短い人生と永い記憶

詩葉 響

白い御手は小さく、それでも守りたかった

荒れ果てた村、田畑は痩せこけ、川は干からび、家屋はいくつかが倒壊している。

そんな村の近くの山中、荒れ果てた神社があった、参道は鳥居が崩れ足の踏み場もなく、崩れた鳥居は仄かに赤かったのだろうが、木々のように茶色く変色していた、が社だけは昔とさして変わらず、そこに建っていた。


このふるびた村には伝承があった、永くも儚い少年の話があった、真実か嘘かは分からない。

これは田畑も、川も、人々もまだ活気があり都も羨んでいた村の時代の話、

とある少年の転機からなる物語である。


その村は"禄福の村"と呼ばれていた、かつてのこの村は田畑の稲は黄金に、川は空のように蒼く、近くで見れば硝子のように澄み渡る。

家屋が立ち並び人々は商売や世間話に花を咲かせていた。

神社は厳かで暖かく、木々の間からさす陽光は参道を照らし、歩く人を照らし、祝福する。境内では定期的に祭儀が執り行われ、収穫祭はもちろん、祝事にも人が集まる場所だった。


そんな村に数少ない、村の外から来た少年が居た、税が高く暮らせないと夜逃げをした結果両親は囮に、それから1年、所在は知れず少年はこの村で暮らしていた。

村は裕福ではあったが外部からの人を受け入れなかった、人を増やしすぎ村の中でのトラブルを避けるためである、だが少年の事情を聞き特例として受け入れたのだ。

特例だったのはその姿でもあった。陽光がさした雪のように白い髪、絹のような肌、細く容易く倒れてしまう枝のような華奢な身体。

村の人々は信仰心が深く、その神々しさから現人神では、とはやし立てられた。


受け入れてもらって以来、村で献身的に働く彼は村人たちと打ち解け始め、祭儀にも参加するようになった。

「お〜今日も早いな〜」

少年は声の方向に向かう、黄金色の田んぼの中、声の主と会う

「おはようございます、源三(げんざん)おじさん」

おじさんは田畑の管理者だ、村全体の収穫量の記録や、作物、畑の管理、それらの責任者を任せられている。

「そうだ、今日昼間に時間貰えるか?相談したいことがあってな」

「わかりました、では後ほど伺いますね」

軽く会釈をし、用事のある場所へと向かう。

参道を歩き境内へと向かう、その日は村の祭儀に関わることだったのだ、"昇華の儀式"と言われていた、

近々行われる収穫祭、その準備だ。

「おはようございます、橘さん」

現神主の橘さんは、祭儀を取り締まっている方だ

「助かります、前回も手伝って頂きましたが、ことが円滑に進むので今回もお願いします」

「任せてください、力仕事は苦手ですがこういうことなら得意ですから」

少年は力仕事こそ苦手だったが、頭が回る上に、人当たりもよく聞き上手な点があった、故に管理や記録、発案などに尽力し村に貢献していた。


「こちらが今回の供物の野菜です、それぞれ田畑を持つ家から出来のいい野菜を貰ってきています、こちらはお神酒です、これは村で1軒しかないので、そこより貰ってきました、今年に作った中でも特に出来がいいものだそうです」

「どれも良いものですね、みずみずしく色も鮮やかです、お神酒に関しましても、透き通っており香り高く。確かに頂きました、準備はこちらで行います、ひとまずこちらは蔵で保存させていただきます、ありがとうございました」


そうして少年は野菜と酒を届け終え、参道を下る。

「おはよう、今日も手伝いご苦労さん、後でうちにも寄ってくれ、小夜も待ってるから」

道中近所の平助(へいすけ)おじさんの奥さんと軽く話をする、あの家は数ある畑のなかでも特に大きく野菜の質もいい、供え物は勿論、よく少年に差し入れもくれるほんとに気のいい家族であった。

