第15話 不穏 x 家庭


父から逃げるために、私は思わず家を飛び出していた。


深夜0時の公園には、もちろん人は誰もいない。ブランコに、一人揺られながら、冬風の寒さに震える。


東京の夜はとっても寒い。



深夜の公園でしか出来ないような、遊びを私は知っていた。



ブランコのチェーンを限界までぐるぐるに巻いて、その上に乗っかるとアトラクションのように回転する。この遊びは、誰もいない時間にしか出来ないのだった。



傍から見れば、怖いだろうに。18歳の高校生がこんな時間に変な遊びをしていると通報されてしまうかもしれない。



けど、この公園は19時を過ぎると、あっという間に一通りが悪くなる。私はそれが好きだった。誰にも邪魔されない、私だけの逃避場所。




父は、母のいない隙を狙って、必ず私の身体をさわってくる。



寝ている時にだって、あいつはバレてないと思っているのかもしれないが、そんなの気づかない人の方がおかしい。



私は怖くて寝た振りをして過ごしていた。

そんな日々が嫌で私は逃げるようにこの公園によく来ている。



寒い…。本当に寒い…。毛布くらい持ってくればよかった。



父さえいなければ、私は暖かいお家で今頃、お毛布に包まれて、安心して眠っているんだろうな。



父さえいなければ。


父が死ねばこんな寒い公園で一人で遊んでいない。



誰か、父親を殺してくれるような、そんな…都合のいい神様なんているはずがないよね。





私は一人寂しく、ブランコに揺られた。



風がヒューと音を立てる。私の重たい身体を風がブランコを動かしてくれた。



もう、そろそろ帰ろうかな…。



私はブランコから、足を地面に下ろした。



その時、足音が微かに聞こえ、公園の入口から人の影が見えた。



私は思わず、公園のトイレに隠れてしまった。



警察の見回りの可能性があったからだ。もし、警察なら補導されてしまう。補導されるのだけは、避けたい。



青少年の深夜外出禁止時間はもうとっくに過ぎていた。



私は、人影の正体が警察ではないことを祈りながら、トイレの入口からゆっくりと顔を出した。



背丈が私よりも少し小さい。背中にリュックサックを背負っていたことから、警察ではないことに安堵する。



防犯灯の届かない夜の暗さの中で、ようやく顔がうっすらと見えた。



わりと距離はあったが、誰なのか、わかってしまい、頭が真っ白になる。



よく見慣れた顔立ちだった。




涼森明那?こんな時間に…?




同年代のクラスメイトがこんな時間に、こんな場所で、なんの用があるというのだろうか。



まさか、私のような複雑な事情があるとでも言うの?



涼森はそのまま公園を突っ切って川沿いの道へと消えていく。



どんな事情で、どこに行くのかが気になり、ちょっとした好奇心で、後を追うように隠れながら、涼森を尾行した。



彼女は車の通りが少ない横断歩道でも、律儀に、手を挙げて渡った。



川沿いを抜けて、狭苦しい路地を歩き、



とある二階建ての一軒家へ到着した。





涼森の自宅?




涼森は突然立ち止まり、携帯を取り出した。

そのまま携帯電話を耳に当てつけ、彼女は言った。




『 着いたよ、うん…降りてきて 』




涼森が突然後ろをものすごいスピードで振り返った。



私の反射神経は鋭く、電柱に勢いよく身を潜めることに成功した。



『うん、大丈夫。誰もいないから、今降りてきても、平気』



安堵の溜息をついた。良かった…、バレてない。



涼森は何かを恐れているかのように背後をちらちらと確認していた。



涼森が通話を切った数分後に、ゆっくりと扉が開かれた。



顔を出した少年の顔立ちにビクリと肩を震わせた。

こんな時間に会いに行くような関係性だったのだろうか。



龍我くんが、なんで涼森と…?



