第17話 料理人、商業ギルド会員になる

 町の中は人で溢れかえっており、思ったよりも住んでいる人が多そうだ。

 それに――。


「冒険者ってこんなに多いものなのか?」


 鎧を着た人、剣や杖を持った人を町の中でチラホラ見かけた。


「職業として一般的だからな」


 珍しい職業かと思ったが、ギルドの一つと言われているだけのことはある。


「ここが商業ギルドだ」


 貨幣のような絵が描かれた看板の前でゼルフは立ち止まった。

 明らかに金稼ぎを主としている感じが伝わってくる。

 扉を開けて中に入ると、どことなく役所のような雰囲気を感じた。

 カウンターの後ろでは職員と思われる人がバタバタと走り回っているし、列に並んで待っている人もいる。


「登録するのにお金と試験が必要になるけど、ハルトなら大丈夫だ」


 そう言って、ゼルフは商業ギルドの外に出ようとしていた。


「一緒に登録するだろ?」

「いや、俺は――」

「どこかに所属しているのか?」


 どこかのギルドに所属していたら、別のところに登録させるのは悪いだろう。

 剣が使えるから冒険者ギルドの可能性もありそうだが、それなら門番に声をかけられた時にギルドカードを無くしたと言えばいいはず……。


「所属していないなら一緒に商業ギルドの会員だな!」


 ゼルフが逃げないように手をがっちりと掴み引っ張っていく。

 ため息をついているが、俺の押しに負けたのか黙って付いてきた。


『オイラも会員になるぞ!』


 白玉も一緒に会員になるつもりだろうか……。


「さすがに無理じゃないか……?」

『クゥ……エ……』

「まぁ、聞いてみるね」


 露骨に落ち込んでペタペタと音を立てながら、ゆっくりと付いてきた。

 しばらく列に並んでいると、順番が回ってきた。


「ご用件は何でしょうか?」

「商業ギルドに登録したいんですが、俺たちとコイツはさすがに無理ですよね……」


 白玉を持ち上げて、職員に見せる。

 一生懸命アピールしているのか、羽を広げて目をキラキラとさせて職員を見つめていた。


「あっ……さすがにペットは無理ですね……」

『クゥ……クゥエエエエエ!』


 会員になれないことがわかり、ショックのあまり顔を体の中に埋もれさせて丸まってしまった。

 本当に大きな白玉にそっくりだ。


「登録には一人3000ルピと簡単なテストを受けてもらいますね」


 そう言って女性は丸い水晶のようなものを取り出した。


「ここに手を置いて、頭に浮かんだものを心の中で答えてください」


 よくわからないまま俺は目の前に置かれた水晶に手を触れて目を閉じる。


(名前は?)

(ハルトです)

(ではテストを行う)


 どうやら水晶から問題が出されるらしい。


(りんごを1個100ルピで仕入れました。1個120ルピで売ると、1個あたりの利益はいくらになりますか?)


 聞こえてきたのは利益を計算する普通の計算問題だった。


(20ルピ)


 心の中で答えると、水晶は薄く輝き出したのが目を閉じていてもわかった。


(ニョッキーを1個80ルピ、10個まとめて仕入れました。全部でいくらかかりますか?)

(800ルピ)


 また答えると、さらに光が強くなる。

 それにしてもニョッキーが何か気になってきた。

 たけのこみたいな食べ物だろうか。


(ジュースをいつも150ルピで売っています。今日は20%引きにしました。いくらで売ることになりますか?)

(120ルピ)


「うおおおおお!」

「あいつ何者だ!」


 なぜか周囲が騒がしくなってきたが、問題はまだまだ続くようだ。


(1個あたりの仕入れ値が50ルピの商品を100個仕入れました。80個を100ルピで売り、20個は売れ残りました。全体の利益はいくらですか?)


 おっ、なんか急に難しくなった気がする。

 50ルピを100個で5000ルピ。

 売り上げは80個だから8000ルピになる。

 売り上げから仕入れの合計を引くから……。


(3000ルピ)


「今すぐにうちで雇うぞ!」

「いや、俺のところに連れていく!」


 聞こえてくる声がうるさくて、頭に浮かぶ文字が計算しにくかったが、目を閉じていても感じる水晶の眩しさが正解を物語っていた。


「目を開けてください」


 職員の声に俺は目を開ける。


「うわっ!?」


 気づいた時には俺たちは商業ギルドにいた人たちに囲まれていた。

 何かあったのだろうか……?


「あのー、これで問題ないですか……?」

「ハルトさん、今すぐに商業ギルドで働きませんか?」


 突然、職員の女性が水晶に置いてある俺の手を握ってきた。


「あっ……あののの……」


 今まで恋愛をしてこなかった俺にしたら、急に女性が手を握ってきたらびっくりするのは仕方ない。

 どうしようか戸惑っていると、隣から俺の手を払うやつがいた。


「おい、次は俺だ」


 ゼルフは俺の手を待つとそのまま反対の手で水晶に手を置いた。

 困っていたから助けてくれたのだろう。

 不器用なやつだけど、こういうところは優しいよな。


 ゼルフが問題に答えている間は、やっぱり周囲は静かになる。

 ただ、薄く輝いたと思ったら、すぐに光を失って普通の水晶に戻った。


「なんだ……ツレは普通か」

「そんなに難問をすぐに解けるやつが現れてたまるか」


 周囲の声からして、ゼルフは二問目ぐらいで間違えたのだろう。


「ゼルフって……見た目通りだな」

「そうか……?」


 決して頭が弱いとは言っていないが、脳筋ってやつだろう。

 すぐに餌付けされていたからな。


「それで商業ギルドには登録できますか?」

「はい! 商業ギルドにも登録できますし、職員とも働けますよ!」

「いや……俺はやりたいことがあるので……」


 俺の言葉に職員は寂しそうにしていた。

 どこか心苦しい気もするが、俺はキッチンカーがやりたいからな。

 最悪できなくても、飲食店をやることには変わりない。

 俺たちはギルドカードを受け取ると、ゼルフが俺と白玉を脇に抱えて突然走り出した。


「おい、急にどうしたんだよ!?」

「このままだと逃げられないからな」


 チラッと振り返ると、商業ギルドにいた人たちが追いかけてきていた。

 それも職員ではなく、ほとんどが商業ギルドで順番待ちをしていた人たちだ。


「何であんなに追いかけてくるんだ?」

「はぁー、お前は優秀なギルド会員って認定されたんだぞ?」


 ゼルフの言葉に俺は首を傾げる。

 ただ、問題に答えただけでそこまで優秀だとは思ってもない。


「あの水晶から出される問題は一問答えられるかどうかだ。あれが通らないとギルド会員になれないからな」


 あんなに簡単な問題が他の人は解けないのだろうか。

 小学生で習うような問題だが、この国は教育が遅れているのかもしれない。


「それを全問正解であの速さでクリアするやつは滅多にいない。みんなハルトを雇って楽をしたいんだろう」


 仕入れや売り上げ計算などを俺に任せることで、仕事が楽になるから、優秀な会員は重宝されているらしい。

 どうやら俺は飲食店じゃなくても、働き先には困らないようだ。

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