小夜とはその家の一人娘で、少年がまだ村に馴染めずにいた時、よく話をしてくれていた子である。

少年はそんな彼女に尊敬の念を抱いていた、忖度なく話してくれる優しさある彼女に。

小夜は最初こそ哀れみで相手をしていた、が話すうちに少年の優しさや知識、そういったものに惹かれていった。

片思いではあるものの、互いに特別な感情を持っているこの2人、村人もよくからかいながらも暖かく見守っていた。


参道を降り水田の横のあぜ道をしばらく歩き源三おじさんの家を尋ねる、

どうやら先日の大雨により水田の水が許容量をこしてしまったらしい、

「少し手間ですが溝を川までほって排水しましょう、その後で稲に着いた泥を流すために貯水地の水を一部流せばひとまず元に戻ると思います、収穫時期自体に支障はないと思います」

方針と、解放する水の量、それらを伝えると安堵したようにおじさんは胸をなでおろしお茶を出す、相談があるらしい

「息子が北の村へ行って武士になると聞かないんだ、都と北の村と中立ながらも繋がりが強いこの村だ、毎年何人かは都へ、何人かは北の村へ行くんだが、武士になって帰ってきた者は少なく、やめおけと言うんだが聞かなくてな、わしはどうすれば良いのか」

確かに武士となって帰ってきた者は少なく、基本反対を押し切って都へ出る。毎年何人かは訃報となってこの村へ帰ってくる、豊かな村でも死人は出るし、戦地に行くのだから当然だ、ただそこに行くのは人を守り、秩序や、

しいてはこの村の安寧を守る重要な役職だ

「素直に応援とは難しいですね、ですが彼が武士になって救えるものもいるでしょう、あなたが田畑を耕し食べ物を作り、ここに生きるものたちの腹を満たす、息子さんも人の役に立つことを目指しているのでしょう、もちろん賭けるものは違いますが、ですが彼の役職はこの村を守ることにも繋がる。全ての役職は人の命に関わる、そこに差異はありません、彼の進む道を決めるのはやはり彼しかいません、他人ができる人の道への干渉は帰り道の舗装や、彼の道を知ること、そうすればいつでも戻ってこれますしそこからその人が別の道も探せます」

信じてあげましょう、そういい少年は軽くほほ笑みかける。

「そう、か、そうだな、ありがとなおかげで少し応援してやろうと思えたよ、今度都に出る前に息子にあってやってくれ、きっと喜ぶ」

もちろんと頷きお茶を飲み、軽い世間話をして少年は家を後にした、


真昼、少年は言われていた通り平助おじさんの家を尋ねる

「あらいらっしゃい、ほんとに来てくれるなんて嬉しいね〜」

「約束しましたので、平助おじさんはいますか?供え物の件届けておいたと一応言っておきたかったのですが」

奥さんは目を見開いたかと思うと笑いながらもはぁと溜息をつき、

「後で私から話しておくよ、小夜は座敷にいるよ、上がってきな昼餉も食べていないんだろ?」

そう言われ思い出したかのように腹を鳴らす少年、笑う奥さんに照れながらもお邪魔しますといい座敷に上がる。

「あっ、いつの間にいらっしゃたのですか!?」

顔が紅潮し慌ててこちらに向かってくる小夜、つまずき倒れそうになるのを少年は優しく受け止める。

「慌てずに、今しがた来たばかりです、参道で朝奥さんと会いまして」

そうでしたかと手で顔を仰ぎし小夜は再び畳に正座し筆を取る、書き物の練習をしていたようだ。

「この村では数少ない字をかける方ですからね小夜さんは、さすがきれいな字です」

そう純粋な気持ちで褒める少年の近づく顔を見て、再び顔に熱がこもる小夜、筆が乱れる。

「少し休憩しましょうか、お茶貰ってきますね」

そういい席を立つ少年、それを見て、ふ〜、と籠った熱を逃がすように息を吐き再び手で顔を仰ぐ小夜、熱は消えるも正座する足や胸の鼓動は治まらず、先程近づいた彼の声、息遣いがかすかに思い出される

お茶を貰い小夜に差し出す、縁側に座り世間話をしながら空を見る少年の瞳は青い空を映し、小夜の瞳には少年の瞳と、その先にある空を見つめていた。少年の瞳に小夜が映る、慌てて目を逸らし目の前の稲穂を見る。

