枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
プロローグ
愛おしい妻の待つ寝室の扉を開けた瞬間、フェルナンド・ステファーニは凍り付いた。
明かりの落とされた薄暗い部屋。
天蓋付きの大きな寝台の縁に、煽情的な――言い換えれば、あまりにも品のない隠す気もないような――透けた夜着を身に着け、自分が魅力的だと思っているのか、夜着の裾を太ももギリギリまでたくし上げて足を組んだ女が、嫣然と微笑んで座っていたからだ。
扉を開けたままの姿勢で、フェルナンドはしばらく思考を真っ白に染めていたが、ハッと我に返ると、微笑んでいる女に向かって低い声を出した。
「誰だお前は」
そう――そこに座っていたのは、フェルナンドの愛してやまない妻ではなかった。
薄茶色の髪にエメラルド色の瞳。小柄で、子供っぽさの残る顔立ちに不似合いなほどの大きな胸。
それを強調するかのように胸元がざっくりとあいた夜着を着て、胸の下を紐で縛って谷間を強調している。
はっきり言おう。非常に下品で不愉快だ。
一年前に結婚したフェルナンドの妻イアナは、金色の髪に紫色の瞳をした上品で、それでいて表情のくるくると変わる愛くるしい女性だった。
稀にフェルナンドが理解できないようなことを口走って嘆く変わった妻だが、結婚して一年。フェルナンドの中の彼女への愛情は大きく膨れ上がっている。
そんな愛おしくて仕方がないイアナが、数日留守にしている間に忽然と消えていた。そして代わりにこんな下品な女が、妻と自分だけの神聖な寝室に居座っている。
(あのベッドは処分だな。汚された)
フェルナンドは明日の朝すぐにあのベッドを焼却処分しようと決め、女に再度訊ねた。
「私はお前は誰だと聞いている」
すると女はわざとらしく傷ついた顔をして、顔を覆って泣きまねをはじめた。
「そんな、ひどいですわ。あたくしはあなたの妻ですのに」
「馬鹿なこと言うな。私の妻はイアナだ。金色の髪の、外見も中身も女神のように美しい女性だ。お前みたいな下品な女じゃない。どこの娼婦だ」
娼婦呼ばわりされた女は泣きまね中だったのも忘れて顔を上げると、キッとこちらを睨みつけて来る。
「あたくしはジョルジアナ・アントネッラよ‼ 一度会ったことがあるわ! 忘れたの⁉」
「ジョルジアナ・アントネッラ?」
フェルナンドは眉を寄せ、記憶を手繰り寄せた。
アントネッラという姓は愛しい妻イアナの旧姓だ。イアナは結婚する前はアントネッラ伯爵令嬢だった。
そしてジョルジアナという名前にも聞き覚えがある。
奔放で我儘なイアナの妹だ。イアナはジョルジアナが作った借金のせいでフェルナンドのもとに嫁いで来たのだ。
会ったことがあると言われて、そう言えば一度どこかで会った気がしなくもないが、イアナと結婚してからというもの、妻以外の女性はみんな芋に見えるので記憶が曖昧だった。
だがまあ、本人が会ったことがあると言うのだからそうなのだろう。けれど、過去に会ったことがあろうとなかろうと、今のこの状況の説明にはならない。
「イアナはどこだ」
名乗ってもまったく興味を示さないフェルナンドに、ジョルジアナは顔を真っ赤に染めた。
「ふんっ! 今頃あたくしの代わりに脂ぎった年寄りの男爵に嫁いでいるわっ! これがお父様からの手紙よ! 今日からあなたの妻はこのあたくし! お姉様はあたくしと嫁ぎ先を交換することになったのよ‼」
唾をまき散らして叫ぶジョルジアナに、フェルナンドは愕然とした。
愛する妻がすでにこの邸にはおらず、違う男に嫁がされたらしい。
しかも相手は年寄りだと言う。
(まずい、まずいぞ……)
フェルナンドは青ざめ、頭を抱えた。
(よりにもよって相手が年寄りなんて……! イアナは枯れ専なのに……‼)
こうしてはいられない。
フェルナンドはうっかりイアナが相手の男爵に惚れないうちに急いで取り返さなければと、ジョルジアナを放置して寝室を飛び出していった。
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