番外編「もしも、彼が人魚だったなら」
もしも、呪いをかけられたのが人魚の王子レオニールで、彼を救ったのが人間の国の美しい歌声を持つ王子シオンだったら?
深い海の底、光の届かない王宮で、人魚の王子レオニールは孤独に苛まれていた。魔女にかけられた呪い――「同族(人魚)の声が、すべて不快な雑音に聞こえる」。仲間たちの歌声も、家族の言葉も、彼にとっては耐え難い苦痛でしかなかった。彼は誰とも関わることをやめ、ひとり寂しく、難破船が沈む静かな岩場で時を過ごしていた。
一方、人間の国の王子シオンは、類いまれな「奇跡の歌声」を持っていた。その歌は、病を癒し、人々の心を慰める力があった。だが、その力を巡る争いを恐れた父王によって、彼は城の奥深くで、鳥かごの鳥のように暮らしていた。
ある嵐の夜、呪いの苦痛に耐えかねたレオニールは、荒れ狂う海流に身を任せ、意識を失ってしまう。そして、彼が打ち上げられたのは、シオンが毎夜こっそりと城を抜け出し、歌を口ずさんでいた秘密の入り江だった。
浜辺に倒れている、黒髪の美しい人魚。それが、レオニールとシオンの出会いだった。
レオニールは、警戒心から声を出せずにいた。シオンは、伝説の生き物を前に、驚きながらもその美しさに心を奪われる。
シオンは、傷ついたレオニールを介抱するため、毎日入り江に通った。そして、彼を元気づけようと、自分の歌をそっと口ずさむ。
その瞬間、レオニールの世界は一変した。
初めて聞く、美しい「音」。人魚ではない、人間の歌声は、呪いの影響を受けなかったのだ。それは、レオニールの荒んだ心を優しく溶かす、奇跡の旋律だった。
レオニールは、生まれて初めて届いた美しい歌声に涙を流し、シオンの歌だけを求めた。
シオンもまた、自分の歌を心から喜んでくれるレオニールの存在に、初めて本当の自由と喜びを感じていた。
だが、二人の間には、陸と海という、決して越えられない境界線が存在する。
海でしか生きられない人魚のレオニールと、陸でしか生きられない人間のシオン。
毎日会えるのは、夜のほんのひとときだけ。
「もっと、君のそばにいたい」
「私も、ずっとあなたの歌が聞きたい」
叶わぬと知りながらも、惹かれ合う二つの心。
本編とは異なる、少し切なくも、どこまでも甘い、もう一つの運命の物語。二人が選ぶ未来とは――。
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