小夜はふと歌でも詠みましょうかと提案する、少年はあまり得意ではありませんがといいながら考え始める。

「"夢の中 降りし雪溶け 色づきぬ"」

程なくして小夜はこう歌を詠んだ

「いい歌ですね」

少年は目を閉じ、それを噛み締めるように聞いていた、その様子を見て小夜はつぶやく

(本当は君想うがいいのですが)

仄かに頬に赤みがさす。

「"黄金の田 里人ぞなれ 久しくあれ"」

少年は目の前の水田、通りゆく人々を見渡しそう詠んだ。小夜は小さく笑う

「貴方らしいですね」

詠み終わると、昼餉の握り飯を持ってきた奥さんは、まぁまぁと笑いながらお邪魔しました〜と盆と握り飯を置いて去る。

昼餉を食べて終わり書き物の練習を共に始める少年と小夜、しばらくしてふと、小夜が口を開く

「明日の収穫祭、一緒に行きませんか?」

明日は収穫祭がある、前回は準備で忙しく少年は行けなかったが

「今回は用事もありませんし、わかりました、楽しみですね明日の収穫祭」

少年はそう返す、それを聞いた小夜は満面の笑顔を浮かべ、はい、と返事をした。


翌日、収穫祭に行くために小夜の家へ赴く、少しおめかししていた小夜の姿を見て思わず見惚れる少年の頬にも、目の前に立つ少年にどう反応してもらえるか考えていた小夜の頬にも、茜が差す。


昼時、収穫祭の時間、参道や境内にも人が集まる、二人は参道を歩きながら境内へと向かう、長い参道の中、小夜の手は幾度か少年の手に伸びる、がその度に自身の反対の手に戻る、そんなことを繰り返していると、

「あ、水飴が売ってますね、行きましょう」

少年に手を引かれ、驚きついて行く、こんなにも簡単に手を繋ぎ、焦れていた自分が馬鹿らしくなった小夜は、笑いながらついて行く。

その後も古着や、面を着けた人の芸など祭りを楽しみ、最後境内へといき豊穣を祈る。


収穫祭も終わり、橘さんと片付けを手伝うと小夜を先に帰し少年は境内で片付けと指示を担い、あっという間に夜になる。

鈴虫やらコオロギやらが鳴く夜の参道、月の光と蛍の光を明かりに、真夜中になる前に帰ろうと急ぐ。

それが文字通り命取りとなってしまった。階段を踏み外し、頭を強く打ちながら下へと、参道手前で意識は落ちた。

黄金の田畑も、村の人々の笑顔も、小夜の笑顔も、もう見れないのだと、走馬灯よりもその後悔が色濃く、字として、声として、頭に木霊する。


目の前は暗く時々声が聞こえる。泣き声、何かを悼む声、慰める声。

それなりの時間が過ぎる、ひとしきり様々な声を聞き少年はようやく目を覚ました。

しかしそれは、人としての目覚めではなかった。


少年が目覚めまず目に入ったのは境内だった、人は映らずいつもの境内、ふと上を見上げると空は遠く見え、そんな季節だったかと疑問に感じた。記憶を辿り始める少年は自分はあの大怪我から治ったのか?と思い腰掛けていた境内の階段より立ち上がる。

いつものように参道を降り家へと帰ろうとした少年は、鳥居の前で、歩いてきた小夜を見つけた、どことなく暗い顔をした小夜に話しかけようとした

「小夜さん、ようやく起きれました、どのくらいだったかわかりませんが」

そういう少年を通り過ぎる小夜は少年がまるで存在しないかのように神社へと向かう。

「えっ」

呆気にとられていた少年は通り過ぎざまおかしな現象を目にした、小夜の右手と自身の左手が、触れず透けて行ったのだ。目覚めたのにも関わらず彼は確かに死んでいたのだ。

少年はそれでも後を追い、ただ無視されているだけ、なにかしてしまったのだろうと考え後ろから話しかけ続けた、それも虚しく、かけた言葉は誰の耳にとまることも無く、境内へと着いてしまう。

