エピローグ

 約束を破って喧嘩に身を投じた美波を、母親はこっぴどく叱った。

 友達を守るため、という理由はあえて打ち明けなかった。信じてもらえる確証もないし、だいいち涼介をこれ以上巻き込みたくなかったからだ。

 とはいえ純也の仲裁もあってかろうじて母親に許してもらった美波は、不良とは無縁の日々に戻り、勉学とメモリースポーツに励む毎日を送ることになった。

 そんなある日、美波のスマホに涼介から連絡がある。

 学校の帰りに例のファミレスに来て欲しい、という珍しい涼介からの呼び出しだった。

 涼介から誘われて胸躍るような喜びを覚えたが、すぐに自制して返信を送る。

 帰宅して勉強しないといけない、と美波が送れば、諦める文言が返ってくるかと思っていたが予想に反した返信が来る。


 東さんに大事な話があるんだ――


「ひゃっ」


 涼介からの返信を読んだ直後、驚きのあまり美波の口から女子らしい悲鳴が漏れた。


 大事な話ってなに、あたしにわざわざ話すことなんてあるのか、あたしとの共通点なんてメモリースポーツぐらいで、えでもメモリースポーツのことでこんな改まった言い方するかな、ああもうわかんない!


 スマホを覗きながら美波はあたふたする。

 涼介から追加でメッセージが届く。


 都合が合わないなら無理にとは言わないよ――


「行く」


 涼介の要件が気になって仕方がなくなった美波は、声と同時にスマホに文字を打ち込んで返信した。

 話を聞くぐらいなら時間がある、と推断して美波はファミレスへ急いだ。



 美波がファミレスに入ると、涼介は以前美波にメモリースポーツについて教えてくれた席で待っていた。

 慎重に近づくと涼介は真剣な眼差しを向けて来る。


「来てくれてありがとう東さん」

「……急に畏まって、なに?」

「話があるんだよ」


 涼介の真っすぐな瞳に誘われるように美波は向かいの席に腰を下ろした。

 美波が着席するのを待ってから涼介は切り出す。


「実は東さんに頼みがあるんだ」

「あたしなんかに?」


 なんだ。ここまで本気の目をした涼介みたことないぞ?

 美波は今までは尊敬の念で見ていた涼介に対して、急に見合い相手と向かい合っているように緊張する。

 涼介の開いた口を見つめる。


「東さんに僕を鍛えて欲しい」

「……は?」


 涼介の唐突な申し出に耳を疑った。

 鍛える? あたしが?


「何を言い出すんだ?」

「僕は本気だよ。この前みたいに東さんに迷惑を掛けたくないんだ」


 動揺して聞き返す美波に、涼介は至極真剣な表情で応えた。

 美波は口をすぼめた渋い顔になる。


「この前ってあたしが助けた時の事だろ。あんな界隈とは関わらない方がいいぞ」

「別に喧嘩に強くなりたいわけじゃない。ただ友達を守れるように、少しでも抵抗出来るようになりたいんだ」


 涼介の言葉に美波は小首を傾げる。


「胸張っていいだろ。記憶力日本一なんだから」

「それしかないんだよ。僕には」


 人当たりの穏やかな涼介とは思えない強い口調で言い切った。

 同じだ、と美波は目の前の涼介を見て感じた。

 自分を変えたくてあたしが山上を頼ったように、山上は自分を変えるためにあたしを頼っている。

 あたしは山上に感謝している、それならあたしがやるべきことは……。


「わかった」


 美波は真剣な表情を返した。

 恩返しのつもりで涼介へ答える。


「あたしの出来る範囲で山上を鍛えてやる」

「ありがとう東さん」

「勉強とか忙しいけど、なんとか時間作るからな。あ、それと」


 引き受ける意思を伝えながらも美波は私欲を出して頬を掻く。


「メモリースポーツ、まだわからないことがあるんだ」

「お安い御用だよ。でも師匠って言うのはやめてね、東さんはもう弟子を卒業したから。これからは一人のメモリースポーツの選手として教えられることは教えるよ」

「結局、また関係性が出来ちゃったな」


 美波は言ってからはにかんだ。

 涼介の方も照れたように微笑を返す。


「もう関わることはないと思ってたのに、一度繋がった縁は切れにくいのかな」

「あたしは寂しかったぞ。同じクラスなんだから遠慮せずに話しかけてきてくれ」

「ごめんね。クラスだと勇気が出なくて、それに妙な噂が広まって欲しくなかったから」

「気にしないでくれ、友達だろ?」


 美波は尋ねてから、突然自信を無くしたように上目遣いになる。

 友達か、と涼介は感慨深そうに反芻した。


「そんな風に思ってくれてるなら嬉しいな」

「友達だから、気にせず話しかけてきてくれ」

「これからはそうしてみようかな」


 友達という共通認識が二人の垣根を取り壊した。

 話題が切れたのを汐に美波は時刻を確認し、慌てて立ち上がった。


「帰んないとヤバい。すまない山上、帰る」


 焦る美波に涼介は穏やかに微笑んで告げる。


「また明日」

「おう。また明日」


 別れ際に会う約束を交わしてから美波はファミレスを後にした。

 涼介と美波の関係性は、友達としてこれからも続いていくのだった。

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不良少女は僕の記憶力をご所望のようです。 青キング(Aoking) @112428

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