虚像の理想郷

ナギひかり

第1話 僕が生きるこの世界で

深い…深い水の中に沈んでいくような感覚。

息が出来ない、苦しい。

けれどどこか暖かい。

あぁ…このまま沈んでいくのも悪くない。

こうして俺は、流れるままに深い水の中に沈んでいった。


……ス………ビス………アビス…!!


「………っは!!??」


自分の名前を呼ぶ声に気づいて慌てて目を覚まし体を起こす。

そこには一つ屋根の下で暮らしている俺の親代わりの存在でもあるセシルがいた。


「ずいぶん気持ちよさそうに寝てたみたいだけど、あんた今日仕事早かったんじゃないの?」


と、朝から酒を飲んでいる人が俺に説教をしている。だが寝坊をしたのは確かだ。俺は慌てて準備を始める。


「いや〜昨日も興味深いほんがあってさ、それ読んでたら深夜になっちゃってて」


読んでいた本というのはこの大地の歴史書。

「人々が与えられた奇跡、魔術」


「そんなオカルト本の何が面白いの?魔術なんてこの世界においてあって当たり前のものでしょ?そこをとやかく考察したって意味ないじゃない」


中々に辛辣な回答。だが俺の周りの人は大体こういう返しがくる。まぁ仕方がない。確かに魔術は世界においてあって当然のもの。魔術によって人々の生活は支えられていると言っても過言ではない。

けれど俺はそんな当たり前が興味深くて仕方がない。


「まぁそんなんだけど。けどセシル、あの本はかなり面白いよ。『賢者』っていうタイトルなんだけど、この世界には世界の均衡を保つために裏で活躍している賢者って存在がいるらしいよ!」


今俺が一番興味がある本はこれだ。

この賢者というものが本当に存在するなら、きっと世界の秘密を一気に解明できるに違いない


「はぁ〜…いいからそんなオカルト本ばっか読んでないで、とっとと仕事行ってきたら?あんたのおかしな夢物語は耳が痛くなって仕方ないわ」


しっしっと、俺を家から追い出すように手でジェスチャーをする。

ちょうど準備が終わったところだ。早く家を出なくては


「わかったってもう行くから」


「あ、そうだアビス。帰りにこれを買ってきてちょうだい」


そう言ってセシルはメモを渡してきた。

これは、夕飯の材料か


「わかった、帰りに買って帰るから。セシルもだらだらしすぎるなよ〜じゃ行ってきます」


ガラガラガラと、家の扉を開ける。

俺は遅刻しないように小走りで職場へと急ぐ。



俺の職場は小さい里の通りにある新聞社だ。

働いてる人は俺を含めて3人。本当に小さい


「おはようございまーす」


俺は職場の扉を開ける。


「おはよ〜」


「はい、おはようございます」


2人はこの新聞社の従業員

俺と同じ新聞記者のルイ

社長のワイズさん


「いや〜遅刻ギリギリだねぇ。また変な本読んでたんでしょ」


「まぁ、否定はしないけど。変な本じゃない。ちゃんとしたこの地の歴史書って俺は信じてる」


俺たちの会話に割り込むようにワイズさんが話し始める


「ふふ、君の趣味がどうであれ、もうお仕事の時間ですよ。まずは溜まったこの書類を片付けてもらいますよ。そのあとは2人には取材に行ってもらいましょうかねぇ。アビスさん、変な質問はしないように」