「なんで、どうして逝ってしまわれたのですかっーーー」

小夜の合わせていた手は、いつの間にか顔を覆っていた。

現状を理解した少年は泣くよりもまず目の前の少女を後ろから見つめ、無意識にこんな言葉が口をつく

「まだ、ここにいます、いつまでも見守りますから...」

参道の方よりふいてきた冷たい風は、冬の訪れを告げていた。

少年の後悔はかなっていた、黄金色の田畑も、村の人の笑顔も全て見ることが出来た。

ただし少女も少年も、最も見たい笑顔だけはもう見ることが出来ないのだ。


あれから数年、小夜は神主に頼み込み巫女をしていた。旦那も持たず、そして親も反対しなかった、

村の人も同義であった。

少年は髪が伸びる変化こそあれ、あとは変わらず、ずっとそこに確かにいた、人々に認識されずとも村の中を歩くことが出来ていた、が数年のうち、村におりていたのは最初の数回のみだった。少年は村に降りる度に、そこにある、手さえ届く距離にあるというのに、何にも触れられず、果てしなく遠いものに感じ、無性に寂しくなるからだ。

それでもたまに小夜の家にだけは行っていた、人には触れられない彼だが、まれに食器やら食物に触れることはあった、しかしそれも誰の目にも触れていない時、意識の外にあるものだったようだ、彼は自身のその性質を利用し、手伝ったり悪戯したりなどしていた、小夜の家でばかりなのはおそらく巫女になって、少年は身近に感じれるものが小夜だけとなってしまったからだろう。


巫女になって数ヶ月、小夜が風邪で寝込んでしまった、両親も多忙であるが故に家で寝込んでいた、冬になった家はそれなりに寒く、白湯を飲みたくても動けず困っていた、少しの眠りから覚める、ふと枕の左側、物音がし、

そちらを見やると、白湯が置いてあった、庭の外、向こうにはいつも良く来る源三のおじさんが歩いて行くのが見えた。

源三のおじさんが置いていったものだと、誰もがそう思うだろう、が小夜は何故か無性に、その白湯に懐かしさを感じた、ここ数年、あの収穫祭の後から感じていなかった、冬にはないであろう暖かみ。


数日少年は小夜の看護に付きっきり、と言ってもある程度辻褄が彼なしでも合うことでないと干渉は出来なかった。それでも、彼はいつも自信に手を合わしてくれているかもしれない小夜を、親友を放ってなどいられなかった。例えそれが、悲しいほどに虚しいことであったとしても。

白湯も昔冬になった時入れていた、座敷は冷えるからと、上がる前に準備して小夜に出していたのだ。その一連の行動を今一度していると、何故かあの時に戻った気がした。


小夜も元気を取り戻しまた数ヶ月、年はめぐり収穫祭の季節がやってくる、照りつける太陽は初夏を告げる。

少年はここでようやく初めて、自分が何になってしまったのかを知る。

村人たちは皆神に今までの豊作の感謝、そして次の収穫祭までの豊作を祈る、存在しうるかも分からない神に。

しかし1人だけ別のものに供物を捧げ、祈るものがいた、神主の橘さんと小夜である、


橘さんは少年の死体を供養したあと、個人で祈りを捧げた、

「"叶うならば彼にもここを見ていて欲しい、この村で暮らした彼に、いつものように見守り笑いながら支えてやって欲しい"」

誰を何を支え見守るのか、それは分からないがその願いは悪戯ながらも慈悲深き神とやらに、彼は今の性質で現世を、村を見続けている。そしてそれを信じるものがいるなら、神と同じようにある程度それが力となる。

