第20話 真実
俺は深月の背中を全力でを追いかけた。
「深月!」
廊下の角を曲がり、階段を駆け上がる彼女の背中に声をかけるが、「ついてこないで!」という、半分悲鳴のような答えが返ってくるだけだった。
俺も息を切らしながら、必死にその背中を追い続けた。彼女の足は思いのほか速く、二つの足音が乾いた音を立てて響く。
三階、四階。そして、ついに最後の階段を駆け上がり、五階――屋上へと続く扉の前にたどり着いた。
深月は急いで扉に手をかけるが、屋上への扉は、いつも通り鍵がかかっていた。彼女は逃げ場を失い、その場でガクンと座り込んだ。
俺はぜいぜいと荒い息を整えながら、階段の踊り場で立ち止まる。
「深月……っ、やっぱりあの写真、深月だったんだな」
俺の言葉に、深月は顔を上げず、座り込んだまま肩を震わせた。
「なんであんなこと……」
問い詰める俺の声は、自然と力が抜けていく。保健室で聞いた天城とのやり取りを思い出す。ショックと驚き、そして全力で走った疲労で、頭がうまく回らない。
次の瞬間、深月は堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、佐伯くん……っ」
彼女は両手で顔を覆い、ボロボロと涙をこぼした。
「でも、どうしても二人を引き離したかったの。先生が、佐伯くんに……っ、佐伯くんに特別な感情を抱いてるんじゃないかって、怖くて」
深月の震える声が、廊下に響く。
「佐伯くんが、最低な人だって知ったら、天城先生も佐伯くんに愛想をつかすんじゃないかと思ったの。」
彼女の言葉は、まるで子供の言い訳のように、純粋で、そして愚かだった。
「だからって、あんなことを……」
俺は怒りよりも、悲しみがこみ上げてきた。
「でも、天城先生のほうが、とんでもない最低なヤツだって、深月も知ったんじゃないか?教師のくせに女関係はだらしないし、生徒に脅されてもなんとも思わないような冷たい男だ。それでも天城先生のことが……そんなに好きなの?」
深月は俯いたまま、しばらく黙り込んだ。その沈黙は長く、俺はてっきり、彼女が「それでも好きだ」と答えるものだと思っていた。
しかし、彼女の唇からこぼれた言葉は、俺の予想を遥かに裏切るものだった。
「……違う」
深月は、震える声で、小声で呟いた。
「違う、私が好きなのは……っ」
彼女は、意を決したように、涙に濡れた瞳で俺を見上げた。その瞳は、俺を真っ直ぐに捉えていた。
「私がずっと好きだったのは、佐伯君だよ」
「……え?」
聞き間違いだろうか。俺は、思考が停止した。
深月は、今度はもう少しボリュームを上げて、だが、悲しみを込めた静かな声で告げた。
「私がずっと好きだったのは、佐伯君、君だよ」
その言葉に、時間が止まったような気がした。
「気づかなかった?佐伯君って結構鈍感だよね」
深月は、涙を拭いもせず、寂しげに苦笑いする。
「佐伯君って、全然女っ気ないんだもん。恋愛とか興味ないって感じだし、そもそもあんまり人に興味ないのかなって思ってた。なのに、あの先生が来てからの佐伯君、なんかおかしいんだもん……」
深月の瞳に映る俺の姿は、ひどく動揺し、困惑していた。
(深月が……俺を?あの写真も、天城先生との脅迫も、全て俺と天城を引き離すため?)
前世では、誰からも愛されるお姫様だった。しかし現世では、自分自身が誰かの愛をこんなにも無自覚に踏みにじっていた。深月の真の告白は、天城との背徳的な愛とは全く異なる、現世の純粋な恋心として、俺の心を大きく揺さぶった。
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