ワイズさんの笑顔からとてつもない圧を感じる。


「わ、わかりました。じゃあ仕事、始めましょうか」


そしてルイと共に書類を片付けて約3時間

ようやく休憩時間になった


「あぁ〜疲れた。飯だ飯」

ルイは持参した弁当を取り出し食らいつく


俺は持ってきたおにぎりと、昨晩読んでいた本を取り出す


「食事中もそれかよ。そんなに面白いの?それ」


「うん。面白いよ。魔術ってなんなんだろうね」


「……けどお前魔術使わないじゃん」


「そりゃあ、こんな仕事してたら魔術を使う機会なんて無くなるよ。ルイも使わないんじゃない?」


「俺は風の魔術を使えるから、遅刻しそうになったら風の魔術で空高く飛び上がることもあるぜ。成功率は低いけどな」


ルイは風の系統の魔術を扱えるのか。そう思うと、俺は物心ついた頃から魔術を使ったことなかったな


「そういう本をお読みになるアビスさんは、どんな魔術を使えるんですかな?」


少し嫌味っぽくルイが聞いてくる


「それが、わからないんだ。よくよく考えると、俺魔術を使ったことがない」


「はぁ〜!?そんな本読んでて使ったことないのかよ!試しに使うとかなかったのか!?今使ってみろよ」


「う〜ん…魔術ってどうやって使うんだ?」


「そりゃあ…なんなイメージして、ほいって感じで」


「わかんねえよ」


そんな話をしていたら、休憩時間が終わってしまっていた。さぁ、ここからは取材だ。人里の人たちに話を聞いて回らないと。



そして仕事が終わったのは、すっかり日が暮れた時間だった。


「アビスさん、ルイさん。本日もお疲れ様でした。もう外も暗くなり始めてるので、気をつけて帰ってくださいね」


「うぃ〜っす。お疲れっす」


ルイはくたくたになりながら出て行った

俺も帰ろうと思ったが、セシルに頼まれた食材の買い物を思い出した。


俺は急いで里の商店街へ急ぐ。


「アビス〜今日は遅かったな。もう閉店するとこだったぞ」


「すみません。このメモに書いてあるやつ、お願いしてもいいですか?」


「あいよ。すぐに用意するから待っててくれ」


待ってる間に辺りを見渡すと、もうすっかり暗くなっていた。夕闇すらも無く、ただ闇が広がる


「あいお待たせ。ってもう真っ暗じゃねえか。この時間にしては早いな。アビスも気をつけて帰ろよ〜」


「ありがとうございます。では」


真っ暗な闇の中を進んでいく

灯籠が微かに光を灯している道を進んでいく

風で竹やぶが激しく揺れる


心臓の鼓動が速くなっていく。

正直、怖い


俺は走り始める。


「はっはっはっはっ…!」


何かに見られているような感覚に陥る

もう少し、もう少しで家だ!

もうすこ…


俺の目の前に、「非日常」が在る

真っ黒い、本当に黒い、獣が


「なっ…っあ…」


足が動かない

逃げろ、逃げろ、全神経が逃げろと言っている


俺は情けなく歩いてきた道を引き返すように逃げ出す


「くっ…!はっ…!はっ…!」


俺は出せる全力を出して逃げ出す。

後ろを振り向く暇なんてない


だがその獣は、あり得ない速さで俺に追いつき、その鋭い爪で俺の背中を切り裂いた


「あがっ…!!あぁっ……!!」


焼けるような痛み。涙が止まらない。

かろうじて振り向いてその獣の正体を確認する

だが、その獣は文字通り真っ黒で目すらない


こいつは、こいつはなんなんだ…はっ


俺はかつて読んだ本の中に書いてあったものを思い出した


『気まぐれで訪れる夜、黒キ獣目覚めたり」


「黒キ…獣?」


獣は獲物にトドメを刺そうとその爪を突き立てる


「あぁっ……!」


殺される!ダメだ…体が動かない…


次の瞬間、視界を染めるような白い光が写し出された

獣が吹き飛ぶ


「なっ…!?」


獣を吹き飛ばしたのは魔術の類か?

あの白い光は


「…はぁ…だからああいうオカルト話はして欲しくなかったのよ」


聞き覚えのある声がする

だがそれは今はとても心地いい


「あんたが知りたがってた物は、こういう危険な物なのよ」


空から降り立ったのは、俺と共に暮らしている女性、「セシル」だった


「じゃあアビス、説教は帰ったらで。まずは、こいつを片付ける」


あんなものをくらってなお、この獣は立ち上がる。

この日から俺の日常は崩れ、世界の真実に踏み込むことになるのだ。これが、俺の生きる世界なのだ。

 

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虚像の理想郷 ナギひかり @Nagi_Hikari01

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