人の思いとはそれ程までに強ければ、それだけでも何かを成しうるとは言わないが、

受け取る相手がいるならば話は変わるだろう。


少年はふたつの願いを聞いた、

・村を見守って欲しい、君がこの思いを聞いているならば、前と同じように知恵と知識、優しさを持ってして

・これからも見守っていてください、お父さんとお母さん、村を、私のことも

願いを聞いた彼はそれを遂行するための最低限の力を得た、実感こそないだろうが多少の天候の操作、認識の歪み、これらの力に割ける思いを受け取った。


少年がこれを実感したのはそれよりひと月の後、照りつける太陽が続き干ばつが起こった時、

少年は収穫祭で願いを聞き、1人ではないと少し前向きになり、今までのように小夜の家の往復か引きこもりか、

ではなく村の田畑を見に参道をおりていた、そこで目にしたのは枯れ始めている稲と、それは計画にないようで

天を仰ぐ源三のおじさんであった、

「どうか、どうか恵みの雨を」

神に祈っているのだろうが、それを続けて何日目なのやら、少年は貯水地を見る、多少減ってこそいるが許容の範囲内であった、川は干からびていないが水位は下がっている、貯水地の減り方はおそらくここ数日は流して使っていたろうがこれ以上は使えないと判断したのだろう。結果源三のおじさんは川の水に頼るよりも雨に頼った、いや豊作を祈った神に頼ってしまっている。少年は天を見た後神社の方向に視線を向ける。

結局少年は自身の性質によって諦め、雨を一緒に祈っていた。

突如少年のまぶたの裏に大雨の景色が流れた、喜ぶ村人たちの笑顔も、かなりたしかに現実味のあった見えた景色を、しかし少年は想像でここまで見えてしまうとはと、諦め社に帰っていく。


翌日、大雨が降った、少年は喜んで村へと降り、その景色に驚く、昨日見た景色と同じだったのだ。

自身から見て右側のあぜ道で感謝をし手を合わせる源三のおじさんと奥さん、左の方の家で雨宿りしながらはしゃぐ子供。はっとあることを思い出し、小夜の家に向かうと縁側の方を見ながら呟いた小夜の言葉

「よかった、ありがとうございます神様、あるいは...」

少年は驚愕する、過去にこのように未来を言い当てる人がいたと聞く、だがそれは未来を思いどおりにするではない。

少年はあそこからの大雨、ここまで言って欲しい、そうなって欲しいと願ったことが全てかなったことに対し確信を持って

「自分がこうしたのか」

結論であり、答えのひとつに至った、彼は紛い物であれど、進行を受けとり願いを聞き届ける、神様となってしまった。


それからというもの彼は村を助け、より豊かにと努力を重ねた、とは言っても彼も賢く、自身で解決すべきものには手を出さず、また認識を歪めるやり方も理解したものの、現在まででは使わず、認識の外のもののみを操る、前と変わらない立ち回りが主体だった。そうして彼が死んでから何度目かの冬、いつも通り小夜が神社に仕事に来る

反応されないとわかってても彼は来る人来る人に挨拶をしていた。それは日課になっていた。

しかしこの日は違った、挨拶が帰ってきたのだった、

「おはよう」「おはようございます」

重なっていた、相手の挨拶は虚空に投げたようで、誰かに渡したもののように感じた、なぜかはすぐにわかった

「いつもいつも白湯をありがとう、源三おじさんやお母さんがそばにいるからその人たちかもと思うけど、1度だけ聞いてみたんです、そしたら知らないと、」

懐かしむかのように、白湯が入っていた椀を握る小夜、目の前の声と景色に思わず立ち尽くす少年

「全てがそうとは思いませんが、まだいるのですね貴方は」

少し涙ぐんだ目で奥の社を見つめる彼女の目は、そこにいない誰かを見ていたようだった、そしてその目を、

少年は確かに見つめていた。

今までずっと、冷える時少年は小夜の家に行き、認識の外になったら白湯を出していた、眠っている時、書き物をしている時など。少年の心残りはいつしかひとつ増えていたのだ。


