第6話 バケツ の × の 水浸し
天井の上のオレンジ色に光る常夜灯をぼんやりと眺めた。
分厚い毛布の中で悶々と今日起こってしまった出来事を整理しようと、あれこれ考えを巡らせてみる。でないと、脳が爆発してしまいそうだった。
涼森さんと龍我。あの二人は恋人同士なのだろうか...。
二人で僕を陥めようと計画をしている可能性が高い。
龍我が僕の私物を盗み、涼森さんが盗んだ私物を僕に貸すといった奇妙な遊びをしているのでは...。
だとしたら、疑問しか浮かばない。
何故、僕がターゲットなのか。
何故、そのような不可解な遊びをしているのか。
あの二人の接点は?
そもそも、席替えをする前は涼森さんとは会話をあまりしたことがなかった。いや、涼森さんは大人しく、誰とも会話をしたことがないような女子だ。
当然、僕も目をつけられるような行動や発言はしていない。
龍我だって、同じクラスだから仕方なく仲良くしているような関係性だ。
考えれば、考えるほど、糸口が絡まるばかりで、わけが分からない。
頭の中であの二人が、路地裏で身体を触りあっていた光景が焼き付いていて、離れない。
涼森さんのワイシャツからちらりと見えた谷間や、龍我の黒色のボクサーパンツが能裏にじわじわと染み込んでいる。
なにか別のことを考えようと、ヘッドフォンを耳に当て、好きな音楽(アニソン)を聞いてみるが、あの二人の顔が無理やりと言っていい程、浮かんできてしまう。
あの光景がトラウマのように脳に直接こびりついていて離れようとしない。
明日、どんな顔で教室のドアを開ければいいのだろうか────
――
「神山。ちょっといいか?」
朝のホームルームが始まる数分前、担任の巴先生に廊下で声をかけられた。
巴先生は、かなり険しい顔をしている。
叱られるような悪いことは、していない。
少なくとも自分ではそう思っている。
客観的に見たらどうかはわからないが。
巴先生は、使われていない教室へ僕を呼び出した。
椅子に座らされ、先生は無言で、床に置かれた青いバケツの底を指差し、僕の目を見つめて問うた。
「どうしたんだ?これ、悪ふざけか?」
理解ができず、バケツの中を探るように除くと、僕の教科書が、濁った水に何冊か沈んでいた。教科書の隅には「神山正樹」と、滲みながらもはっきりと残っている。
「今日の朝、職員室の俺の机の下にあったんだよ」
「.....え」
言葉が完全に詰まった。僕がこんなことをするわけが無い。そもそも、こんなことを自分でする理由も動機も、一切ない。
僕にとってマイナスな行動を自ら行うなんて有り得ない。
よく見ると、水に浸されている教科書は今日の授業の科目だけだった。
1時間目の保健、2時間目の数学、3時間目の家庭科、4時間目の英語、5時間目の社会(歴史)、6時間目の社会(地理)
悪質だ。犯人は今日、僕を授業に参加させる気がないらしい。
しばらく口篭っていると、先生から、深刻そうに訪ねた。
「いじめか?」
逆に何故そう思わなかったのか不思議なほどだ。客観的に見れば、いじめ以外の何物でもない。
恐らく、龍我と涼森さんの仕業だ。
こんな妙な事をしてくるのはあの二人以外に思い当たらない。
昨日の現場を見てしまった今だからこそ、断言ができた。
「多分、そうです」
僕が答えると、先生は吐息混じりの溜息をついた。きっと、自分の受け持つクラスにいじめが発生していたという事実が受け入れられないのかもしれない。
巴先生は特にいじめに対して厳しいタイプだ。
「クラスを良くしていきたい」というスローガンが黒板の上に貼られているくらいだから。
「そうか...。いじめに心当たりがある人は?」
...。
一瞬、僕と先生がいる空き教室に沈黙が流れた。
もし、涼森さんと龍我の名前を言えば、この自称熱血教師は、2人を集めて話し合いの場を作るに違いない。そして僕もその話し合いに無理やり付き合わされる。
「...心当たりは、ありません」
僕は話し合いから逃れるために、嘘をついた。
──────────────────
1時間目の保健の授業。教科書は依然として無い。
僕の机に置かれているのは、筆箱とノートだけ。
僕は悪くない――
自分にそう言い聞かせ、涼森さんにいつものように声をかけた。
「涼森さん。」
「どうしたの?神山さん」
どうしたのって...理由は涼森さんが1番よく知っているくせに。
「何回もごめんね、教科書忘れちゃってさ...」
僕がそう言いかけると涼森さんは申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめんなさい...今日は、ちょっと...貸せない。理由は帰りに話すよ」
涼森さんは何故か小声だった。
教科書を貸せない理由は、僕の教科書がバケツに入れられていたことと、何か関係があり、今日の帰り道に、全てを話してくれるということだろうか。
だが、不幸中の幸いかもしれない。僕の席は1番後ろの隅。先生に教科書が机にないことがバレない。
僕は机の上に置かれた丸い消しゴムを、ひたすらに、机へ押し付けて、ケシカスをこねた。
白い欠片が積もり、やがて練り消しへと形を変えていく。
これを5時間目の授業まで続ける予定だ。
僕の中で目標ができた。
約、5時間でどれだけ巨大な練り消しが出来るかという馬鹿げた遊びだ。
いや、馬鹿げている遊びをしているのはあの二人だ。
先生が黒板に字を書いている中、僕は、黙々と机の上で白い塊を育てていた。
その横で涼森さんがジッと僕のことを見つめていたが、それを無視して僕は遊びを続けた。
──
帰りの支度を終え、スクールバックを肩にかける。
中身はノートと筆記用具だけだ。バックを持ち上げるといつもより軽いせいか、違和感を感じた。
バックに着いている防犯ブザーが、不詳を知らせるように、際立っていた。
僕が防犯ブザーを見つめていると、前髪を軽く抑えている涼森さんが目の前に立っていた。
「神山くん...昨日はごめんね、今日は一緒に帰れるよね ? 」
あぁ、そうだった。涼森さんと一緒に下校する約束だった。
すっかり忘れていた。他のことに気を取られていると目の前のことが見れなくなってしまうのは僕の悪い癖だった。
「うん、帰ろっか」
でも好都合だ。昨日の事を柔らかく探ってみるには大変都合がいい。
それに、水浸しとなった教科書のことも何かわかるかもしれない。
校舎を後にした僕と涼森さんは、川沿いの道を歩き、他愛のない会話を交わした。
「どうして、帰ろうって昨日誘ってくれたの?」
涼森さんが、ふと尋ねた。
「いや、大した理由じゃないんだけど...理科の時、実験材料貸してくれたりさ、ほら...今僕が着ている制服だって、涼森さんが貸してくれたやつだろ?お礼をちゃんと言いたいと思ってさ」
涼森さんは少し歩くのが遅く、僕もそれに合わせて足並みを揃えた。
「そんなの、大したことないよ。クラスメイトとして当然なことをしただけだよ」
「そうかな?普通そこまでする?」
「うん。少なくとも私はそうするかな。いい事をしたらそれは返ってくるでしょ?ほら、今だって──神山さんが一緒に帰ってくれている」
「こんな、お礼でいいの?」
「うん。私はそれが嬉しいと思うし。私、一緒に帰ろうって誘って貰ったこと無かったから...」
胸にチクリと何かが刺さった。昨日の路地裏の映像が頭の中で再生されたのだ。
今しかない。今だ。昨日のことを聞いてしまおう。
「ところで涼森さん」
「なに?」
「龍我と最近なにか、あった?」
そこで急に、涼森さんがピタリと止まった。
沈黙が川面を覆うように広がる。
「もしかして、昨日の見てた ? 」
涼森さんのストレートな物言いに、口があんぐりと開く。そうだよ。僕は昨日の光景をバッチリ見ていたさ。
「うん...ごめん。偶然2人を見つけちゃってさ」
「......そっか」
「えっと、もしかして龍我と付き合ってるの?」
涼森さんは顔をハッと上げて首を大きく横に振った。
「ち、違うの...あれは......」
言葉を詰まらせたが、涼森さんは続けた。
「実はね...」
「うん...」
僕は涼森さんに耳を傾けた。彼女の言葉がよく聞こえるように。
「私…龍我くんに無理やり… xxxされてるの」
───いま、彼女なんて言った?
「ごめん、聞き取れなかった。もう1回言って?龍我に無理やり何をされてるの?」
「だから…無理やり xxx されているの 」
涼森さんは、はっきりと喋っていた。なのに肝心な部分が聞き取りずらく、耳に届かない。
いや、…僕の耳がそれを拒んで脳にまでその言葉が行き渡っていなかったのかもしれない。
「 xxx 」。その言葉は僕の身体は拒否していた。
「そうなんだ、大変だったね…龍我、酷いな…最低だ」
「でしょ…?私はやめてって何度も言ったんだけどね...龍我くんが無理やりだったから…。」
「龍我本当に最低なヤツだ。良ければ僕が涼森さんを守ってあげるよ、日頃お世話になってるしさ」
その瞬間、涼森さんの表情がかつてないほどに輝きに満ち溢れた。
「え…ほ、本当に?」
「本当だよ。龍我は最低なヤツだ。関わらない方がいい」
「神山さんなら、そう言ってくれるって思ってた…じゃあ、明日から私の事…守ってくれる?」
「もちろんだよ。具体的にどう守ればいい?」
「それは…ね」
涼森さんは手を後ろにやり、恥じらうように、腰をモジモジとくねらせた。
上目遣いで僕の瞳をジッと見つめている。
夕焼けが涼森さんの瞳を移し、それが反射してキラキラと輝いていた。
涼森さんの唾液を飲み込む音が聞こえるくらい、辺りはやけに静かだった。
「涼森さん、勿体ぶらないでよ、言ってみ?僕に出来ることなら何でもするよ」
僕の言葉を受け入れたように、やっと涼森さんは口を開いた。彼女の表情はどこか楽しそうだった。
「 私が1人の時に限って、龍我くんはそういった事をしてくるの…だから出来れば教室では1人になりたくないの…神山さん…だからね…」
