第16話「偽りの汚名、兄の真実」
二人が愛を確かめ合った翌日、離宮に再び海からの来訪者があった。シオンの兄だった。
しかし、以前のような敵意はなく、その表情には深い苦悩と、そして安堵の色が浮かんでいた。彼は、昨夜のシオンの力が解放された際の、聖なる波動を海の中から感じ取っていたのだ。
「シオン、無事だったか。そして…人間の王子、昨夜は弟が世話になった」
兄は、深々と頭を下げた。その意外な行動に、レオニールとシオンは驚きを隠せない。
「話がある。すべてを、正直に話させてほしい」
兄は、レオニールに促され、椅子に腰を下ろすと、重い口を開いた。
「我々が、シオンの歌を『嵐を呼ぶ』と偽りの汚名を着せていたのは、他ならぬ、この子を守るためだったのだ」
兄の告白は、衝撃的なものだった。
シオンの持つ「破邪の歌声」は、古代から人魚族に伝わる、あまりにも強大で神聖な力。その力は、使い方を誤れば世界を破滅に導き、正しく使えば世界を救うと言われている。
過去、その力を巡って、人魚族の中でも大きな争いが起きたことがあった。力を独占しようとする者、力を封印しようとする者。多くの血が流れたという。
「我々の父王は、シオンにその力が宿っていると知った時、歴史の繰り返しを恐れた。特に、野心的な一部の部族が、シオンの力を利用して地上へ侵攻しようと企んでいることを知ってしまったのだ」
それを阻止するため、父王と兄は苦渋の決断を下した。シオンの力を「呪われた力」だと偽り、神殿の奥に幽閉することで、悪意ある者たちの目から隠したのだ。それは、シオンを憎んでのことではなく、愛するが故の、歪んだ愛情表現だった。
「追放したのも、地上のどこかで、誰にも知られず静かに暮らしてほしかったからだ。まさか、人間の王子に保護され、これほど早く力に目覚めてしまうとは…計算外だった」
兄は、悔しそうに唇を噛んだ。彼の冷たい態度はすべて、弟を危険から遠ざけるための芝居だったのだ。
シオンは、真実を知って言葉を失った。自分は、嫌われているのではなかった。守られていたのだ。その事実に、彼の心は混乱と安堵でいっぱいになった。
「だが、もう隠し通すことはできん。昨夜の力で、地上の悪意ある者たちだけでなく、海の中の野心家たちも、シオンの存在に気づいたはずだ」
兄はレオニールに向き直り、再び頭を下げた。
「人間の王子よ。以前の無礼を詫びる。私は、地上の人間が皆、欲深く、シオンの力を悪用すると考えていた。だが、貴殿は違った。命を懸けて、弟を守ってくれた。貴殿になら、シオンを託すことができる」
そして、彼は力強く宣言した。
「これからは、我々も協力しよう。シオンを、陸と海の野心家たちから守るために。それが、弟を偽り続けてきた、私の唯一の贖罪だ」
兄からの、予期せぬ協力の申し出。
それは、シオンとレオニールにとって、何よりも心強い味方が現れたことを意味していた。陸と海の脅威に立ち向かうため、二つの世界の王子が、今、固い握手を交わしたのだった。
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