第14話「愛のために、魂の歌は覚醒する」
絶望的な闇が、二人を飲み込もうとしたその瞬間。
シオンの体から、柔らかな光が溢れ出した。それは、夜の海を照らす月光のように、静かで、しかし何よりも強い光だった。
(レオを救いたい。傷つき、意識を失いかけている彼を、この腕で救いたい)
その一心だけが、シオンの世界のすべてになった。
これまで彼は、無意識のうちに、その強大すぎる力を抑えていた。一族から「嵐を呼ぶ」と恐れられたトラウマが、彼の力の解放を妨げていたのだ。
だが、今は違う。愛する人が目の前で命を落とそうとしている。恐怖も、躊躇も、すべてが吹き飛んだ。
「あ……」
シオンの唇から、歌が漏れ出た。
それは、もはや単なる旋律ではなかった。彼の魂そのものが奏でる、言霊の歌。離宮一帯に満ちていた邪悪な魔力が、その歌声に触れた瞬間、まるで陽光に溶ける雪のように浄化されていく。
魔女が放った紫黒の魔力球は、シオンの歌声が作り出した光の壁にぶつかり、跡形もなく霧散した。
「な…に…!?この力は…ただの浄化じゃない…!私の魔力そのものを、無に還している…!?」
魔女は信じられないといった表情で後ずさった。彼女の邪悪な魔力は、シオンの純粋な魂の歌声の前では、あまりにも無力だった。歌声はさらに力を増し、離宮全体を、そして周囲の森までもを包み込む、聖なる波動となって広がっていく。
それは、魔女にとって耐え難い苦痛だった。彼女の存在そのものが、その聖なる響きによって否定されていくような感覚。
「う…あぁぁぁぁっ!」
魔女は耳を塞いで悲鳴を上げると、たまらずその場から逃げ出した。瘴気のような姿に変わり、闇の中へと消えていく。
脅威が去った後も、シオンの歌はしばらくの間、静かに響き続けていた。それは、傷ついたレオニールの体を優しく包み込む、癒しの歌だった。レオニールの体に突き刺さっていた闇の矢は光の粒子となって消え、深い傷もゆっくりと塞がっていく。暴走していた呪いの雑音も、嘘のように静まっていた。
やがて、歌が終わる。
離宮には、再び静寂が戻った。だが、それは以前の冷たい静寂ではない。温かく、清らかな空気に満ちた、優しい静寂だった。
「レオ…」
シオンは、力のすべてを使い果たし、ふらりとその場に倒れ込んだ。しかし、彼の体は床にぶつかることはなかった。意識を取り戻したレオニールが、しっかりと、その華奢な体を抱きとめていたからだ。
「シオン…」
レオニールの声はまだ掠れていたが、そこには確かな安堵と、シオンへの深い愛情が込められていた。
シオンは、愛する人の腕の中で、安堵の息を漏らし、静かに意識を手放した。
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