第3話 料理人、初めての弁当を作る
「助かったのか……?」
よくわからない薬をかけたら、男は静かに息をして眠っている。
「おーい、起きろー!」
俺は顔をペシペシと叩くが反応はない。
せっかくここがどこなのか聞く手がかりを見つけたのに、しばらくは迷子になるらしい。
さっきよりも周囲は暗くなってきたし、車を走らせるのは危険だろう。
「はぁー、体でも拭いてやるか」
特にやることもないため、タオルを洗って血だけを拭くことにした。
どうせこのタオルは捨てるだけだからな。
俺はキッチンカーに戻って水を交換すると、タオルで体を拭いていく。
血を拭いていくと、傷はわずかに残っているが、しっかり筋トレしたような腹筋と合間って似合っていた。
顔も無愛想な見た目をしているが、イケメンだから尚更ムカついてくる。
「あー、起きたら一発腹でも殴ってやろうか」
むしろ命懸けで助けた俺に感謝して欲しいぐらいだ。
「このかさぶたを思いっきり剥がしたら、さぞ痛いんだろうな」
タオルで拭くと、かさぶたがわずかにペラペラと剥がれてくる。
一気に剥がしたい欲を俺は必死に抑える。
「それにポーションって本当に魔法の薬だな。あれがあったら医療なんていらないんじゃないか……。そもそもここはどこなんだよ……」
「くくく……いつまで独り言を言ってるんだ?」
声をする方に目を向けると、薄らと瞼を開けた青い瞳と目が合う。
俺はそのままタオルを顔に投げつけた。
「起きてるなら早く言えよ!」
「いやー、一生懸命拭いていたからな」
さすがに起きている人……いや、男の体を拭くなんて、そんな趣味はない。
かさぶたが少しずつ剥がれてくるのは楽しかったけどな。
「そっちが俺を脱がして楽しそうにしていたじゃないか」
ああ、こういうめんどくさい人に関わるとこっちが疲れてくるな。
社畜の基本は低燃費で生きることだ。
そもそも助けたことが間違いだったな。
俺は立ち上がって、キッチンカーに戻ろうとしたら腕を掴まれた。
「なんだ?」
「助かった」
小さく呟いた声に俺は耳を近づける。
命の恩人に対しての礼にしては、聞こえるかどうかの小ささだ。
「今なんって言ったんだ?」
「くっ……助かったって言ったんだ!」
ムスッとした顔を見て、俺はニヤリと笑う。
これで少しは憂さ晴らしができた気がする。
「それでここはどこなんだ?」
「いや……俺にもさっぱりわからん」
「つっ……使えねー!」
「おい!」
俺は咄嗟に手で口元を塞ぐ。
つい思っていた言葉が出てしまった。
まさか助けた人も迷子だとは誰も思わないだろう。
いや、あれだけ襲われていたら記憶喪失にでもなっているのかもしれない。
「もしかして記憶喪失だったりするのか?」
「いや、記憶はある」
どうやら記憶喪失ではないのが幸いだろう。
ひょっとしたら俺と同じで巻き込まれた可能性もある。
見た目は……コスプレイヤーだしな。
「とりあえず、俺は
「カザマ……ハルト? 貴族出身か?」
「貴族? 設定までしっかりしてるんだな」
まさか貴族と聞かれるとは思いもしなかった。
コスプレイヤーが巻き込まれていたと思ったが、顔立ちと服装から予想して、昔のヨーロッパとかから来たとか……?
「そっちの名前は?」
「俺は……ゼルフだ」
「はぁー」
俺は大きなため息をついた。
設定なのかわからないが、コスプレイヤーより昔のヨーロッパ人の方がしっくりするのは気のせいだろうか。
流石に自己紹介まで演じることはなさそうだし……。
「それでゼルフはどこまで記憶があるんだ?」
「俺は何者かに転移の魔導具を使われて……」
「んっ!? ちょ……ちょっと待った!」
すぐに話を止めて整理する。
俺の考えは当たっていた。
やはりコスプレイヤーではないようだ。
「なんだ? まだ話してないぞ?」
「いや、転移の魔導具ってなんだ?」
「どこかの場所に繋がる魔導具だ」
俺がここにいる原因は、その転移の魔導具が関係しているような気がする。
きっと何かの影響で俺も巻き込まれたのだろう。
むしろそう思っていた方が現実逃避になって、心が安心する。
だって、元々キッチンカーで出店場所を見にきただけだからな。
「お前の――」
俺はキリッと睨むと、ゼルフは咳払いをした。
「ハルトのあれも魔導具だろ?」
ゼルフはキッチンカーに指をさしていた。
キッチンカーがゼルフからしたら、魔導具に見えるのだろう。
確かに大きな機械みたいなものだからな。
「あれでうまい飯が作れるぞ」
「そうやって俺に毒を盛る気だろ?」
ゼルフの言葉に俺は目を細める。
毒を盛る飲食店ってもはや営業停止を超えて、捕まるレベルだぞ。
「ゼルフはいつも何を食べてたんだ?」
