第11話 x人 の 関係「性」


いつも歩いていた通学路が、やけに遠く感じる。



これから起こる展開を頭の中で一つ一つ想像していく度、自然と足取りが重たくなっていき、歩く速度が普段よりもゆったりとしていた。




それでも涼森さんは僕の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。


......。


いや、今のは比喩的な意味ではなかった。僕が右足を出した同じタイミングに涼森さんも右足を前に出していた。左足もだ。



つまり、涼森さんは僕の歩調を合わせて歩いていているのだ。

傍から見れば下校中、男女が二人三脚をしているような、不思議な光景。




今まさに、犬の散歩をしている女性が僕たちのことを横目で見た気がした。



自意識過剰じゃない...。絶対僕らを見てた。

おかしな奴がいるなって視線を今僕たちは浴びさせられたのに、涼森さんは全く気づいていない。




試しに、歩く速度を少し早めにして足のリズムを乱そうとしてみるが、それも失敗。



残念そうにする僕を見て、涼森さんは「ふふ」と楽しそうに笑った。




やっぱり彼女はわざとやっていたのだ。


何が楽しいんだよ...。内心そう思ったが、満足そうにしている涼森さんを前に、そんな事は言えなかった。



黙って僕は、道端の空き缶を蹴っ飛ばす。




────カツンッ ゴンッ




空き缶がマンホールの蓋に命中し、その音に、ビクッとした涼森さんを見れて、気分が晴れた。







そのまま僕たちは会話のないまま、通学路をただひたすらに歩いた。





そんな中、涼森さんが僕に尋ねた。





「そういえば、龍我くんにあの時、何をされたのか聞きたかったんだよね?」




僕がいつ切り出そうか悩んでいた末に、涼森さんからあの話を切り出してくれた。



さっきまでのふざけた空気が一気に真剣モードに切り替わる。




「うん、この前あんまよく聞こえなかったから、もう一度だけ教えて欲しい」




僕の言葉に、涼森さんは急に眉を寄せて、ムッと頬を膨らませた。



なぜ、涼森さんが怒っているのか理解が出来ず、「どうしたの?」と、聞くと涼森さんは捲し立てるように言った。



「あまりよく聞こえなかったのに守るなんて適当なこと、言ったの?」



あからさまに涼森さんは僕に対して苛立っていた。


涼森さんにとって、「守る」という言葉がどれほど重要だったか。

その言葉は、涼森さんの歪んだ愛を認めた決定的な言葉だったのだろう。



昨日の光景を思い出す。



確かに、昨日...身勝手にも、脳内で都合のいいように解釈し、いい加減な発言をしてしまっていた。



僕は、慌てて弁解をする。



「あ、いや⋯そういう訳じゃないんだ、涼森さん。

結果論って言う言葉があるでしょ?何はともあれ、龍我に何をされたのか教えてくれれば、僕はそれでいいんだ。大丈夫、結果的には涼森さんを守ることには、変わりないから」




言葉を慎重に選び、涼森さんの機嫌を取りながら、本題へと戻す。



これは極めて重要な確認だ。



涼森さんの今までの仕打ちが、オセロのように全て白に切り替わる重要な、確認。






「だからね、神山さん⋯私はあの時、」









冬風が「ヒュー」と音をたてる。涼森さんの髪がパラパラと踊るように宙を舞っている。

そして、彼女はあの言葉を再び、言った。







「龍我くんに、レイプされてるって言ったの」




─────( 龍我くんにxxxされてるの )



