キッチンカーと巡る異世界グルメ~社畜と無愛想貴族、今日も気ままに屋台旅~

k-ing

第一章 キッチンカーで異世界へ

第1話 料理人、異世界に行く

「おい、風間! これで何度目かわかってるのか!」

「いや……それは俺じゃ――」

「文句を言うな! 何度失敗したらわかるんだ!」


 まただ。今日も俺じゃないミスで怒鳴られている。

 なぜ、俺だけこんなにも怒られないといけないのだろうか。

 もう、怒鳴り声の方が昼のBGMになりつつある。


「すみません……」

「わかったなら、とっとと休憩に行け!」

「はい……」


 俺は付けていたエプロンを外して、財布を持って外に出ていく。

 飲食店で働く俺の昼食は、もちろん昼間のピークが過ぎた三時過ぎが当たり前。

 店の中には居たくないからと、いつもオフィスビルに囲まれた中にひっそりとある公園のベンチに腰掛けて休憩時間を過ごす。


「兄ちゃん、今日も辛気臭い顔をしているな」


 キッチンカーの店主がいつものように話しかけてきた。


「ははは……また発注ミスを俺のせいにされちゃいました」


 困ったような顔で笑いかける。

 もう俺のせいにされるのは何回目かも数えていない。

 初めは負けじと言い返していたが、聞き入れてもらえないってわかると、人は自然と抵抗するのも忘れてしまう。

 連勤続きで疲れた頭では判断もできなくなる。


「今月の休みも二回あったかな……ははは」


 正社員が店長と俺の二人だと、アルバイトやパートで働く人がいなければ、自然と休みの日数は限られてくる。

 突然の休みで代理で働くのはいつも俺ばかり。

 あんな店長の下で働きたいと思う人はいないだろう。


「そんな会社辞めちまったらどうだ?」


 辞めたくても、何もない俺が辞めて働けるのだろうか。

 料理人になりたかった俺は調理師免許を取得して、ホテルの厨房で働いていた。

 ただ、実際やっていたのは皿洗いと掃除ばかり。

 ここでも奴隷のように働いていた。

 給料は手取りで10万円以上あれば良い方。

 家賃を払ったら何も残らなかった。

 だから、転職活動をして少しでもお金をもらいながら、別の形で料理人を目指したらこの有様だ。


「辞めたら俺には何も残らないですよ……」


 両親は学生の時に亡くなっているし、付き合っている恋人もいない。

 友達も多い方ではないから、本当に何もなくなるだろう。


「それならキッチンカーいるか?」


 それだけ言って、店主は俺の目の前にお弁当を置いていく。

 震えていた俺の手は一瞬で止まった。

 キッチンカー……!?


「はぁん!?」


 気づいた時にはベンチから立ち上がった。


「ははは、まだ元気があるじゃないか!」


 その様子を見て店主は面白そうに笑っている。


「いやいや、それよりもキッチンカーがどうこうって……」


 俺の言葉に店主は懐かしむような顔でキッチンカーを撫でていた。


「実は病気になっちまってな……。この仕事を引退しようと思ってるんだ」

「俺の唯一の楽しみが……」


 正直、今まで仕事が辛くても、ここの日替わり弁当を食べるのを楽しみに毎日を過ごしていた。

 それが無くなるのは俺としても辛い。

 ただ、店主の見た目も歳を取っているため、病気で引退するのも仕方ないのだろう。


「ってのは嘘なんだけどな!」

「嘘かい!」

「飯は笑った顔で食わないとな!」


 いつも店主が言う口癖だ。

 普通はお弁当を食べて笑顔になって欲しいって聞くけど、さらに美味しく感じるスパイスなんだろう。

 この人はいつも冗談を言って、俺を元気にしてくれていたな。

 俺も自然と笑みが溢れてくる。


 再びベンチに腰掛けると、店主が作ったお弁当の蓋を開ける。

 今日は大きなチキン南蛮にたっぷりとタルタルソースがかかっている俺の大好きな弁当だ。

 本当にいつ食べても美味しいお弁当に疲れた体が癒やされていく。

 チラッと店主を見ると、そそくさとキッチンカーを片付けていた。

 ひょっとしたら、俺が来るのを待っていたのかもしれない。

 そんな都合が良いことを考えながら、食べていると少しは俺の心も元気になってきた。


「それでキッチンカーを譲り受ける気にはなったか?」

「……へっ!?」

「おいおい、俺が最後に作ったチキン南蛮を落とすなよ!」


 まるで生きてるかのように、足の上に転がっていくチキン南蛮。

 まさか本当に移動販売をやめるとは思わないだろう。

 さっきも冗談と聞いたばかりだぞ?


