第6話 図書館と秘密の部屋 #3-1

草がぼうぼうに生い茂った小さな空き地が、

「私の家だったんだよ」と花屋のお姉さんに案内されたボロ家の裏にあった。

誰かが途中まで世話をしたまま放置したような家庭菜園の跡地には、

昼間は蝶が舞い、夕方になると野ねずみが岩の隙間に穴を掘っていた。


私はそこで、日が沈むまで体を動かしていた。

……動かそうとしていた。

膝の関節は錆びついたみたいにきしみ、右足首は外側に歪んだまま真っ直ぐ立てず、

腕は少し力を入れただけで外れてしまいそうだった。

一度でも転べば、もうその場から起き上がることもできずに地面に這いつくばった。

手のひらを地につけて起きるなんて普通のことが、今の私には「作業」だった。

倒れないようにするだけでも、神経を使った。


ふらつく細腕で木剣を持ち上げるのは、朝のストレッチ代わり。

肺活量を増やすつもりで息を止める練習をして、結局そのまま気を失った日もあった。


そうして繰り返される日々のなか、夜になると――

私は、夢を見た。


死ぬ夢。

また死ぬ夢。


剣に貫かれ、息が止まり、血が肺に満ちていく感覚。

そのたびに、少しずつ弱くなっていく気がした。



+++



悪夢で目が覚めた朝は、日が昇る前に裏庭へ出た。

昨日と同じ動作のはずなのに、今日だけは呼吸が苦しく、身体がより重い。

だから、もっと必死に動いた。

これは――私自身に立ち向かう戦いだから。


息を切らして空を見上げた。

その雲の先が、剣の切っ先のように尖っていた。


……ああ、私、本当に弱くなったんだな。


それを認めるまで、ずいぶん時間がかかった。たぶん、かかりすぎた。


でも、「諦める」ことはなかった。

騎士とは、挫けないことを学ぶ職業だ。


……けれど、結局、失敗した。

その間にも、父は――帰ってこなかった。



+++



ボロボロの家には、食べ物すら残っていなかった。

カチカチに乾いたパンが二切れ。

それに、たぶん人参らしきもの。そしてドングリ……?


だから、戦場で培った知識を頼りに、食べられる植物や薬草を見分けてどうにか生き延びようとした。

毒草を茹でて、木の皮を噛み砕いた。

慣れた空腹だった。……慣れているのに、妙に辛かった。


バケツに溜めた雨水は布で濾して飲み、沢の水は手ですくった。


魚? 捕まえられるなら、もちろん捕った。


「……これだけやれば、大丈夫かも」


魚を取ろうと水の中に入って――風邪を引いた。


咳が扉の隙間から外に漏れ、私は丸二日、寝込んだ。

通りかかった花屋のお姉さんが覗きに来なかったら、

たぶん今回は、もう戻れない“死”だったかもしれない。


私は熱に浮かされながら、少しだけ……残念に思っていた。


翌日。

彼女は静かにお見舞いに来た。

小さな保温ポットを差し出しながら、ぽつりと一言。


「煮たの。食べて。」


私は黙ってフタを開けた。


味は……言わなくても分かった。


一口目、どろり。


二口目、しょっぱ……。


「……風邪には効きそう」


「……これ、あなたが作ったんですか?」


「だから何」


「……他の人には、食べさせてないですよね?」


「それが何」


言葉は少ない。けれど、味は強烈だった。


……前世でも、料理だけは壊滅的な部下がいたっけ。

兵士たちの間では「そろそろ辞めてくれないか」と噂されるレベル。

それでも毎回、「おかゆでも食べて戦え!」と煮てきた。


……まさにその味だった。


私はそっとスプーンを置いた。

咳は止まらなかったし、食欲も戻ってこなかったけれど。


「次は、私が作ります」


「……は?」


「……その方がいいです。お互いのために」


花屋のお姉さんは何も言わず、空の容器を手に立ち上がった。


「……でも、食べたね。早く治らなかったら、明日もこのおかゆだよ?」


それは、ちょっと……嫌だった。


私は、がばっと起きた。

咳き込みながら、必死で体を起こした。


でも、目の前がグラリと揺れて、またベッドに倒れ込んだ。


彼女は微かに笑いながら、荷物を手に取って帰っていった。


軋む扉の音がして、また静かになった。


熱でぼうっとする頭。

乾いた喉。

一口水を飲んで、再び布団に体を預ける。


「……身体がダメなら、頭を使え」


小さな声だった。


けれど、それだけで十分だった。


私は目を閉じた。


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