そしてまた月日は巡り、この禄服の村にも、戦禍の火花が散り始めていた。

少年は力は持ってるとはいえ、現実を大きく帰るほどの歪み、天候の操作は出来なかった、よって少年は、

見る、ことしか出来なかった、火花が火種に、いつしか大きな戦火の渦に飲み込まれていく。

村人たちに避難をして欲しいと願う少年は、毎年貯めていた力を全力で使い、一つだけ現実をゆがめた


小夜の家に不審な書き物が残されていた、白湯と共に。

嬉しさと不審が混じったような感情で、それを手に取る、そこにはこう書かれていた

「戦禍はそこまで来ている、早く避難を、今から都に行けばまだ間に合うだろう、」

小夜はこの筆跡を知っていた、線はなめらかに細く、普通より少し小さい子の文字を。

すぐに村長と神主に都へ行こうと打診をする、しかし今大きく動けば軍に見つかると考えた。


それを社内で聞いていた少年は、天候を操作する、力の使いすぎで存在が薄くなり手足が透けるのがわかった、

がその大雨のせいで軍のいた方角は地盤が緩み崩落、軍の行軍はかなり遅くなり、運良く偵察に出ていた村人がそれをみつけ報告した


結果として村人は全員が都へと非難を終わらせた軍ももぬけの殻の村を見て食料の強奪のみをし、家屋などは雨が降ってもえないためそのままとした。

結果として反乱軍らしきものだったそれは壊滅、武士やらは散り散りに逃げていったそうだ。


しかしこれで終わらなかった、逃げた何人かの武士、そういうもの達が行き着く果ては決まっている、盗賊だった

かなりの大きさの軍勢を率いた反乱軍、その果の盗賊もまた大きく、各地の村が襲われて行った、禄福の村人たちもそれを聞き避難しようとしたが遅かった、部隊を分けていた盗賊たちは早くにも近辺へと迫り、結果男衆はここに残り足止め、女子供とまだ若すぎる男は都へまた避難となった。


少年は助けたかったが、前に力を使いさして時間も経っておらず、とうとう男衆たちは盗賊たちと戦いを始めてしまった。

以前と違い晴れ渡った夜空に雲から顔をのぞかせる月は、さも見たくないと言わんばかりに雲から雲に身を隠す、

村中に火の手が渡り燃え盛る中鎧を纏い、森の中から弓を飛ばす盗賊たち、月が上り初めてから夜空の中心に行くまでに、勝負は着いてしまった。盗賊たちは食料を強奪し、建物をことごとく壊す、遠くからそれを見ていた少年は悲しさと怒りが込み上げてきた。

そしてあろうことか、盗賊たちは最悪の手を打ってしまったのだ。

神社の参道を何人かが登ってくる。ここを離れることはできませんと唯一戦えないのに残った者がいた。


いつものように丁寧にお辞儀をし参拝者を迎えるように、神主の橘さんはそこにたっていた、

「ここは神聖なる場所、どうか刀を置いて下さい」

まるで普通の人と接するかのようにしている神主を見て、盗賊たちは汚く笑いながら、刀を肩から腰にかけてバッサリと切り落とした。

神社に備えられていた酒と食料、収穫祭があったためである。それすらも強奪していった。

そして鳥居、灯篭と次々に壊していく、最後に社へと火をかけようとした時、

えもいわれぬ悪寒が全身を伝う、そして社にだけは手を出さず、しかしほか全ては壊されて村へ降りていった

道中最悪の言葉を耳にしてしまった。反乱軍の盗賊だと思っていたそれは、そうではなかった、それは少年も

違和感を感じていた、汚く見せていたがかなり精巧であろう鎧と刀、そして何より行軍の速さ、違和感はこれだったのだ。

「取れた食料と酒は全て荷車に運べ」

そうして運んでく背中を追い続けると着いたのは、都の裏側であった、門に酒と食糧が運び込まれていくのを見て、少年は焦りを感じる。急いで都中を村人たちを探す、幸いすぐに見つかったようだった

村人たちは小さな小屋の中で寝ていた、小夜の元にいつもの様に白湯を置いてやりたかったが、温められない、そのため遠くに行き、小夜の持っていたあの椀に井戸から水を汲み、枕の左に置く、あえて少し音を立てて。少し疲労感を覚える少年は、だがそれをこらえ起きるのを待った