「毒の入ったパンやスープ。肉の中にも殺された使用人が混ざった――」
「ストップ!」
毒の入ったパンやスープはまだ予想できた。
ただ、使用人が混ざったミンチとかを食べさせられていたとか聞きたくもない。
さっきまでは無愛想な男にしか見えなかったが、急に可哀想なやつに見えてきた。
「よし、俺が美味いものを食わしてやる!」
「毒は――」
「気になるなら見に来い!」
俺はゼルフの腕を掴みキッチンカーに戻ると、早速何を作るか考える。
材料と調味料はある程度買ってきている。
やっぱり初めて作るのは――。
「チキン南蛮がいいかな!」
あの日……俺がキッチンカーをすると決めた日に食べた思い出の味。
あの店主が最後に作ったお弁当で、俺はキッチンカーで新しい人生を始めたかった。
何を作るか決まれば、すぐに準備をしていく。
俺はすぐにお湯を沸かして、卵を茹でる。
チキン南蛮を作るより、タルタルソースの準備の方が時間がかかるからな。
その間に玉ねぎと隠し味の漬物をみじん切りしていく。
「毒を入れてないか気になるなら、ここで見ていたら良い」
チラチラと覗いていたゼルフに俺は窓を開けて、見えやすいようにする。
どんな生き方をしたかはわからないが、俺の初めての客になるからな。
ゆで卵ができる間に、鶏もも肉にフォークを何回か刺して、全体的に厚みを調整する。
「毒はいれてないぞ? 味を染み込みやすくするためだ」
ゼルフは何度もフォークを刺していたのが、気になったのだろう。
鶏もも肉を溶き卵に通して、小麦粉を両面につけて揚げ焼きをする。
じゅうっと油の弾ける音がキッチンカーに広がっていく。
「これは何をやってるんだ?」
「揚げ焼きをしているんだが……暇なら手伝って!」
俺はボウルにゆで卵、刻んだ玉ねぎと漬物、マヨネーズを入れて、ゼルフに渡す。
「なぜ俺が――」
「ほら、はやく!」
ゼルフは渋々受け取った。
せっかくなら何か手伝わせた方が、安心感も増すだろう。
「これは……どうするんだ?」
「卵を潰すように混ぜといて!」
「なぜ俺がやらないといけないんだ……」
口では文句を言うが、黙々と手は動かしていた。
どうやら手伝ってくれるらしい。
フライパンの上では、衣をまとった鶏肉がこんがりと色づいていく。
香ばしい匂いが立ちのぼり、キッチンカーの外まで匂いが立ち込める。
箸で裏返すと、こんがりとしたきつね色。
焼けた面から湯気が立ち、思わず唾を飲み込む。
「あとはタレをかけて出来上がりだな」
両面を焼き終えたところで火を弱め、用意しておいた南蛮酢をそっと流し入れる。
じゅわ、とひときわ大きな音。
酸味のある香りが一気に立ちのぼり、甘辛い匂いと混ざり合って鼻をくすぐる。
「ゼルフ、タルタルソース頂戴!」
「これのことか?」
少しゆで卵を潰し過ぎているが、これも愛嬌ってところだろう。
皿に盛りつけた鶏肉の上から、タルタルソースをたっぷりとかける。
「ほら、早く食べようぜ!」
俺はチキン南蛮を持って外に出る。
ゴツゴツとした岩に腰掛けると、チキン南蛮が乗った皿とフォークをゼルフ渡す。
ただ、ゼルフは受け取ろうとしない。
「いらないの? 絶対うまいはずなんだけどな」
ゼルフのチキン南蛮を隣に置き、俺は手を合わせた。
「いただきます!」
フォークでチキン南蛮を刺して口に入れる。
「うんまっ!」
甘酢とタルタルソースが口いっぱいに広がって、思わず小さく息が漏れる。
白と金色が溶け合い、湯気を立てるチキン南蛮は、外はカリッと、中はジューシーにできていた。
チラッと隣を見ると、ゼルフは唾を飲み込んでいた。
「毒なんか入れてないから食べてみろよ!」
「おぉ……」
ゼルフはおそるおそるフォークにチキン南蛮を刺していた。
その時、ふとキッチンカーの店主の言葉を思い出す。
「飯を食べる時ぐらい笑えよ!」
いつも休憩中に辛気臭い顔をしていたから言われていたな。
俺はゼルフの頬を掴んでグルグルと回す。
少し驚いた顔をしていたが、ゆっくりとチキン南蛮を口に入れた。
「……うまいな」
「おい、それだけかよ!」
つい突っ込んでしまった。
それでもゼルフにとっては相当美味しかったのだろう。
手は止まることなく、無言のまま完食した。
「どうだ、うまかっただろ?」
「ああ」
相変わらず無愛想なのは変わらない。
ただ、食べる前よりも少しだけゼルフの表情が優しくなったような気がした。
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
【あとがき】
ああ、チキン南蛮が食べたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます