番外編3『先祖の日記:最初の囁き』

(※地下書庫で見つかった、エリアーナの先祖の手記の抜粋)


 第九月、十三日。

 村に、美しい巡礼者の女が現れた。名を、アネーラと名乗った。彼女が泉の水を飲むと、水が輝き、病人が癒えた。村人たちは彼女を聖女と呼び、歓喜した。私も、神の奇跡だと信じた。


 第十月、二日。

 村の様子がおかしい。誰も働かず、朝から晩までアネーラを讃える歌を歌っている。子供たちまで、虚ろな目で同じ歌を口ずさんでいる。教会にも、誰も来なくなった。皆、アネーラこそが唯一の神だと言う。


 第十月、十五日。

 恐ろしいものを見た。村の若者がアネーラの御前で、笑いながら自分の腕をナイフで切り裂いた。「この痛みは、聖女様への愛の証です」と、恍惚として言う。アネーラは、それを慈愛に満ちた笑みで見ていた。狂っている。この村は、もう駄目だ。


 第十一月、一日。

 夜、アネーラの部屋を覗いてしまった。見てはならないものを、見てしまった。

 彼女は一人ではなかった。その背中に、黒い影のような何かがまとわりついていた。それは、いくつもの目がついた触手のようなもので、アネーラの体と繋がっていた。そして、それは囁いていた。村人たちの信仰は美味か、もっと愛を集めよ、もっと魂を捧げさせよ、と。アネーラは、それに「はい、我が主」と答えていた。

 あれは聖女などではない。あれは人ではない。あれは、『囁きの花嫁』。古文書にあった、人を喰らう化け物だ。


 第十一月、十日。

 妻と子を、密かに村から逃がした。私は残る。このヴァロワの血が、この穢れを呼び寄せたのなら、私がここで食い止めなければならない。この手記が、未来の誰かの手に渡ることを信じて。もし、再び『囁きの花嫁』が現れた時のために。

 どうか、この過ちを繰り返さないでくれ。

 あれの囁きに、耳を貸してはならない。

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