小夜は避難してしばらくここで暮らしていた、いつも大事な椀を握って、だがその日だけ何故かふと手にあった椀が暖かい感触と共に消えていったのだ。しばらくすると、ことん、と音が鳴り目を覚ますと椀が枕の左に、水が入って戻されていた。しかしそれだけでなかった、月の光が僅かに照らしていた輪郭はあの時いなくなってしまった記憶のままの少年の姿だった、

「これは夢でしょうか」


少年はたしかに小夜と目が会い驚きを隠せないでいた、頬に触れると笑みをこぼす彼女を見て、涙を零す。

しかしそれどころでは無いと少年は語りかける

「村を襲ったのは都の手勢です、どういう理由かは知りませんがあなたたちも危険です。ここから逃げて北にある村に行ってください、そこは都にも手が出せぬ別の派閥が仕切る村、事情を話せば受け入れてもらえるはずです」

そう言うと少年は限界と言わんばかりに小夜の元に倒れ込んだ、薄くなっている彼を、触れずとも頭を愛おしく撫でる小夜は、そのまましばらく彼を休ませ、みなを起こし事情を、少し偽って話す。

幸い違和感を持っていたものは少なくなくすぐに納得してもらいまた夜逃げの準備をする、扉から出る直後、

さっきまでいた布団を見ると、そこに少年はいなかった。


夜逃げが都からで上手くいくはずない、そう考え少年は自身の存在が消えるほどの現実を歪める力を行使した。

本物の村人たちの姿を消し、布団にくるまる偽物の現実をつくりあげそれを維持していた。


しかし上手くいかなかった、使いすぎた力のせいで歪みが途中で切れ、村人たちの姿が都の裏門の前、数十メートルであらわとなってしまう

「例の村人たちが夜逃げしているぞ!」

気づいた兵士たちはすぐに馬に乗り全員を捕える。

少年はそれすら気付かず気を失っていた。


次の日少年がみた光景は村人たちの斬首刑、それが終わったあとのいくつもの首桶であった。

少年は誰にも気づかれず、広間の真ん中で膝から崩れ落ち、泣き叫んでいた。


守れなかった悲しみ 殺された悲しみ 殺されたことへの憎悪 守らせてくれなかったことへの憎悪 理不尽への憤怒


人の思いはそれだけで力になる、受け取るものがいればそれは現実に露出する、

それは何も幸せや希望に限った話ではない、時に憎悪や嘆きによっても力となる、

むしろそっちの方が強い時すらある。


首桶、処刑したであろう場所より感情、願う力が少年に流れ込む、それは少年の存在より強く、また少年はここまで連続して力を行使したことにより存在が薄くなっていた、結果として入れ替わってしまった、今の少年は、

