月が泣く森

sui

月が泣く森

夜の森は、まるで息を潜めているようでした。

風も、鳥も、すべてが遠く、少女の足音だけがかすかに響いていました。


彼女の胸の中には、形のない重さがありました。

理由を言葉にできないまま、ただ歩くことだけが救いのように思えたのです。


しばらくすると、頭上の枝から、ぽたり、と何かが落ちました。

掌に受け止めると、それは冷たく光る一滴の雫。

触れた途端、胸の奥で微かな鈴の音が鳴ったように感じました。


「それはね、月の雫だよ。」


柔らかな声に振り向くと、白い毛並みの小さな狐が立っていました。

金色の瞳が、夜よりも深く、どこか懐かしげに輝いています。


「月はね、人の悲しみを見つけると、そっと涙を落とすんだ。

 その涙は、痛みを消すためじゃなく、抱きしめるための光になるんだよ。」


狐はそう言って、少女の掌にもう一粒の雫を落としました。

その光はゆっくりと溶けて、胸の奥に沁み込みます。


すると、不思議なことに、少女の中の“痛み”は消えずにそのままの形で、

ただ、少しだけ“静か”になっていきました。

まるで、自分の悲しみが誰かに見つけられたことを知ったように。


「悲しみはね、なくすものじゃない。

 それは、生きてる証。

 でも、いつかきっと、その重さの中から光が生まれるよ。」


狐は微笑み、霧のように溶けて消えました。


少女は少しの間、空を見上げて立ち尽くしました。

雲の切れ間から覗いた月が、たしかに笑っているように見えました。


彼女はゆっくりと息を吸い、また歩き出しました。

もう森の闇は怖くありませんでした。

それは、悲しみの奥にも、ちゃんと光があると知ったから。

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月が泣く森 sui @uni003

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