第21話
この頃、公爵は帰宅が遅く、今日の晩餐も夫人とウォーリックとサスキーアの三人で過ごした。
短くはない年月を公爵家で暮らしてきたサスキーアは、そんなときには少しばかり用心してしまう。
宰相である公爵が多忙なのは今に始まったことではないが、連日夜遅く帰宅することが続いたあとには、大抵大きな物事が起こる。
それは政変とまではいかずとも、何某かの事件として新聞に載ることでわかるのだった。
公爵は、多分、なにかの捜索か摘発めいたことに関わっているのかもしれない。
ウォーリックまで不在であると確実で、尚のこと不安になるのだが、今日はいつも通りに(テリウスに仕事を残して)帰ってきたことで安心したのであった。
和やかな食事の途中で、夫人から知らされたのは、今日招待状が届いたらしい茶会についてだった。
「来週の週末にあるお茶会は、貴女もお招きいただいているから、予定を空けていて頂戴ね」
夫人が言った茶会とは、レビルス侯爵家からの招待だった。
それでサスキーアが少しばかり気が重いのは、レビルス侯爵家がカミーラの生家だからである。
ウォーリックと婚約したばかりのころ、王城での舞踏会でウォーリックをお茶会に誘ったあのカミーラである。
サスキーアをお小さいだの、お世話を任されて大変だのと言った割には、ガン無視してくれたカミーラを、サスキーアはエメラルド令嬢と密かに呼んでいる。
ツヤツヤの金髪に緑の瞳、身につけるのは大粒のエメラルド。彼女の場合、自分自身の瞳の色と見せかけて、どことなくウォーリックの瞳に重ねているような深読みをしてしまう。
なぜなら彼女は未だ嫁いではおらず、今も「ご令嬢」のままなのである。
ウォーリックより一つ年上であるから、彼女は今年二十六歳。令嬢としては大変苦しいお年頃とされる。
だからといって、エメラルド令嬢カミーラに今まで縁談がなかったわけではないという。
彼女は侯爵令嬢らしい気品もあれば見目も整っている。年齢より些か若い衣装や化粧を好むが、そこはカミーラだから仕方がない。
サスキーアはカミーラとは初手より相性が合わず、そんな彼女の生家に招かれるのは、正直言えば億劫である。
「まだウォーリック様を狙っているところが恐ろしい」
晩餐を終えて自室に戻ってから、サスキーアはひとり呟いた。
呟きたくもなる。またカミーラに絡まれる。
カミーラは、サスキーアに当たりが強い。十歳近くも年下の令嬢に、ちょいちょい突っかかってくる。
それもこれも、サスキーアがウォーリックの婚約者だからで、なんと彼女はウォーリックを慕うあまりあらゆる縁談を蹴ってきたのだといわれている。
「あれは噂なんてものではないわ。本気よ、本気、本心よ」
カミーラも、公爵夫人の前ではあからさまなことはしないから、サスキーアはお茶会の間は夫人にひっ付いていようと思った。
「やあ、サスキーア嬢」
昨夜と言い、今朝と言い、面倒ごとは続くものだ。サスキーアは、学園の校門で馬車を降りたところで声をかけられた。
「おはようございます、ロベルト様」
「ああ、おはよう。届いたかな?」
なにが。
と、いう気持ちはおくびにも出さず、サスキーアは微笑んだ。サスキーアの心を温かくすると言われる微笑みは、幼い頃から十年経っても健在である。
「なにがでしょう」
おくびにも出さなかったが、質問は思ったことそのものが口から出てしまった。
「茶会の招待状だよ。あれ?届いていないかな?夫人への招待状と一緒になっているのだろうか?」
他家のお手紙流通事情を心配する男子学生は、レビルス侯爵家の嫡男で、サスキーアより一つ年上の三年生である。
つまり彼は、あのエメラルド令嬢カミーラの弟なのである。
カミーラとは八歳違いのロベルトは、侯爵家に遅く生まれた初の男児として、蝶よ花よと猫っ可愛がりに育てられたらしく、快活で鷹揚で、まあ愛されているのが丸わかりの青年なのであった。
気さくであるし、姉のようにサスキーアを目の敵にしないところは良いのだが、如何せん気安くホイホイ声をかけてくる。
学園の中であれば構わない。だが、社交場で声をかけられると漏れなくカミーラがついてくるのが面倒くさいところだった。
「お茶会の招待状でしたら頂戴いたしておりますわ。
「なら問題ないね。茶葉も菓子も選りぬきのものを取り寄せているから、楽しんでいってくれ」
この朗らかさがカミーラにもちょっとはあったら、サスキーアだって苦手意識が薄らいだろう。
まあ、もう呼ばれちゃったのだから、折角のお取り寄せを楽しもうと思った。
サスキーアは考えていた。
カミーラの気持ちは、サスキーアにもよくわかる。ウォーリックに惹かれるその気持ちなら、誰よりも理解できる。
だが彼女が十年、どこにも誰にも嫁がずにウォーリックを慕うその理由とは、サスキーアとの婚約の破談を願っているからではないか。
サスキーアは楽天的な気質であるから、滅多なことでは人の腹を探るような思考はしない。
だがしかし、カミーラ嬢の執念はねっとりとサスキーアに纏わりついて、ちょっとどころではなく引いちゃうのである。
昼間の茶会にウォーリックが参加することは少ない。彼は多忙であるし、日中は王城に詰めている。
レビルス侯爵家の茶会にウォーリックが参加しないことには、サスキーアも安堵するのであった。
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