転生

でも、死んでいなかった。

いや死んでいなかったというのは語弊があるな。

正しくは死んだが何故か生まれ変わっただろうか。

しかも記憶を持ったまま。


今の俺の名前はイルマーク・アレクサンドル・ラズラリー。

現在は五歳だ。

ここ、魔王領の四天王家の一つである鬼雅きが種のラズラリー家の嫡男として転生した。

鬼雅きが種というのは鬼人の上位種で、剣術を得意とする種族だ。

そしてラズラリー家はその本家にあたる。

現在の俺の父、ナリスは鬼雅きが種の頭領であり、四天王の一柱の鬼柱きばしらに就いている。

俺が魔王をしていた頃にも仕えてくれていた者で、あの最期を見届けてくれた一人だ。

今は俺が死んでから今年で百年が経つらしい。


常々、早く子を抱かせてほしいとせっついていたが、まさか自分がナリスの子となるとは思っていなかった。

運命とは数奇なものだ。

「イル。何をしているの?」

屋敷の窓辺で外の景色を見ながら考えていると、母のユミナが話しかけてきた。

赤色の目と碧色の長い髪を持つ柔和で美人な母だ。

まったく、ナリスには勿体無い。

「イル?」

「母上、母上」

「どうしたの?」

「母上は父上のどこが好きなんですか?」

あまりに気になったのでド直球な質問をユミナに聞くと、ユミナは顔を真っ赤にした。


「それは私も興味があるな」

真っ赤になったユミナの様子に微笑を浮かべ、ナリスが話しかけてきた。

「まぁ旦那様まで。二人とも酷いですわ。旦那様にも後で教えていただきますから」

「あ、あぁ、分かった」

ナリスはユミナの反撃に少し戸惑っていたようだが、断れはしなかったらしい。

わたくしは旦那様の剣を振る姿が好きですわ。雄大で力強くてとても安心感がありますもの。もちろんお顔も‥‥とても素敵です」

最後は流石に恥ずかしかったのか、言い終わった後、そっぽを向いてしまった。

ナリスも恥ずかしくなったのか顔を逸らした。

「‥‥さ、旦那様も」

「あ、あぁ、そうだな。私はお前のその美しい赤い髪と碧色の瞳がとても美しく見ていて飽きない。それに笑顔がとても好きだ」

「ほへっ?」

ナリスは覚悟を決めたように口を開くと、ユミナの目を見ながらゆっくりと言った。

ユミナは直球の告白に思わず固まってしまった。


「おっほん。お二人さん、子供の前で何繰り広げてるんだ?」

わざとらしい咳払いの後に、呆れたような声が聞こえた。

「ア、アルファード、声くらいかけてくれ」

「かけたさ。でも二人の世界に行ってたみたいで全く気付いてもらえなかったんだよ」

「アルフォード様、これはイルが聞いてきたもので。二人の世界なんてそんな」

「幼子の好奇心を本気で答えてどうする」

アルフォードは反論する二人に正論をぶつけると、二人は再び顔を真っ赤にした。


このアルフォードも四天王の一柱だ。

本名はアルファード・ミズライラ・ナトハルト。

吸血鬼バンパイア種のナトハルト家の当主で、血柱けつばしらに就いている。

現在、三男ニ女の父でもある。

ちなみにその三男であるナウムとはユミナとアルフォードの妻であるラナとのお茶会で何回か遊んだことがある。

ナウムの方が俺より一歳歳上でとても面倒見がいい。

アルフォードに似たんだろう。


吸血鬼バンパイアは人間の生き血を啜り、力を蓄える種族だったが、今は繁殖しすぎて駆除される魔物の生き血を啜っている。

それは俺が人間と共存関係を推し進めていたことが関係している。

本人たちは人間の生き血より魔物の方が魔力が多いから美味しく、力を効率的に蓄えられると行っていたが。

吸血鬼バンパイアは魔法を得意としており、領内の至る所に吸血鬼バンパイアお手製の結界が張ってある。

こいつは俺が勇者にわざと刺された時に真っ先に治癒を行おうとしていた。

願わくばアルフォードが自分のせいで俺が死んだのだと自分を責めていければいいな。


「こんにちは、イルマークくん」

三人の会話を見ているとアルフォードは俺の方へ歩いてきて、俺と同じ目線までしゃがみ挨拶をした。

「こんにちは、あるふょーどさま」

いつもアルフォードの名前を言おうとすると、呂律が回らずおかしな名前になってしまう。

五歳とはこういうものなのだろうか。

「しっかりしているな。まだ五歳なんだよな。うちの子供は五歳の時遊んでばっかだったな」

「イルは天才だからな」

「相変わらずの親バカだな」

ナリスは至極当たり前のと言うよに言い切ると、アルフォードは深いため息をついていた。

相変わらずと言うことは他所でも俺のことを吹聴しているのかこいつ。

迷惑を被るのは俺だと思うんだが?