──────
──────
「
だから … 今みたいに帰り道は毎日一緒に下校してほしい 出来れば朝 登校する時も一緒に登校してくれると心強いかも 神山さんとお弁当も一緒に食べたいし でも教室には人が沢山いるから出来ればトイレとかでお弁当なら 誰も来ないかなって...でもトイレが嫌なら別の場所で食べる?例えば今日神山さんが先生に呼び出されていた空き教室とか...あそこなら人目がないと思うの それと私たちの学校って月に1回いじめアンケートってやつやるでしょ その時二人で一緒に龍我くんの名前書かない?大丈夫 匿名だからバレないと思う あと体育の授業でペアになって二人で組体操をしたりすること多いと思うんだけどその時は私とペアになってくれると嬉しいかも私いつも見学だし...体育の授業に参加するってなった時に誰もペアになってくれなかったら寂しいから神山さんがペアになってくれたらとっても頼もしいな...ほら私あまり体育の授業受けてないでしょ? 理科や英語や社会のグループワークの時もグループ組む時は絶対二人でグループ組みたい...私一人で喋るの苦手なんだけど神山さんは唯一喋りやすい人間だからグループワークは二人っきりがいいの 休み時間も神山さんと一緒にいてもいい?実は休み時間も龍我くんが私を呼び出して XXX してくる時があるの...だから神山さんに守ってもらいたくて...でもトイレに行きたくなったりしたらいつでも言って 神山さんがおしっこをしている間はずっと後ろ向いてるから もちろん音も聞かないように耳も塞いどくよ それと毎日教科書は私が貸してあげようか...?もし龍我くんに借りたりしたら多分見返りを求められると思うの彼はそう言う人だから 教科書に限らず神山さんが忘れ物した時はなんでも貸すよだから全然遠慮せずにいつでも言って でもその代わり私が忘れ物しちゃった時は貸してくれると嬉しい 委員会も同じ係になれたらとっても心強いな でも放送委員だと龍我くんがいるから絶対ダメね...放送室で XXX されたら本当に迷惑だから 別の委員会...例えば図書委員会とか...神山さんよく本を借りに図書室来るでしょ?委員会を図書委員会にすれば直ぐに本を借りれると思うの 本を返却する時も図書委員会に入ればスムーズに返却出来るし一石二鳥だよね 神山さんが居残り補習を受けている間 私も居残り補習ってやつ受けてみようかな でもそうならない為にも一緒にお互いの家でテスト勉強会しましょ これから龍我くんが私に近づいたら必ず神山さんの元に逃げてもいいかな 私たち出席番号が遠いから日直被らないだろうしお互い日直の日は朝早く一緒に登校しよ その日の夜は同じ時間に寝た方がいいかも...朝起きるの大変だから起きたら「おはよう」って連絡してくれればお互い分かりやすいよね 夜も寝る時「おやすみ」って連絡してもらえれば同じ時間に寝れて起きる時間もピッタリだから日直を遅刻することはないよねでももし遅刻しちゃってどっちかが先生に怒られるってなった時は一緒に叱られよう そういえばそろそろ秋の運動会の時期だし 私たち陰と陽で言うと陰の方だと思うの だから秋の運動会の係は 借り物競争の借り物を作る係にしない? あ でも 係だと借り物競争出場は難しいみたい 借り物競争神山さん得意なんじゃない? あれ 違った...? 違うのごめんね 今のは皮肉じゃないの いつでも私に借りたいものがあったら言ってね なんでも貸すから 放課後もどこかに遊びに行かない? 例えばアイスクリーム屋さんとか 今日は定休日だけど火曜日以外だったら営業してると思う さっき神山くんお礼は要らないって言ってたけど私がアイスクリーム奢ってあげようか...?守ってくれる代わりに私なんでもする でも今冬だからアイスは夏の方がいいよねアイスクリームって冷たいし でもなんでも奢るからいつでも言って 実は私ね家庭環境があまり良くなくてお母さんが居ないの だからお金お父さんの通帳から度々下ろしてるんだけどお父さん全然気づいてないみたいだしお金に困ったらいつでも言って 確か神山さんの部活って剣道部だよね私も剣道部入ってみようかな…でも私運動神経なくて剣道はできる自信が無いから...剣道部のマネージャーになら私でも出来るかも明日入部届け出しに行ってみようかな 私にも出来るかな
」
「 入部届出す時も一緒に行ってくれる?教室に一人でいると龍我くんが怖いの... 」
「 あれ... 」
「 神山さんどうかした ...? 顔の色が青くなってるかも...。 」
「 体調...悪い ? 私の家 ここから近いから、良ければ どう かな 。 」
「え.....神山さん......」
「 どうして 防犯ブ ザー鳴らすの...
近所迷惑かも...... 音、止めて 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます