任せる」
「はっ!」
「ソンズ隊、レイド隊、モース隊、は中隊長ソンズを指揮官にし、郊外及び農業区の捜査、及び警戒にあたれ」
「了解!」
「それ以外のものは交代制でそれ以外の周辺区域の捜索だ! 私が指揮を執る!! こそこそ隠れるドブネズミを炙り出し、必ず我々の手でシモンの仇を討つぞ!!」
クリストフの檄が飛ぶ。
仲間の仇は必ずとる。
魔法を使うのは敵だけではない。
隊を任されるものは全て魔法が使えるもの達である。
敵は1人で3万の軍に喧嘩を売ったのだ。
辺境伯が束ねる東部一帯全ての軍を合わせれば、5万は下らない。
圧倒的な数の暴力で叩き潰す。
「とか、思われてるんだろうな」
ゼーレはそう呟く。
「思ったより明らかに反応がすごいなぁ。もっと殺す相手調べればよかったかなぁ。運が悪い……。しっかし見つかるのはやすぎ。わざわざ森の奥まで行ったのがバカみたいじゃん」
ゼーレも裏で数年は生き延びているプロの殺し屋だ。
軍人を殺せばどうなるかくらい当然知っていた。
仲間を殺されればいきり立つのは当たり前。1人殺せばその所属軍は間違いなく動く事など、予想の範囲内だった。
だがゼーレにとって予想外だったのは殺したヴルストの方。
イクリプスから物を盗み出して4年も逃げた奴が、他国の諜報員だった事。
気付いたのは殺した後、金庫の中を確認した時だった。
そこに入っていたのは目的の物と、通信魔道具と報告書だった。
ゼーレはタチの悪い冗談かと思った。
だが調べればこの男、10年前に突然ミルトシアに現れている。
大方終戦後、戦後復興のゴタゴタに紛れて密入国したのだろう。
そうと疑って調べれば軍でも辿り着ける。
殺された男の周辺を調べるのは当然であり、この事はすぐにバレる。
この時点で既に諜報員を消した裏の人間、というのが見えている。
もう既にきな臭い。
そして次が軍人殺しである。
軍からすれば他国の諜報員を殺した犯人が軍人も殺したのだ。
ただの裏の内輪揉めで収まるはずだった事件が一気に様相を変える。
言ってしまえば軍からすれば裏の人間の殺し合いなどどうでいい話なのだ。
今回の仕事もゼーレの中ではその程度の認識しかなった。
軍人を殺した事で、仲間を殺した何かしら他国の情報を持っているかもしれない奴になった。
勿論、シモンを殺した時点で国境を越えて帝国に入る予定だった。
しかしゼーレは未だにメルザースの街に潜伏していた。
それは何故か。
「まさかミルトシアにいたとはね。しかも旅人って、全然見つからない訳だよ」
それは数年、殺し屋稼業を続けながら捜した相手が居たからだ。
ゼーレの予想ではその相手も裏の人間だと思っていた。
だが実際探し始めてからは、裏でひとつも話を聞かない。
あれだけの腕を持ちながらだ。
なら表の人間かと思い情報屋を使って調べたが、まるで情報が出てこなかった。
幻のごとく掴もうとしても掴めない。
そんな相手がそこにいたのだ。
出会ってから数年経ったとはいえ、見間違えるはずもなかった。
ゼーレは考える。
問題はこの包囲網だ。
潜伏するだけなら仕事着を脱げばいいだけだが、この警戒網の中でいきなり見知らぬ人間が増えたとなれば誰かが気付くだろう。
そして国境手前には巡回兵が絶えず見回りを続けている。
逃げるだけなら殺して抜けてしまえばいい。素顔を晒さない分、潜伏するよりもリスクが低い。
しかし、捜し求めた相手がすぐそこにいる。
だが街中で戦闘するわけにもいかない。
すぐに包囲されて終わりだ。
さすがに何人もの魔法士に囲まれてしまえば負ける。
ならどうするか。
賭けに出るしかない。
それに、この機を逃せばまた見失ってしまうかもしれない。
そうなったら最悪だ。
やるしかない。
「待っててね。すぐ会いにいくから」
ゼーレは闇に溶けて消えた。
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