涼森が指示をして龍我くんに物を盗ませていたのは本当だったんだ。



私は何度かその現場を目撃していたが、どうにも信じがたかったのだ。2人の接点や関係性がいまいちピンと来なかったから。



けど、こんな夜遅くに二人は秘密で会っていたなんて。

頭の中で点と点が繋がった気がした。




二人は玄関先で何かを話していた。人がいる場所では話せないような内容なのだろうか。先程から涼森が後ろをチラチラと気にしている。




けれど、この距離からじゃ、あまり会話が聞こえない。



手前にいる涼森の声は、はっきりと聞こえるのに、龍我くんの声はボソボソとしていて聞き取りずらかった。



「…龍我くんも、…神山さんを助けたいと思わないの?」



涼森の問いかけに、耳を疑った。神山くんの事を話している。



「でしょ?…うん、私もそう思うの」






「…私、実は神山さんの… xxxxx が欲しいの。ただそれだけ」





涼森は、寒さでふるえるように両腕を胸元でさすった。



「え…家の中、入ってもいいの?うん、ちょっと寒いし、少しだけお邪魔するね。」



そのまま涼森は、龍我くんの家の中へと消えていく。



さすがの私も、家の中までは入ることが出来なかった。ただ、二人が家の中で何をしているのかだけが気になった。



このまま二人は今日この家に泊まるのだろうか。



もう30分が経過していた。身体はすっかり冷えきり、私もそろそろ帰ろうかと踵を返そうとした時、ちょうど家のドアがパタリと開いた。



龍我くんではなく、涼森だった。先程と同様に、感情の読めない表情をしている。



一体彼女は、30分間も龍我くんの部屋で何をしていたのだろうか。



涼森はそのまま来た道を戻るように、私の隠れている電柱に向かってきた。



彼女が一歩、また一歩と近づく。



まずい、このままでは見つかってしまう。心臓がバクバクする。




涼森がまさに電柱の真横を通過する瞬間、私はすばやく身を屈め、反対側の路地のゴミ収集所へと飛び込んだ。



ガタン。



やばい、やってしまった。フェンスに身体がぶつかり、その衝動で音がした。




足汗がじわりと靴下に滲む。




涼森はものすごい速さで振り向き、音がした私の方に目をやり、「神山さん…?」と呟いていた。



私の容姿は神山くんとは全く違う。性別すらも。



私は意味がわからず、返事をしなかった。



涼森は数秒間、私の方に身体を向けていたが、「気のせいか…」と言ってその後振り返ることなく、来た道をそのまま進み、深夜の暗闇の中へ消えていった。




どういうことなのだろう。涼森は完全に私を見ていた。神山くんと見間違えるなんておかしい。目はどうしてか合わなかった。







──




食卓に並んだ食パンと、目玉焼きはいつもの朝食だった。いつもと変わらない、偽りの家庭。


パンをちぎり、牛乳にたっぷりと浸した食パンの欠片を食べていると、向かいに座った父が、母の目を盗み、テーブルの下で私の足をいやらしく触った。



上から下へとさするように。太ももを少し揉んで、黄ばんだ歯を見せてニヤリと笑った。





気持ちが悪い。



全身の毛が逆立つような不快感。私は足を引き、父から距離を取った。



父は何もなかったかのようにコーヒーを啜っている。母は朝のニュース番組に夢中だった。



「殺人事件だってよ、この近くで」



母がテレビを指さした時、私の手が止まった。口に入れた食パンが喉を上手く通らない。



「昨夜未明、東京都x区の住宅街で殺人事件が発生しました。警察によりますと、高校生の男子生徒が自宅で死亡しているのが発見されました。現在、事件性があるとみて捜査を進めています」





「怖いわねえ…」



テレビの画面に映し出されたのは、見覚えのある二階建ての一軒家だった。

玄関には規制線として黄色いテープが張られ、数人の制服姿の警察官が立っている。



昨日の夜、見た家と同じだ…。



まさか…。

私は食事をやめて、テレビに集中した。



パンの欠片が床に落ちる。



昨夜、涼森が龍我くんの家に入ってから三十分間。そして、透かした顔をして家を出てきた、あの空白の三十分。



時系列も辻褄が合ってしまう。





つまり、涼森が……









龍我くんを昨夜、殺したんだ。



──────────────────────────────────────────





私神山くんのxxxxxが欲しいだけなの───




涼森が、これから何をしようとしているのかが理解したような気がした。




もし、これが本当なら近々涼森は、神山くんの...。




私はゴクリと唾を呑み込んだ。





ずるい…ずるい…ずるい、神山くんだけ。




今すぐ涼森を止めなきゃ、ダメだ。絶対に。

涼森と神山を近づけてはならない。



身体中が叫び出しそうなほど、私にそう告げていた。



私はコーヒーを呑気に啜っている父を睨みつけた。

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