脳内がかつて受け入れてくれなかった言葉。



今は、充分に僕の耳に届いた。




聞き間違えなんかじゃない。思わず鼻で笑ってしまいそうな言葉。





いや、想像以上に驚きはしていない。きっと、彼女はそう言うんだろうなって予想をしていたのだから。




胸の中心を手でゆっくりと撫でた。そして威勢を正して正面に向かって力強く言った。





「嘘だよね?それ」




「⋯どういう事?」





「嘘をついてるよ、涼森さん。

なんでもするって言った割には僕に平気で嘘をつくんだね」





涼森さんは、冬なのにも関わらず額に嫌な汗を滲ませていた。





「具体的に、どこが嘘なの?」





「龍我が、涼森さんに性的なことを涼森さんにするのは絶対にありえないよ」





「なんでそう言い切れるの...。神山さんもあの時見たでしょ?路地裏で、龍我くんが私にふしだらなことをしてきたところ」



僕が強く言い切ったのは、僕自身の目で見た確信があったからだ。


涼森さんは僕にあの光景を見せるためにわざとやっていたんだ。



あの路地裏で、涼森さんの胸を触っていた龍我は、股間がずっと───勃起していなかった。






一瞬、言い淀んだが、彼女の嘘を暴くためには、真実を伝えねばならない。

息を吸って、龍我が語った真実を涼森さんに言い放った。





「龍我が、僕に告白をしてきたんだよ」





「冗談⋯?」




「冗談なんかじゃない。理科の授業の時、忘れ物を取りに教室へ戻った時に偶然、龍我が僕の机を漁っていたんだ。僕の私物を盗むためにね」



「その時、僕の机を漁っている理由を聞いたら龍我は答えなかった。けど、僕に向かってこう言ったんだ」



「…そんな」涼森さんは、予想もしていなかった展開に驚いている。足が一本後ずさった。



彼女は全身で、この先の言葉を拒絶している。

辛いだろうに..。路地裏で僕に見せたあの光景も、僕の私物を盗んだ作戦も全て今、計画は失敗に終わったんだ。




「やめて!神山くん!!聞きたくない…それ以上は、聞きたくないよ」




そのまま涼森さんはその場に崩れるように、倒れ込み、耳を自ら塞いでいた。



でも、僕は追い討ちのように、彼女の耳の隙間に向かって続ける。




「直樹が好きって龍我は、あの時言っていた」





耳を塞いでいた涼森さんだが、顔が随分とひきつっている。






「涼森さん、君が龍我に頼んでものを盗ませて、あたかも何も知らないことを装い、僕に物を貸して、涼森さんは何がしたいの?」




僕が全てを問い詰めると、涼森さんはやっと、耳を塞いだ手を下に落とした。











彼女は、何かを考え込んでいる仕草を取り始めた。

顎に手を添えて、相変わらず視線は俯いている。



涼森さん...もう君に逃げ道はない。



どんな言い訳を言うのか、ジッと待っていた頃。観念したかのような情けない声で、涼森さんは言った。




「…うん、そう…。私が、龍我くんに神山くんの私物を盗すんでってお願いしたの。私、神山さんのこと好きだから

神山さんに近づきたくて、だから平然を装って物を貸したの。私を必要として欲しくて」




淡々とした口調だった。



やけにあっさりとした自白に、僕は不覚にも拍子抜けした。



龍我が僕に好意を寄せていたことは、普段の教室で向けられている、僕をうっとりと見つめている視線から感じ取っていた。

その上、理科の教師の巨乳の胸が好きとかいいながら、授業中...僕ばっかりを見ていた。




けど、涼森さんが僕を好きだという感情は、龍我とは別の物のように感じた。まだ何か裏があるような...ほかの目的があるような気がしてならない。涼森さんのあっさりとした物言いがどうにも腑に落ちない。





「でも、僕は涼森さんを好きにならないよ」





僕の一蹴に、涼森さんの表情は微動だにしなかった。




「それでもいい。神山さんに必要とされるなら…。現に神山さんは何度も私を必要とした。神山さんに都合のいいように使われても私は構わない」




鞄をギュッと握りしめた。凛とした目つき。本気の眼差しだ。




「都合のいいようにか…」




しばらく、頭の中で『都合のいいように』と言う言葉を反復していた。




─────(現に神山さんは私を必要とした)



──────────(神山さんが好きだから)



───────────(都合のいいように使ってくれても構わない)