「で、今日は何しにきたんだ?」

「少し話したいことがある」

「なんだ?」

「人間領」

「分かった」

ナリスがアルフォードに用件を聞くとアルフォードは少し声のトーンを落とした。

そのまま二人は短い言葉で会話した後、ユミナに断りを入れると書斎に入っていった。

人間領と聞こえたがナリスとアルフォードのトーンから察するに人間はまだ魔族と敵対しているのだろうか。

やはり理想は理想でしかなかったのだろうか。

いや俺は転生したんだからまだ叶えられるかもしれない。


「イル、母上と一緒に遊ぼうね」

「はいっ!」

ユミナは俺の返事に微笑むと俺の手を握った。


♢♢♢♢


書斎ではアルフォードとナリスが真剣な表情で向き合っていた。

ナリスがおもむろに口を開くとアルフォードに聞いた。

「それで?」

「あぁ、人間領からの侵攻のことだ」

「やはりか。俺にも情報が入ってきていたが何か進展でもあったのか?」

「あぁ」

アルフォードはナリス問いに短く答えた。

「そうか。で?」

「人間はまお、いや、ヴァロルートさまの命日の二月後を目処に魔王領への進軍を開始するそうだ。なんでも魔王討伐百年記念と題しているそうだ」

「なっ!あいつらっ!ふざけてやがるっ!おいアルフォード、私は人間を殺したいっ!」

ナリスはあまりにふざけた情報に声を荒げ、机を力任せに叩いた。


「落ち着けナリス。俺たちはヴァロルートさまの最後の命令をなかったことにする気か?」

「ふぅ、すまない。つい取り乱してしまった」

「まぁ、分からなくもないがな。俺たちにとってはこの百年、ヴァロルートさまがいなくなった悲しみが癒えることはなかったからな」

アルフォードは目を伏せるように下を向いた。

「しかし、私のところには情報が入ってきていなかったが。どこで仕入れたんだ?」

「あまり怪しむな。吸血鬼バンパイア種で独自に調査した結果だ」

ナリスの怪訝そうな顔にアルフォードは弁解するように慌てて言った。


「そういえばいたな。情報収集に長けた奴が吸血鬼バンパイア種に。それで他の四天王に報告したのか?」

「いや、情報の精査をもう一度してからと思ってな。まだ報告していない。それに拗ねるだろ、ユースのやつ」

「確かに拗ねそうだな。ユースは自分の能力を誇りに思ってるからな。拗ねると手がつけられん」

二人は互いに顔を見合わせ思い出したのかふっと笑った。


ユースというのは四天王の一柱、影柱かげばしらに就いている。

本名はユース・ラスカル・ナトラ。

牙狼がろう種のナトラ家当主だ。

牙狼がろうは特徴として頭に耳が生えており、二つの耳を有している。

その耳は他の二つの耳を有している種族よりも聴力、情報精査力が優れている。

それを生かしてナトラ家は代々、魔王の影の情報収集役として就いてきたため、信憑性の高い情報を牙狼がろう種以外が先に得たと知ると、ヴァロルートでも手を焼くほどに拗ねる。


「アルフォード的には信憑性が高いと思うか?」

「あぁ。俺には人間たちがわざわざ俺たちを欺く理由が分からない。侵攻を行うと悟らせたなんて考えられないし、悟らせるためだとしても誰がなんのためにしているのか全く分からない。とりあえず今は進軍してくる人数と危険に値するかの判断が最優先だな」

「そうだな。出来れば防御に完全に徹せられるほどがいいが、恐らく避難指示を出すことはないだろうけど」

魔王領にはヴァロルートの死後、ヴァロルートの最後の言葉で人間の進軍の危険リスクについて基準が出来た。

進軍してくる人数が千から五千以上、魔術師が五十以上を危険リスク0、五千から一万以上、魔術師が百五十以上を危険リスク1、一万五千から二万以上、魔術師が二百五十以上を危険リスク2、二万五千から三万以上、魔術師が三百五十以上を危険リスク3、三万五千から四万以上、魔術師が四百五十以上をレベル4、十万以上、魔術師を三千以上を危険レベル5という風に決めた。


危険レベル5になれば住民に避難指示を出すほどになる。

その他の危険レベルは防御に徹するのみだ。

この危険レベル設定はヴァロルートの意向に添い、極限まで人間側に攻撃はせず、防御に徹するように設定されている。


「それを望むのみだ」

そう言いながらアルフォードは一息ついた。

「今日はそれだけを伝えにきたのか?」

「それと今後のこちらとしての出方はまた四天王が全員集まった時にでも話したいから声が掛かったらきてれ」

「分かった」

「それと」

「まだ何かあるのか?」

会話が終わったかと思ったらアルフォードが再び何かを話そうとした雰囲気にナリスは怪訝そうな顔のまま聞いた。

「五歳記念のパーティー参加しろよ」

五歳記念のパーティとは魔王領内に住む今年五歳になった子供たちを集めてお祝いするとだ。

魔王領には三歳までは神子、五歳から人の子、三歳から五歳までを眷属として扱われる。

だから五歳記念の四天王の子であろうと平民の子であろうと絶対参加のパーティーに行かなければならない。

それはそれぞれの家の当主も絶対参加を求められる。

神への感謝の意味を込めて、それと人の子となった子どもを大切に育てるかどうかの意思を確認するために。


「分かっているが。何分仕事が‥‥‥」

「言い訳しないでいけよ。もちろん知ってあると思うが絶対参加だから」

「努力はする」

難しい顔をしてナリスは言った。

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