第24話 x能力者 の 彼女
「いい?今から僕はお父さんに頼んでくるから、涼森さんは…」
僕が一拍置いた隙に、涼森さんは次に僕が発する言葉を予測したのか、無理やり割り込んだ。
「分かってる。私はママに頼めばいいんだよね」
「そう、正解」
涼森さんと僕はお互いに顔を見合せ、何かを覚悟したかのように、それぞれが別の部屋の戸を開けた。
僕が開けた扉の先には、テレビ番組を寝そべりながら眺めていた怠惰らしいお父さんだった。
番組の雑音を耳にしながら、あの時白石さんの足元でしたように、土下座をして跪いた。
これは多分、僕自身が味をしめているんだと思う。そうじゃなきゃ、昨日と今日で、二度も土下座なんてしない。
「…!?どうした」
片手に持っていたビール缶がお父さんの驚愕と共に絨毯に転がり、僕の頭上に引っ掛かって、ぴたりと動きを止めた。
「お父さん…お願いします、お小遣いが欲しいです……」
頭を上げると、お父さんの瞳が右と左に交互とも揺れていた。
雑音だったテレビの電源は疾うに切れていて、お父さんは、ポケットからキャメル色の馬皮財布を取り出した。
「お小遣い?────なんだ、そんなことか」
僕が思い描いていた最高のお父さんは、自分が求めていた言葉をそのまま言語化してくれる。僕自身、その言葉を今か今かと期待していた。
糸がやつれた財布を開き、「いくら、欲しいんだ?」と財布の中のはみ出たお札をチラつかせた。
僕は、呆気にとられながらも、か細い声で「……4万円」と答える。
しかし、流石のお父さんも目を凝らしていた。高校生のお小遣いにしては額があまりにも大きかった。家庭にはよるだろうけれど、きっと多くて1万円が妥当なのだろう。
声付きも心做しか低くなっている気がした。
「…何に使うんだ、そんな大金」
「…」
「言えないことに、使うのか?」
優しいのに、どこか怖い。赤ちゃん用品を買うなんて言ったら、とうとう僕の頭が本当におかしくなってしまったんじゃないかと、お父さんは疑ってしまうに違いない。必死に、良好な言い訳を考えるも、頭が上手く回らず、思いつけない。
「…アンコの限定グッズ、パネルが欲しくて……」
「正樹、力は貸してあげたいところだ。しかしな…いくらなんでも4万円のアニメグッズを買うなんて、それは…うん、言いたくもないが無駄遣いだ」
ごく当たり前の事を言われてしまった。もっとマシな言い訳を考えておくべきだった。考え無しに行動した結果がこの有様だ。
「…お願い、お父さん…」
つぶらな瞳で彼をいくら見つめても、お父さんは僅かながら顔を顰めるだけで、心はそう簡単に揺るがなかった。
「うーん」と少し唸りながら、時折僕の目を見て、腕を組みながら考え込んでいる様子だった。そして、決意したかのように口を開いた。
「2万円なら上げてやってもいい。ただし、お父さんにもお土産を買ってきてくれるのが条件だ」
「どうだ?嬉しいだろ」というあからさまな、お父さんの笑顔を裏切って内心拒否をしたかったが、断る選択肢はないに等しい。お金を貰う立場なのに、そんな図々しい事、言える筈がなかった。
問題は、涼森さんがいくら貰ったのかが重要だった。母さんの事だから大金を渡すなんてことはありえないだろうし、赤ちゃん用品は想像以上に高額だ。アルバイトをするか、万引きをするかだとしたら、僕は万引きを決断してしまうだろう。
神山光雄…亡くなった父ならそうしていたはずだ。
僕は、二万円を受け取って家宝のように胸の中で抱きしめた。
無邪気な子供のように振舞うつもりで、お父さんの手を握り、涙を流しながら大袈裟に喜こぶと、お父さんも満足気に笑っていた。
「お父さん、ありがとう…本当に助かる、お父さんのお土産絶対に買ってくるから」
───
飄然とした様子で僕の部屋に居座っていた涼森さんの両手にはお金は握られていなかった。
かわりに、エアコンのリモコンを手にしてる。部屋に入った時、妙に廊下との温度の差があると思ってはいたが、涼森さんが勝手に僕の部屋の温度を変えていたらしい。
「涼森さんは、いくらだった…?」
「私は4万円、貰えたよ」
「え!?それ本当?」
「うん、ほら…」涼森さんが膝の下に隠していた4万円札を受け取ると彼女の体温で少し生暖かかった。
「え、涼森さんどうやったの?」
「そんなの、簡単だよ」とだけ言って入手した方法は教えてはくれなかった。涼森さんのことだから母の財布から勝手に抜き取ったのではないだろうかという邪心のような疑いがどうしても浮かんでしまう。
その疑いをあたかも見透かしたように涼森さんは僕の顔を覗いた。
「神山さん、今私がママの財布の中から勝手に抜き取ったって思ったでしょ?」
「いや、そこまで思ってないよ…」
エスパーか? 頭の中の情報が涼森さんには全て筒抜けのような気がして、なんだか気恥しいというか…怖いというか、恐ろしい。
「上目遣いして、甘い声で『お小遣いが欲しい』って言ったら、頭を撫でてくれて、それでお金を貰ったの…ただそれだけだよ」
こういう事、涼森さんはきっと慣れているんだろうなと、漫然と思う。
前にお父さんが、お酒に酔っ払った勢いで、言っていた事を思い出す。
( 昔から、自分の欲しいものを手に入れるためなら、何でもしてしまうところがあってね…… )
欲しいものを手に入れるための「手段」に、彼女は一切の躊躇がない。
手元にある計6万円。この血の通わない家族から搾り取った金で、僕たちは奪ってくる赤ん坊のための準備を始めることになった。
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