第9話「破邪の歌声の覚醒」

 二人の絆が深まる一方で、王都では不吉な出来事が起こっていた。城下町で、原因不明の「眠り病」が流行し始めたのだ。

 罹った者は、まるで糸が切れた人形のように突然深い眠りに落ち、どんな手段を使っても目を覚まさない。最初は数人だった患者が、日を追うごとに増えていき、城下は不安と混乱に包まれた。


 王宮の侍医たちも匙を投げ、神官たちが祈祷を捧げても、病の勢いは止まらなかった。レオニールの父である国王も心労で倒れ、王宮内は重苦しい空気に満ちていた。

 レオニールは離宮からその報告を受け、眉をひそめた。ただの病ではない。彼は、街に漂うわずかな魔力の澱みを敏感に感じ取っていた。


(これは…呪いの類か…)


 眠り続ける人々の顔には苦悶の色が浮かんでいる。悪夢にうなされているかのように、時折うめき声を漏らす者もいた。レオニールは、離宮の庭の花々を咲かせたシオンの不思議な力を思い出した。彼の歌声には、何か特別な力が宿っているのではないか。


 藁にもすがる思いだった。レオニールはシオンの元へ行くと、真剣な眼差しで、城下で起こっている悲劇を紙に書き記して伝えた。


『人々が、眠り続けている。邪悪な魔力のせいかもしれない。シオン、君の歌を、彼らに聞かせてはくれないだろうか』


 シオンは、レオニールのただならぬ様子に事の重大さを悟った。自分の歌は「嵐を呼ぶ」と教えられてきた。しかし、レオニールの心を癒し、花を咲かせたことも事実だ。もし、この力で苦しんでいる人を救えるのなら…


「…わかった。やってみる」


 シオンは力強くうなずいた。

 レオニールはシオンを連れ、眠り病の患者たちが集められている大聖堂へと向かった。聖堂内には、数十人の人々がベッドに横たわり、静まり返っている。家族であろう人々が、ベッドのそばで不安げに祈りを捧げていた。


 シオンが姿を現すと、その場にいた誰もが息を呑んだ。銀の髪を持つ、この世のものとは思えぬほど美しい少年の姿に。レオニール王子が自ら連れてきたこの少年は一体何者なのかと、人々は囁き合った。


 シオンは、レオニールに促され、聖堂の中央に進み出た。彼は苦しむ人々を見渡し、深く息を吸い込む。そして、目を閉じ、心のすべてを込めて歌い始めた。


 その歌声は、聖堂の高い天井に響き渡り、ステンドグラスを震わせた。それは、レオニールがいつも聞いていた優しい子守唄のような歌ではない。もっと力強く、神聖で、あらゆる穢れを浄化するような、荘厳な旋律だった。


 すると、奇跡が起こった。

 歌声が響くにつれて、聖堂内に澱んでいた邪悪な魔力が、まるで朝霧が晴れるかのように消え去っていく。そして、眠っていた人々が、一人、また一人と、ゆっくりと目を開け始めたのだ。


「…ここは…?」

「ああ、目が覚めた…!長い夢を見ていたようだ…」


 人々は次々と目を覚まし、聖堂は歓喜の声に包まれた。家族と抱き合って喜ぶ人々。信じられないといった表情でシオンを見つめる侍医たち。

 この光景を目の当たりにして、レオニールは確信した。


 シオンの歌は「嵐を呼ぶ」呪われた力などではない。

 それは、邪悪な魔を祓い、人々の心を救う、聖なる「破邪の歌声」なのだと。

 シオン自身も、自分の力が人々を救ったことに驚き、そして胸の奥から熱い喜びが込み上げてくるのを感じていた。


 だが、その強大な聖なる力が地上で使われたことを、遥か遠く、暗い海の底にいる者たちが感知していたことに、まだ誰も気づいてはいなかった。

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