第22話 お腹 の 中

X公園の中央にそびえるブランコに揺られていた白石さんは、クラスに溶け込んでいる時とは仮面を被っているかのような、別の顔立ちをしていた。



もしかすると、これが本来の白石さんで、学校での白石さんが別物なのではないかと錯覚してしまう。



僕たちの姿に気づいた白石さんは、また仮面をつけたかのように、学校で目にする白石さんへと切り替わってしまう。彼女の本当の姿がいまいちわからずじましだ。



「神山くんに、…………涼森ちゃん…?」



涼森さんの名前を呼ぶ時だけ少し声のトーンが低くなり、語尾が裏返っていた。


そんなのは、お構い無しに涼森さんが僕の背中をポンっと押して白石さんの前に差し出した。



「白石さんに、神山さんから大事なお話があるんだって」



涼森さんが一歩後ろに下がり、僕の方を横目で監視するように見つめた。

コイツ、怯えているのをいい事に僕を利用しやがった。



「神山くんが、私に話?」


白石さんの頬が紅潮した。


そんな姿を見ていると、どこか納得してしまう。


隣の席になった途端、忘れ物をする事が日常化した白石さんは、もしかすると、僕に私物を借りるために、わざと忘れ物をしていたんじゃないかと、自惚れていると自覚しながらもそう思った。


白石さんと涼森さんは少しながら似ている気がした。


それは単に、容姿が似ているとかそういう理由ではなくて、ただ内面的な何かが似ていた。



「今日は聞きたいことがあって、ここに来たんだけど…嘘はつかないで正直に教えて欲しい。涼森さんがあの日、してしまったこと…まだ誰にも言ってない…?」



僕の突飛な問いかけに白石さんは、ブランコを漕ぐ足をピタリと止めた。



首を傾げ、僕に向かってまだ、誰にも言っていない事を明かしてくれた。



僕は心の底から安堵した。しかし、白石さんがいつ誰に言ってもおかしくない状況であり、油断は禁物だ。



「いきなりごめんね、その事を誰にも言わないで欲しくて…」


白石さんは「あぁ…」と言いながら嘲笑するように口の口角を上にあげた。また、新しい仮面を被り始めた気がしてならない。



「あぁ、なるほどね…2人は私に口止めをしに来たのね。でも、私ね、涼森ちゃんに突然見せられたあの死体が頭から離れなくて、トラウマになっているの。誰にも言わないなんて出来ないかもしれない。誰かに言っちゃおうかなって今ちょうど悩んでいたところなの。誰かに言うと気持ちがスッキリしない?」