─────────────────────



彼女がよく言っている、何でもするって... 結局その「何でも」とは、どこまでが可能なのか。



万引きをして来いと命令をしたらその通りに万引きをするのか。

ヤらせてと言ったらヤらせてくれるのか。

殺してと言った人を殺してくれるのか。




僕はその一線を試したいという気持ちが一気に込み上げてきた。





「じゃあ、涼森さん、僕が殺して欲しい相手を言ったら、その人を…殺すの?」





僕の突飛な発言に、涼森さんは顎に力を入れて、顔を上げた。



「それなら明日、龍我を殺してみてよ」




「どうして龍我くん?」





「僕に好意を寄せているのが気持ち悪いから。教室で向けてくるあの視線にムカつくから」





突然、地べたにお尻をついていた涼森さんが立ち上がった。表情が先程より、強ばっていて、思わずすくみ上がるほどの威圧を感じさせられた。




「神山さんは、私が本当に人を殺すのか試そうとして龍我くんの名前を言っただけ。本当は龍我くんを心の底から死んで欲しいなんて思っていないでしょ?」



その言葉が耳に突き刺さった。全てを見透かされている気がしたのだ。



「私は本気」と涼森さんは言った。声に力がこもっていて嘘には聞こえない物言い。



僕は、口の中に溜まっていた滑らかな唾液をゴクリと飲み込んだ。






───本当に殺したい人。死んで欲しい人間。





頭の中でははっきりと人物像が描かれていた。普通の家庭ならありえない、何度も何度も辛い思いをした過酷な日々を思い出しアイツの憎たらしい顔が脳内を何度も過ぎった。



『正樹、帰宅時に甲山様の仏壇に挨拶をするのを忘れたな?』


仏壇に挨拶をするのを忘れた僕に、50度の熱湯を浴びさせられた日。



『食べなさい、正樹...。』


夕飯の食卓に並ぶ白米に甲山様の髪の毛を混ぜられ、無理やり食べさせられたあの光景。



なんでこんな宗教に僕たち家族は付き合わされなきゃ、ならないんだ。



死んで欲しい人、死んで欲しい人、死んで欲しい人…殺して欲しい人。




アイツの顔が腐るほど、僕の頭に焼き付いている。





「神山光雄」気づくと僕は、父の名前を口に出していた。



彼女は小さく首を横に傾げた。





「それ神山さんの、お父さん?」









「うん、父親を殺して欲しい」









集点の合わないキラキラとした目で彼女は嬉しそうに、僕の前で笑顔を崩さなかった。





突然、口元を緩めた彼女は、粗雑な手つきで鞄の中を探り、四角い縦長の携帯を取り出した。




青色の携帯に、ストラップにはヤギのマスコットが付いている。


その横にはアルファベットで「mei」と書かれているチャームも付いていた。





...なんで急に、携帯を出し始めたんだ?

僕がそう思った頃、彼女はまだしても理解が追いつかない発言をした。





「神山さん、連絡先交換しよ」



「えっ⋯?」



このタイミングで連絡先を交換する意図が全くわからなかった。

今、父親を殺して欲しいと複雑な宣言をしたばかりなのに、呑気に「連絡先を交換して欲しい」だって?

涼森さんと連絡先を交換なんて、恐ろしいにも程がある。


彼女のことだから、「早く返事して」とか⋯「おやすみ」「おはよう」だとか毎日、息苦しいほどの連絡が来ることが安易に想像できた。





なのに涼森さんは理由も答えず、携帯をギュッと握りしめ、僕が携帯を出すのをただ待っていた。



その無言の圧力に、急かされているような気がして、僕もポケットから携帯を取り出す。



「貸して、やってあげる」と言って涼森さんは、2台の携帯を操作しだした。



手渡された僕の画面には、「丸山」と見知らぬ人物の名前が登録されていた。


下の名前も涼森さんの本名じゃない。彼女の名前は「明那」で、登録された名前は「智美」となっていた。




「どうして涼森さんの名前じゃないの?」




不審に思った僕は、涼森さんに問いかけた。すると彼女は、一段と嬉しそうにこう言った。



「私の名前にしたら、もしもの時に警察にバレちゃう可能性があるから偽名を使ったの」



警察にバレちゃう。これは、殺人をした時携帯を調べられたら警察にバレてしまうと言うことだろうか。


涼森さんはもうひとつの鞄の中から赤色の携帯を取り出した。




「こっちが私のいつも使ってる携帯で」

「今連絡先を交換したのがこっちの携帯」



青いフィーチャーフォンが、彼女にとって僕の父親を殺すためのツールであることをたった今説明された。



彼女は連絡先交換が済んだその青い携帯を、躊躇なくポケットの中に放り込んだ。



彼女の瞳には、僕の依頼という名の愛を実行する者の確信が満ちていた。



「もし、神山さんのお父さんを始末出来たら、「♡(ハートマーク)」を送るね。けして証拠は残さない」



「出来れば、そのハートマークが送られてきたら、神山さんの方でも、連絡の履歴を削除してくれたら嬉しい」





そして彼女は微笑みながらもう一つの私用の携帯も鞄の奥に詰め込んだ。







「じゃあ、私の家もう着いたから帰るね、神山さん。気をつけて帰って」



「あ…メール届いたら神山さんも「☆」のマーク送っといて。一応、念のため…ね」



「後、私の家少しだけ寄ってく?そっか、今日は急いでるの…。じゃあ、また今度ゆっくり話そ」



「それじゃあ、うん… 神山さん、また明日ね」




「え…いつお父さんを殺すか?それは…秘密。私のメールいつ来るかドキドキして待っててね」

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