最早少年ではなく、首も意識も命すら絶たれた村人の、決して絶えることのない憎悪の集合体、それらが

小さい神の器に宿ってしまった、祟り神に近く、しかしおおよそ誰もが鎮まらせることの出来ないものになった。


その夜雷雨が都を襲い、雷が城へ落とされる。

しかし雨はすぐにやみ、まるでくれてやる慈悲などないと言わんばかりに雷が各門と建物に落ちる。

突風が建物を吹き飛ばす、飛び散らかる木片や石の破片、怪我はもちろん建物の下敷きになって死ぬ者、

火災で焼かれて死ぬ者、ことが都全域で起こる、慌てて消火の指示を出そうとする城主はあるものを目にした

陽光がさした雪のように白い長い髪、絹のような肌、細く容易く倒れてしまう枝のような華奢な身体、そしてその白い手と髪からは血が滴り、冷たい目でこちらを睨む少年

「き、貴様何者だ」

「お前が滅ぼし処刑した村人のひとりだよ…」

「馬鹿な全員殺したぞ!?」

「そうだな全員お前とお前の武士が殺した、だから私も殺したんだ、お前の武士も、そしてお前も今から」

そういい首を締め上げる、明らかに城主の方が体格が大きいが、それをものともせず、細い義体からはおおよそ出るはずのない力であった

「ぐっがっ...はな、ぜ」

聞く耳を持たずただひたすらに相手の目を見て締め上げる。

そうして城主の命が吹き消えると、都の炎も次第に弱まって行った。

少年は自分が殺した武士たち全員の首を飛ばし、それを村人たちの首級と遺体と交換する

後で聞くと、広間には武士階級のもの達約150名と城主の首が晒されていたそうだ


荷車に載せた遺体を村に運ぶため残った感情の力を使いに走らせ続ける。

村につき神主の橘さんの遺体とともに焼かれた水田の中で神社に最も近かった場所を墓にし。

丁寧に一人一人埋めて行った。

全て終わると少年の体は、自身が視認するのも難しいほどに透けており、力も何も残っていなかった。


後にこの惨劇を見た都と別派閥の、北の村の領主は、生き残った都の人々から話を聞くもあまりに荒唐無稽であり、敵対派閥の城主の首と多数の武士の首が晒されているのを見て、これは人の仕業にあらずと結論づけた。

そして原因をさらに探ると、噂に名高い禄福の村を滅ぼしたことを知りそこへ赴く領主たちそこには

誰もおらず全滅した村人たちの墓があり、誰が運んだのかすら分からないとの事、

神社に赴くとそこの木々も生い茂り鳥居やらが崩されているも社だけは無事であった

「今日はもう遅いここらで一休みしよう」

領主は神社に、他のものは参道を下って休みに行く


しばらくして月の光が上からさす頃に1人の武士と女性がやってくる。

「この女がここの出身だと、ここに来たいと言いまして」

全滅したはずの村人に生き残りなどいるはずもないと追い返そうとするがもう一人手下の武士が走ってくる。

「自分はこの村出身です、こいつ、小夜のことも知っています、間違いなくここ出身です」

そういい女性も頷く、こいつの身元は知っている、先程墓場で1人泣いていたことも

「わかった好きにしていけ」

「あまり時間は取らせません、これを返しに来たのです」

そう言う彼女の手には椀が握られていた、


少年は無意識下のうちに小夜の椀に力を込めていた、守りたかったのだろうその想いが彼女だけを隠していた。

少年は霞むめと遠い耳で声を聞いていた、が椀を返された途端視界ははっきりとし耳も戻っていた、

しかし少年は自身のしたことにショックを受け、半分廃人とかしていた、しかし言っておきたいことがあった。

少年は姿を見せるためただもう一度だけと強く願い、姿を現す

「ありがとう、生きていてくれて、」

そこにいる3人の全てが目を疑った、少年は現実を歪め、自身を見せた、そしてそれは急に霧のように現れ、またすぐに消えてしまった。


その場にいる誰もが現実を疑った、今現れたのは人ではない、ならば何かと

「今のが、あの地を滅ぼした...あれはなんなのだ!?」

そう言うと武士は手で目を覆いながら咽び泣き

「あれは親友です、ずっと前から好きだったのですが、今はもう、ずっと届かないこの地で村を見守り続けた優しい、少年です」

満月の夜、武士の泣き声と、少女の思いが届かぬ月よりも、更に届かないものへと送られた、それは力となるも、少年は以来起きることは無かった、憎悪に任せ奮ったからだは、ボロボロで、願いを受けても身に抑えられなかった。

しかしそれから、巫女と、武士から神主になったものが神社を守り続けている。時々満月の夜、決まった時間に

月の光を受けて佇む少年が、村を見回すように歩き、墓場で手を合わせる、そんな姿を見たという噂がある。


それから約数百年物語として受け継がれたこの話は空想のものであると村の人々は思っていた。この村は外から来たものが見た時はボロボロで再興したと聞くが、それ以前の話はこれ以外にも色々ある、が必ず

武士と、巫女と、少年が出てくる、少年の見た目もだいたいおなじ、

そしてこの村ではある噂があった、


収穫祭の日の夜、白髪の長い髪、白い直垂と小袴、巫女服を着た女性、神主の服を着ながら刀を持つ男性が

神社と墓場を行ったり来たりしているという噂があり、見たことないほど美しい椀が祭りの最中見える者もいるという。


3人は神社に佇み、変わりゆく現代、それでもこの村を見守り続けていた。

小夜は椀と、少年の手を取り優しく握っていた

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