( 何を勝手に死体なんか他人に見せているんだよクソ女 ) そう涼森さんに言ってやりたいのをグッと心の中で留めておいた。



とてもまずい状況に陥っていると判断し、僕の身体が不自然な程にねじ曲がりそうになる。


誰かに話されたりしたら僕の悪事も表に上裸で出てしまう。



涼森さんはきっと、僕の要求で龍我や、父さんを殺したことを平気で口にするだろう。死体を平気で他人に見せつけるような人間なのだから、口も軽いに決まっている。

あぁ、本当に運が悪い。今更後悔したって時は依然として戻らない。



でも、まだ誰にも言っていないのは不幸中の幸い…と言っていいだろう。



「白石さん、本当に誰にも言わないで欲しい…」


「私からもお願い、白石さん」


僕と涼森さんがそういうと、白石さんは自分の爪のささくれを見つめながら、揶揄するような口調で「どうしようかな〜」と仄めかした。


遊ばれている気はしたが、僕にとっては重要なことで、絶対に誰にも言って欲しくはなかった。


どうすれば彼女は口止めをしてくれるか、頭をフル回転させて考えた。わからない…本当にわからない。白石さんが何を考えているのか分析が不可能だ。



気づけば、ブランコに座っている白石さんの真下で大袈裟に土下座をしていた。


「何でもするから!!だから、誰にも言わないで…」


何でもするという単語に、白石さんの表情筋がピクリと動いたのは見逃さなかった。


その言葉を待っていたと、言わんばかりに、土下座をしている僕を上から見下ろした。


「なんでもって…それ本気?冗談とか…?」



まだ白石さんは僕の言葉を疑っていた。いや、演技の可能性も考えられる。僕たちを利用するために。



「本気。だから絶対に誰にも言わないでくださいお願いします…」



「絶対に何でもするって誓ってくれるなら、言わないよ。それは約束する」



一体、白石さんがどんな要求をしてくるのかと、警戒しながらも、やむを得ず同意した。


「誓う」


僕に続いて涼森さんも、「誓います」と答えた。


その言葉に白石さんは、深く安堵している様子だった。



「良かった…2人ならそう言ってくれるって信じてた。

私ね、家庭環境悪くって…お母さんは普通なんだけど、お父さんが私に性的な行為を何度も何度もしてくるの…」



その答えに愕然としていた僕の隣で、涼森さんは相槌を打っていた。


「…分かる、私のお父さんもそうなの」



「あ、涼森ちゃんのお父さんもそうなんだ…大変だよね、女って。でも今は男が男に手を出す時代でもあるよね、もしかして神山くんのお父さんもそうだった?」



言葉が出なかった。反応が鈍くなったのは、涼森さんの発言のせいだった。涼森さんのお父さんがそんな事するはずがない。


あんなに優しくて面白いお父さんが涼森さんにいかがわしいことなんかするわけがない。きっと、白石さんを宥めるために嘘をついているだけ、そうとしか思えなかった。


白石さんが何かを言おうとした時、涼森さんがそれを遮る。


「わかるよ、白石さん。あなたも神山さんと同じように、自分のお父さんを殺して欲しいんだよね?」


話の流れ的に考えたら、そういう依頼なのだと僕も思っていたが、白石さんは首を左右に振った。


「最初は私もそれがいいと思ってたの、でもそれは現実的じゃないって考えたの。お金…そう!お金…。お父さんの稼ぎがなきゃ、私たち何も出来ないの、暮らしていけないの。皮肉でしょ?だから、お父さんにいくら性的なことをされていても、お金の問題で死んで欲しくはないの」


「それでね、お母さんのお腹の中に今、赤ちゃんがいるの。こんな状況で子供産もうとするなんて、本当に能天気よね…」


「白石さんに兄弟ができるんだ、おめでとう。女の子?男の子?」


白石さんは分かりやすく溜息をついてみせた。


「女の子…、そして来週には産まれるの」


もう一度涼森さんは、白石さんに向かって「おめでとう」と言い放った。


白石さんは聞こえているのか、聞こえてないふりをしているのかは不明だが、話にならない涼森さんとは逆の方向を向いていた。



「お父さんのパソコン勝手に起動した事があって…そこに幼い女の子の写真がいっぱいあったの。多分そういう対象が好きなんだと思う。私は来年で社会人になるからいいけど、産まれてくるお母さんの子供がとっても心配で…家族にも手を出したんだから、妹は、もっと酷いことをされるかもしれない…」


白石さんは喋りながらも泣き始めてしまい、涼森さんが肩を軽く叩いていた。

「白石さんの気持ちよくわかるよ」



「何でもするって言ったよね?」



白石さんは再度僕たちに確認をした。



その言葉の真意を何となく悟った僕たちは、お互い目線を合わせた。それが、「何でもする」と言った人間の覚悟の合図だった。





「1週間後に産まれてくる赤ちゃんを助けてあげてほしいの」



涼森さんが、僕の顔を怪訝そうに見つめた。



汗が地面に落ちたと思っていたが、それは汗ではなく、僕の口から流れ出てくる唾液だった。

唾液を無様に流し、怯えてる僕を、2人は見つめていた。



そんな僕を軽蔑する様子もなく、涼森さんは何かを思いついたかのように、僕の顔面に顔を重ねる形で覗いた。




「 神山さん…提案なんだけど、白石さんちの赤ちゃんを、カズエちゃんに育てさせない ?」


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