パラダイス・ロスト・クライシス―放置していたスマホゲーの世界に転生したら、ヒロイン全員ヤンデレで修羅場すぎる件―

浜風ざくろ

第一章 おかえりなさい神様

プロローグ





 横断歩道の真ん中に天使が立っていた。


 日課の筋トレを終えて、行きつけのブロンズジムから意気揚々と駅に向かっているときのことだ。「ベンチプレスの重量を更新できたぞ」と思いながら、るんるん気分でビルの角を曲がったときにその天使を見たんだ。


 白いワンピースを着た、白い髪の女の子。


 形容できないほどに美しい女の子だった。小学生くらいの背格好だろうか。横断歩道を行き交う人々の中を、身動き一つせず、うつむいて、佇んでいた。


 あまりにも異様だったから、俺は思わず見惚れてしまっていたよ。自分でもなんでそんなに惹かれていたのかはわからない。まるで思考に穴が空いたように、呆然と女の子を見つめていて。渡ってきたおじさんとぶつかって、ようやく我に返った。


 信号が、点滅していた。


 赤信号が灯った。


「お、おい――!」


 女の子はまったく動こうとしなかった。信号が変わったのにもかかわらず、周りの人たちも、車の運転手たちでさえも、誰も気づいた様子はない。クラクションの一つすらならず、車が、女の子の間を悠々と行き交う。


「おい、危ねえぞ! なにやってんだキミ!」


 呼びかけてもまったく反応はない。俺がしびれを切らして、女の子を連れて行こうと足を踏み出したときだった。


 トラックが、突っ込んできた。


「――」


 女の子が、足を前に踏み出した。まるでトラックが来ることを待ちわびていたように、自分から引かれに行くように動いたんだ。頭が真っ白になった。トラックはブレーキを踏む気配すらない。


 俺はカバンを投げ捨てて、飛び出した。


 叫びながら女の子を突き飛ばす。間に合え。クラクション。悲鳴を上げながらハンドルを切る運転手。目の前に鉄の塊が迫る。


 ああ――これは。


 これは、無理だ。


 轟音を上げて、俺の身体はぐるぐると回りながら吹き飛ばされていった。真っ赤な視界。まわるまわる。痛みはない。全身にしびれが走っていて、わけがわからない。


 ガードレールにぶつかった。キーンって耳鳴りだけが響いていて、どくどくと血が流れていくのがやけにはっきりと感じられたよ。なんか一気に冷たくなっていってさ……さすがにもう助からないっていうことを、俺は悟ってしまった。


 スクワット200キロ上げられるんだけど、さすがにトラックは無理だったか。


 もっと鍛えておけば良かったなあ。


 そんな後悔を最後にしていると、さっき助けようとした女の子が俺を覗き込んできた。


 あ、良かった……助かったんだな。


 そう安堵を感じていたら、女の子がゆるりと口元を緩めた。


 死にゆく俺に、こう言ったんだ。


「おかえりなさい、神様」




  

 そして――俺は転生した。


 二年も放置していた美少女育成スマホゲーム「パラダイス・ロスト・クライシス」の世界に。


 天国を守る神様〈サイドレイズ〉として。

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