くたびれ四十路の「魔法学園マネジメント」 〜AIの『最適解』は非効率だ。俺の『育成論』で、心が限界な少女たちを救ってみせる〜
いちた
プロローグ
ピ、ピ、ピ、と。
無機質な電子音が、やけにうるさく鼓膜を揺らす。
消毒液の匂いが鼻をつき、背中には、何度寝返りを打っても馴染むことのない、硬いベッドの感触。
ああ、クソ。どうやらオレは、まだ生きているらしい。
「……四十、か」
掠れた声が、自分のものだとは思えなかった。
オレの人生は、四十で終わり。
ブラックなんて言葉が生ぬるい、灰色の企業に骨を埋め、馬車馬のように働き、そして、あっけなく壊れた。
過労で倒れ、運ばれたこの白い部屋が、どうやらオレの終着駅らしい。
(人生の、棚卸し、だな……)
ぼんやりとする頭で、営業マンだった頃のクセが顔を出す。
オレの人生という商品の、最終在庫の確認作業だ。
得たもの。
それなりの役職、そこそこの給料、部下からの信頼。人を育て、導くスキル。
失ったもの。
健康、時間、プライベート、人間らしい感情の幾ばくか。
差し引き、どう考えても、大赤字だ。
なんのためにリーダーなんてやってきたのか。なんのために、あいつらの面倒を見てきたのか。
結局、誰も、オレ自身も、幸せになんてなれなかったじゃないか。
――雨の中、俯いて震えていた、あいつの顔が浮かぶ。
結果に追われ、心をすり減らし、最後に「すみません」とだけ言ってオレの前から消えていった、不器用な後輩。
あの時、オレはあいつに、もっと違う言葉をかけてやれたんじゃないか。
いや、そもそも、あんな風になる前に、無理やりにでも休ませてやれたんじゃないか。
上司としての「正しさ」と、人間としての「優しさ」を秤にかけて、オレは、結局あいつを見捨てた。
それが、この大赤字の人生における、最大の不良債権だ。
ピ、ピ、ピ、ピピピピ―――
ああ、電子音が早鐘を打ち始めた。いよいよタイムリミットか。
視界が、白く霞んでいく。
(……クソったれ)
もし。
もし、もう一度だけ、やり直せるというのなら。
こんな、後悔ばかりの在庫を抱えたまま、寂しく死んでいくのとは違う、もっと――
ビーーーーーーーーーーーーーーー
甲高いブザー音が、オレの意識を刈り取った。
◇
「……ん、……おい、起きろよ」
「……着くぞ、第一ターミナルだ」
若い声が、やけに頭に響く。
ガタガタという振動。大勢の人間の喧騒。
なんだ、うるせえな……。
オレはゆっくりと、重い瞼をこじ開けた。
目に飛び込んできたのは、見慣れた白い天井じゃない。
流れていく窓の外の景色と、目の前に座る、見知らぬ制服のガキの顔。
「……は?」
バスの中?
なんだ、これは。夢の続きか?
オレは、自分の手を見た。
四十年間、営業で使い古した、節くれだった手じゃない。傷一つない、若々しい、ガキの手だ。
窓に映る自分の顔を見る。
そこにいたのは、疲れ切った四十のおっさんじゃない。
見覚えのある、しかし、二十年以上も前に捨ててきたはずの、十代の頃の、生意気そうな自分の顔だった。
混乱の極みにあった、その時。
オレの掌に、ふわりと、小さなオレンジ色の光が灯った。
「――は?」
訳が分からない。
だが、これだけは、理解できた。
オレの、大赤字だったはずの人生は。
どういうわけか、全く新しい商品として、再びこの世に在庫登録されてしまったらしい。
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