「ははは、冗談なのは病気のことだ。移動販売をやめるのは本当だぞ」

「辞めちゃうのは残念ですね……」


 どうやら元々は定年退職した後に趣味の延長線上で始めたらしい。

 年齢的なこともあってやめることを決断したと言っていた。


「だから、俺の弁当が好きな兄ちゃんに引き継いでもらいたいと思ってな! 中古のキッチンカーだから安くしておくぞ?」


 ニヤニヤと笑いながら店主は俺にキッチンカーを勧めてくる。


「俺、トラックの免許ないですよ?」

「何言ってんだ! このキッチンカーは普通車免許で大丈夫!」


 キッチンカーの車両総重量が3.5トンを超えなければ車の普通免許があれば問題ないらしい。


「それなら問題はないのか……」

「今まで散々話したから、面接もいらないからな」


 店主は企んでいるように歯を見せて笑った。

 俺が話を聞いてもらっていたと思っていたが、まさか面接されていたとは思ってもいなかった。

 調理師免許を持っているから、他に必要なものはないし……。


「あとは兄ちゃんが会社を辞めてくるだけだ!」

「そうですね……。パパッと辞めてきます!」

「それでこそ、俺の知ってる兄ちゃんだ!」


 店主は俺の背中をパチンと叩く。

 これで仕事を辞める理由にもなるだろう。

 俺は残ったチキン南蛮をかき込むと、すぐに店に戻ることにした。

 これで俺の人生は少しでも変わるかもしれない。

 そう思うと楽しくなってきた。


「これで思い残すことはないな……。お前もよかったな」


 チラッと振り返ると、店主は優しそうにキッチンカーを拭いていた。



 数日後、俺は会社を辞めた。

 案の定、店長からの文句は凄かった。

 だが、本社に直接通したことで、有給消化もしっかり取れて、出勤することもなく無事に退職できた。

 病院の診断書と今までの店長の対応を記録して持っていくと良いって、あの店主に言われたけど、本当にその通りに進んだ。


「じゃあ、大事にしてくれよ!」


 俺は店主からキッチンカーを受け取った。

 小さな電気コンロ、狭い調理台、冷蔵庫や冷凍庫、フライヤーまで揃っている。

 値段も市場に出ているよりも格安で、あまりにも機材が揃っているため、本当にこの値段で大丈夫かと俺が心配になったぐらいだ。

 それでも店主は誰かに引き取ってもらえるなら嬉しいと笑っていた。


「ありがとうございます!」


 俺はお礼を伝えて、キッチンカーに乗り込んだ。

 今日から料理人としての俺の小さな店は、このキッチンカーだ。

 幸いなことにすでに出店場所も決まっている。


「さあ、どこに行こうか……よし、まずは買い出しだな!」


 あとは無事にキッチンカーで作れるのか確認するぐらい。

 せっかくだからと、俺はその足で材料を買い揃えてから、出店場所を事前に見に行くことにした。

 実際に客層を見て、売るものを再度調整しないといけないからな。


「おー、気持ちいいな」


 風を切り、街を抜けて目的地までキッチンカーを走らせる。

 公園のベンチで休憩していた頃には想像もできなかった自由感。

 少しの間、世界は俺だけのものになった気がした。


「んー、ナビが古いのか?」


 ただ、ナビに従って向かう場所はどんどんと山奥に入っていく。

 街灯もなく、左右にうっそうと茂る木々が迫ってくる。

 こんな場所で移動販売って……応募した場所が間違っていたのだろうか。


「ま……まあ、ここまで来ちゃったし……」


 ナビの案内は止まらない。

 気づけば、舗装されていた道がいつの間にか土の地面に変わっていた。


「なっ……なんだ!?」


 突然、車の周囲の空気が歪んだ。

 ヘッドライトの先の景色が光を帯び、木々の影が揺れる。

 まだ昼間だったのに、周囲が急に暗くなっていた。


「え……なにこれ……?」


 目を凝らすと、空を巨大な生き物が飛んでいた。

 翼を広げたトカゲのような生物が、月光に照らされて滑るように飛んでいる。


「ちょ、ちょっと待て……ここはどこだ?」


 俺は出店先を見に行くはずが、知らないところに迷い込んだようだ。


✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦

【あとがき】


カクヨム編集長企画、GAウェブ小説コンテストに参加予定。

キッチンカーとの異世界旅が書きたかったのですが……きっとハチャメチャになるでしょう笑


「面白かった!」

「続きが気になる、読みたい!」

と思ったらフォロー、⭐︎評価、レビューをお願いします。


 皆様の評価が執筆の励みになります。

 何卒よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る