最弱ストーカー女勇者は魔王様を精神的に追い詰める
茶電子素
第1話 魔王様、今日もお元気そう
私は勇者だ。
……いや、正確には「元」勇者だ。
魔王討伐の旅に出たはずが
三日目でスライムに負けて村に送り返された。
剣を振れば自分の足を切り
魔法を唱えれば舌を噛む。
仲間たちからは「最弱」と呼ばれ
王様からは「二度と帰ってくるな」と追放された。
だが、私は諦めなかった。
なぜなら――魔王様に
一目惚れしてしまったからだ。
初めて見たときのあの威厳
漆黒のマントを翻し
冷たい瞳で世界を見下ろす姿。
ああ、なんて美しい。
あの方こそ私の生涯を捧げるべき人。
だから私は勇者をやめストーカーに転職した。
今もこうして
魔王城の窓の下に潜んでいる。
夜風に揺れるカーテンの隙間から
机に向かう魔王様の横顔が見える。
真剣な表情で書類を片付ける姿……尊い。
「魔王様、今日もお元気そうでなによりです……」
思わず声が漏れた。
しまった、と口を押さえるが遅い。
窓がガラリと開き魔王様がこちらを睨んだ。
「……また貴様か、勇者」
「はいっ!今日もお会いできて光栄です!」
私は勢いよく立ち上がり深々と頭を下げた。
魔王様の眉間に皺が寄る。
ああ、その不機嫌そうな顔も最高だ。
「なぜ毎晩のように現れる。貴様は私を倒しに来たのではなかったのか」
「倒すだなんて、とんでもない!むしろ支えたいんです!魔王様が世界を征服するその日まで、私が一番近くで見守ります!」
「……それを世間ではストーカーと呼ぶのだ」
冷たい声。
だが私は怯まない。むしろ胸が高鳴る。
だって魔王様が私の存在を
認識してくださっているのだから。
「魔王様、私のことを覚えていてくださったんですね!嬉しい……!」
「忘れたくても忘れられん。毎晩窓の下で気味の悪い独り言を呟かれてはな」
ぐさりと刺さる言葉。
けれど私は笑顔を崩さない。
痛みすら甘美。
これが恋というものなのだろう。
「魔王様、どうかご安心ください。私は決して害を加えません。ただ、魔王様の心を少しずつ侵食していくだけです」
「物騒なことを言うな!」
魔王様が思わず声を荒げる。
その反応がまた愛おしい。
私は窓枠に手をかけ身を乗り出した。
「魔王様、私を追い払っても無駄です。私は弱すぎて、どんな兵士にも勝てません。だから討伐もできないし帰る場所もありません。残された道はただ一つ――魔王様の傍にいることだけ!」
「……論理が破綻している」
「いいえ、愛は理屈を超えるんです!」
私は胸に手を当て真剣な眼差しを向けた。
魔王様の瞳が一瞬だけ揺れる。
その隙を見逃さず、私は畳みかける。
「魔王様、孤独でしょう?世界を敵に回すその背中、誰も理解してくれない。けれど私は違います。私は魔王様のすべてを受け入れる。たとえ世界が滅んでも、私だけは最後まで隣にいます」
「……やめろ」
「やめません」
「やめろと言っている!」
「やめろと言われるほど燃え上がるんです!」
魔王様の顔が真っ赤になる。
怒りか、羞恥か、それとも――。
私は確信した。
少しずつ、確実に、魔王様の心を追い詰めている。
そのとき背後から兵士たちの怒号が響いた。
「侵入者だ!勇者がまた来ているぞ!」
しまった!見つかったか。
私は慌てて窓枠から飛び降り闇に紛れて走り出す。
背後から魔王様の声が追いかけてきた。
「二度と来るな、勇者!」
「わかりましたっ!明日の夜もお邪魔します!」
叫び返しながら私は胸を高鳴らせていた。
魔王様の心は、もうすぐ私のものになる!、と。
最弱ストーカー女勇者は魔王様を精神的に追い詰める 茶電子素 @unitarte
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最弱ストーカー女勇者は魔王様を精神的に追い詰めるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます