第13話「魔女の急襲、砕かれる静寂」

 レオニールの叔父が黒幕であるという疑惑が確信に変わった、その数日後の夜だった。

 離宮には、いつものように穏やかな時間が流れていた。シオンがレオニールのために歌い、レオニールがその歌声に静かに耳を傾ける。もはや二人にとって、それはかけがえのない日常となっていた。


 だが、その静寂は、前触れもなく破られた。


「見つけたよ、忌まわしき浄化の歌い手…!」


 甲高い、耳障りな声が離宮の庭に響き渡った。その声を聞いた瞬間、レオニールの頭に激痛が走る。それは、呪いがもたらす不快な雑音の中でも、とりわけ邪悪で強力な響きを持っていた。


 窓の外を見ると、月明かりの下に、黒いローブをまとった一人の女が立っていた。魔女だ。水晶玉で見ていた、あの魔女に違いない。その手には、紫色の禍々しい魔力が渦巻いていた。


 魔女は、シオンの「破邪の歌声」の存在を突き止め、その力を永遠に封じるために、離宮を急襲してきたのだ。


「その喉、二度と歌えなくしてあげる…!」


 魔女が叫びながら腕を振り上げると、無数の闇の矢が生まれ、窓ガラスを突き破って部屋の中に殺到した。狙いは、明らかにシオンただ一人。


「シオン!」


 レオニールは、咄嗟にシオンの体を突き飛ばし、自らが盾となって闇の矢の前に立ちはだかった。数本の矢が、レオニールの肩と脇腹に深々と突き刺さる。


「ぐっ…!」


 灼けつくような痛みが全身を貫く。だが、それ以上にレオニールを苦しめたのは、魔女の呪いがもたらす強烈な雑音だった。魔女自身の魔力に直接触れたことで、呪いが暴走を始めたのだ。


 レオニールの耳には、もはやシオンの心配する声さえ届かない。世界中のあらゆる悲鳴と断末魔を凝縮したような、凄まじい轟音が頭の中で鳴り響き、彼の意識を奪おうとする。立っていることさえままならず、レオニールは床に膝をついた。


「レオ…!レオ!」

 シオンが駆け寄り、レオニールの体を支える。その腕の中で、レオニールは激しく喘ぎ、苦悶の表情を浮かべていた。


「くくく…王子様、おいたわしや。その人魚のせいで、私の完璧な呪いが乱されてしまったじゃないか。だから、まずはその原因を排除しないとね」


 魔女は嘲笑いながら、新たな魔術を詠唱し始める。今度は先程よりも遥かに強力な、空間そのものを歪ませるほどの邪悪な魔力が、彼女の手に収束していく。


 もうダメだ。避けられない。

 シオンは、傷ついたレオニールを庇うように、その前に両腕を広げて立ちはだかった。震えが止まらない。しかし、彼の瞳には、愛する人を守るという強い決意の光が宿っていた。


「おや、健気なこと。いいよ、二人まとめて消してあげる!」


 魔女が哄笑し、紫黒の魔力球が放たれる。

 絶望的な状況の中、シオンの心の奥底で、何かが静かに、しかし確実に変わろうとしていた。

(レオを、死なせはしない…!)

 その強い想いが、彼の魂に眠る本当の力を、今、呼び覚まそうとしていた。

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