第20話「愛の歌が溶かす、世界の呪い」

 レオニールが激しい苦痛に倒れるのを見て、シオンの心は絶望に染まった。自分のせいだ。自分が焦って力を解放しようとしたせいで、レオニールをさらに苦しめてしまった。


(僕が、レオを守らなきゃ…!)


 その強い想いが、再びシオンの歌声に奇跡の力を宿らせる。

 だが、その前に動いた者がいた。レオニールだった。

 彼は、満身創痍でありながら、最後の力を振り絞って立ち上がると、シオンを庇うように、震える足で魔女の前に立ちはだかった。


「君には…指一本、触れさせない…!」


 頭の中では地獄の轟音が鳴り響いている。それでも、愛する人を守りたいという一心だけが、彼の体を動かしていた。

 そのレオニールの姿を見て、シオンの想いは限界を超えた。


(僕も、レオを守りたい。愛する人を、僕のすべてで守りたい!)


 二人の想いが、完全に一つに重なった瞬間。

 シオンの「破邪の歌声」は、さらなる高みへと昇華した。それはもはや、魔を祓うだけの力ではない。憎しみや悲しみといった、負の感情そのものを、根源から癒し、浄化する、奇跡の愛の歌だった。


 その清らかな旋律は、戦場の喧騒を打ち消し、すべての者の心に響き渡った。争っていた兵士たちは、なぜ自分が戦っているのかも忘れ、呆然と武器を下ろす。


 そして、その歌声は、魔女の心をも溶かし始めた。

 永い年月を孤独に生きてきた彼女の、歪んでしまった魂。その奥底に眠っていた、純粋だった頃の記憶、愛されたかったという悲しい願い。歌声は、そのすべてを優しく包み込み、浄化していく。


「あ…あぁ…なんだい、この温かい光は…」

 魔女の目から、黒い涙が流れ落ちた。それは、彼女の魂にこびりついていた、長年の邪念だった。彼女の体から禍々しい魔力が消え、そこにいたのは、ただ泣きじゃくる一人の哀れな女の姿だけだった。


 魔女が無力化されたのを見て、叔父はすべてを悟り、その場に崩れ落ちた。彼の野望は、完全に打ち砕かれたのだ。


 そして、奇跡の歌は、最後の仕事を成し遂げた。

 レオニールの魂を、生まれながらにして縛り付けていた、魔女の呪い。その最後の残滓が、愛の歌声によって、完全に、そして跡形もなく溶けていった。


「……」


 地獄のような雑音が、すぅっと消えていく。

 後に残ったのは、穏やかな静寂。いや、静寂ではない。


 ザアァ…ザアァ…

 レオニールの耳に、波の音が聞こえた。

 ヒュゥゥ…

 風が、遺跡の柱を吹き抜けていく音が聞こえた。

 そして…


「レオ…」


 世界で一番、聞きたかった声。

 雑音ではない、ありのままの、愛する人の優しい声が、はっきりと、彼の耳に届いた。


 レオニールは、ゆっくりと振り返った。

 そこには、涙を流しながら微笑む、美しい人魚の姿があった。

 呪いが解けたのだ。長かった闇の時代が、ついに終わりを告げた瞬間だった。

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