5-9 間章 美波の先行き
美波の披露にたまげた両親だったが、興味の対象は美波本人よりも「山上涼介」なる人物にシフトしてしまった。
純也の紹介を聞いて検索を掛けた父親が、涼介の記事やテレビ出演の動画などで信憑性を確かめた。
存在を認めると、一番星でも見つけたように美波に尋ねる。
「で、どうなんだ美波。美波は山上涼介さんに会ったことがあるのか?」
「あ……あたしその人から教わった」
母親といがみ合っていた威勢はどこへやら、遠慮気味に美波は答えた。
聞いたか母さん、と父親は声を上ずらせて母親を振り向く。
「美波はこの山上涼介さんの教え子らしい」
「それは運がいいわね」
今までの美波に対する態度とは打って変わり母親はにっこりと笑った。
見慣れない母親の嬉々とした様子に、美波は嫌な予感がしてあえて黙る。
「美波」
母親が名前を呼んで背筋を正した。
美波も母親のしかつめらしい面持ちに緊張してテーブル下の膝を揃えた。
「山上涼介さんとあなたが巡り合えたのは幸運だと思います。今まで不良してきた美波には数少ない良縁でしょう」
「リ、リョウエン?」
記憶力だけは改善できても、美波は美波らしく母親の言葉をとっさに漢字変換できない。
言葉の意味がわからず困惑している娘の内心は露知らず、母親は真剣な表情のまま告げる。
「いいですか、美波。あなたも山上涼介さんのようになりなさい」
「……ムリ、無理」
母親の厳かな宣告に美波は即座に首を横に振った。
途端に母親の視線に冷ややかさが宿る。
「目指す前から諦めるんですか。これほどの良縁がありながらも、美波は美波のままなんですね」
「……それは、なんかちょっと違うんじゃないかと」
「姉ちゃんが諦めるなら俺が目指そうかな」
たじろぐ美波を尻目に純也が便乗して言い放った。
偉いわ純也、と母親は弟を褒めてから美波へ白い眼を送る。
「本気を出せば純也にだって負けない、と大きな口を叩いたのは誰だったかしらね。このままだと純也があっさり美波を追い越すんじゃない」
「……うう、ズルい」
「何がズルいもんですか。最初に言ったのは美波でしょう?」
「……わかった。わかった、頑張る」
不良らしい美波はどこへやら、しおしおと小さくなりながら諾々と頷いた。
美波の首肯に母親は満足して父親に視線を移す。
「あなたも美波の才能開花に協力してくださいね。才能開花には私生活から学校での態度など隅々まで徹底する必要があるんですから」
「美波の素行が良くなるなら協力は惜しまないけど、あんまりプレッシャー……」
「あなた、いいですか?」
「はい。承知しました」
母親に鋭い目で睨まれて父親は提言を下げた。
小さくなる美波が不思議そうに純也が話し掛ける。
「姉ちゃん。母さんと言い争ってた威勢の良さはどこにいったの?」
「ここまで態度が変わるなんて想定してなかった」
美波からすれば両親を驚愕させた時点で満足だった。純也にだって負けない、と宣言通りのことを成し遂げたからだ。
しかし驚愕からスイッチが入り、美波を見直すどころか期待を込めて教育する方針まで固めるとは思っていなかった。
母親は厳かな顔を美波へ向ける。
「せっかくの機会ですから、誰にも負けないぐらいに技術を磨きなさい」
「わかった」
すごすごと美波は首肯した。
だが母親に認めてもらえたことに頬の緩む充足感が胸を満たしていた。
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